第6話 敗北を経て
「う……」
暗闇を開けた先には、白い天井。
「あ、ま、舞ちゃん!」
視界の端には、凜ちゃんの愛らしい顔が。
私を見つめる茶色の瞳には、心配と後ろめたさの色が含まれていた。
模擬戦とはいえ、相手に怪我を負わせた挙句。心配の言葉を投げかけたいのに、怪我をさせた本人がそういった言葉を発すると、マッチポンプのようになってしまう。
そういうジレンマが凜ちゃんの中で勃発し、どういう言葉を掛けたらいいか分からず、複雑な表情になっている気がした。
「凜ちゃん、訓練は?」
「あ、うん。朝倉先生は、戦いが終わった人は自由時間で良いって言われたら、わ、私は、舞ちゃんの様子を伺おうと……」
「あはは、私のことなんて気にせずに、他の人の戦いを観戦してても良かったのに……」
「わ、私も。そ、そうしようと思って最初は観戦してたんだけど……舞ちゃんの事が心配で集中できなくて、医務室へと足を運んだんだ」
「ありがとう。凜ちゃん、心配してくれて」
私の言葉に凜ちゃんは驚愕といった、瞼を思いっきり引き上げて、茶色の瞳の全体像を晒す。
「どどうして、舞ちゃんがお礼なんか言うの? 舞ちゃんは被害者で私は、舞ちゃんを傷つけた加害者なんだよ! 舞ちゃんが遠慮しているなら、私が許可する。だから、思う存分、罵詈雑言浴びせて」
私が感謝した言葉に凜ちゃんは納得の意を示すことなく、逆に、罵倒を言うように勧めてくる。
覚悟を決めたような顔立ちだが、目は口ほどにものをいうということわざもある通り、瞳には、怯えの色が滲み出ていた。
「凜ちゃんが自分を責めることはないよ。そもそも、この戦いは、どちらかが気絶するまでっていうルールだし、しかも、降参も禁止という、鬼畜なルールの基の戦いだから、どちらかが怪我するのは確定事項だったから。それが、今回、私だっただけ」
私は、ゆっくりと右手を伸ばして、凜ちゃんのさらさらな茶色の髪を撫でる。
すると、凜ちゃんのアホ毛が痙攣を起こすように、びくっと背筋が伸びた。
「ね? 凜ちゃんが悪いことなんて何もないんだよ。それに、私が凜ちゃんの立場だったら、ここに来るのって凄く勇気のいることだと思う。心配するためにここに来たはずなのに、場合によってはそれが相手にとって嫌味に捉えられてしまう可能性もある。それでも、他人を案じるために、ここに来る選択をした。その想いを無下にはしたくない。だから、私は凜ちゃんに罵ったりしないよ」
「で、でも……」
それでも凜ちゃんの心の曇りは晴れることはなかったので、ここは強行突破で私は犬のようにくしゃくしゃと頭を撫でる。
「よーしよし、凜ちゃん」
「あ、ああ。ま、舞ちゃん、え、へへ、犬のように、へへ、撫で、えへへへへ~」
凜ちゃんは自制心で、何とか反抗しようとしたが、よほど撫でられるのが気持ちいいのか、保っていた理性は崩壊し、だらしなく緩み切った表情をしていた。
「うんうん、凜ちゃんは笑っている方が可愛いよ」
「えへへへ~」
自分の世界に入った凜ちゃんに声が届くことはなく、うりうりと私の胸に頭を押し付けている。
そんな可愛い凜ちゃんを心行くまで楽しみ、癒される私であった。
最近の医療技術は凄まじく、夕食時には完治に近しい回復を遂げる。
ただし表面上のみであり、中身に関しては血の量が足りておらず、ベッドから降りて地に足を付けた瞬間。
視界がぐわっと揺れ、立ち眩みを起こしてしまい、倒れそうになりそうな所を凜ちゃんが支えてくれた。
まあ、立ち眩みは最初のみで、寮に戻るまでは、一度もそういった現象は起こることはなく、無事帰宅。
夕食はしっかりと本日のおすすめであるから揚げ定食をぺろっと平らげ、栄養が血に巡ったお陰で、貧血はすっかりと収まっていた。
お風呂に入り寝室で眠ろうとするものの、どうしてか目が冴えてしまう。
その眠りを妨げる大きな要因は、凜ちゃんとの戦いによる敗北だった。
胸の内に秘めたる感情は悔しさ……悔しさのみが支配する。
もちろん負けることは初撃で、ある程度は予想していたが、あそこまで何もできずに終わるとは私としても想定外すぎた。
まあ、でも、この敗北をきっかけで得た教訓も大きく、何より白雪先輩との戦いの前で自分の努力の足りなさを気づけたのはありがたかった。
ここに合格するために血の滲む努力はしてきたが、合格をしたとたん、燃え尽き症候群を発してしまい、研鑽を積むことをおろそかにしていた。
ここに合格することは通過点でしかない。憧れには近づいているが、まだまだその道は険しく長い。
「今から、訓練所に行って、鍛練しよう!」
思い立ったが吉日。
ベッドから勢いよく起き上がると、パジャマからジャージへと衣装チェンジをして、ズボンに巻き付く革のベルトに刀を装着。
訓練所の道のりを準備運動がてらに走ること十分後。
到着した私は、グラウンドへと赴くと……奥から人影が。
こんな時間から熱心に鍛錬している人もいるんだなあと、感心していると、だんだんとその人影は月光を浴びて、闇から這い出てくる。
全体像を覗かせたその正体は……
「し、ら、ゆき……せ、んぱ、い……!?」
ドクン!
その人物を特定した瞬間に私の心臓が大きく跳ねた。
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