第5話 神のいたずら
「いよいよ、訓練が始まるんだね」
「う、うん」
私たちの前にそびえたつのはドーム状の建物。その建物の壁には、訓練施設1と書かれた看板が付けられていた。
午後からはいよいよ訓練が始まり、私と凜ちゃんの間には緊張と不安が立ち込める。
「わ、私、大丈夫なのかな? ちゃんとついて行けるか不安だなあ」
始まる前から弱音を吐いてしまう私に。
「だ、大丈夫だよ! ま、舞ちゃん! ちゃんとついて行けるよ!」
凜ちゃんは不安を吹き飛ばす勢いが乗った言葉で私にエールを送ってくれる。
多分、私よりも凜ちゃんの方が不安や緊張が大きいはずなのに、弱音も吐くこともなく、しかも、私の不安を払しょくするようなエールまで。
凜ちゃんとはまだたったの二日の付き合いなのに、ずっと元気をもらいっぱなしで、私からは何も与えられていないのが、凄く情けなかった。
「ありがとう、凜ちゃん。それとごめんね。私ずっと凜ちゃんに元気づけられっぱなしで、頼りがいのない友達で」
「そ、そんなことないよ! わ、私の方こそ、ま、舞ちゃんにたくさんの元気をもらっているよ! ほ、ほら、わ、私って凄く緊張しいし、あまり会話とか弾ませるは上手じゃないし」
「そんなことないよ! 凜ちゃんはいつも会話は楽しいし、それに、緊張しいのは私も同じだし、いや、多分、凜ちゃんよりも緊張しいだよ!」
「そ、そんなことないよ! 舞ちゃんよりも私の方が緊張しいだよ!」
「そんなことないよ! 私の方が緊張しいだよ!」
いつの間にか私たちはどちらの方が緊張しいかを主張する合戦が始まり、さっきまでの緊張感漂う二人の空間がヒートアップする熱によって、蒸発してしまった。
「ぷ、あははは。な、何か私達凄くしょうもないことで討論してるね」
「ふふ、う、うん。そ、そうだね、ま、舞ちゃん。ふふ」
二人の討論は終了を迎えると同時に、笑いが起こり、そこにはもはや緊張や不安の存在意義は無くなっていた。
「よし! 凜ちゃん、行こうか!」
私が右手を差し出すと。
「う、うん! 頑張ろうね! 舞ちゃん!」
凜ちゃんは直ぐに私の右手を握り返し、二人で手をつなぎながら、訓練施設の中へと入っていった。
七メートル先、刀を両手で構える凜ちゃんの姿。
陽の光にも勝るに劣らない白い輝きを発する刀身は、凜ちゃんの表情を詳細に映し出されていた。
気を引き締め強張らせた面もちは、心なしか緊張が装っている。
凜ちゃんの刀身の先に佇むのは私であった。
そう、私たちは戦いの火ぶたを開けようとしている最中。
どこかで、模擬戦闘はやるだろうなと心のどこかで思っていたが、まさかの初日一発目で、開催されるとは思わなんだ。
走り込みとか、素振りとか、もう少し基本的な事から重点的に学ぶことをするのかと思いきやこの有様である。
びっくり仰天な上に、四十人いるクラスメイトの中から何の因果か、私と凜ちゃんを朝倉先生は最初に指名。
心の準備が出来ていないのも関わらず、最初に、しかも、対戦相手が凜ちゃんとなんて、筆舌に尽くしがたい驚きが襲う。
定位置に着いた私たちに朝倉先生は容赦のないルールを設けてきた。
お互いに全力で戦うことを強要し、制限時間は無制限で、どちらかが気絶するか、戦う意志を失った者(その判断は朝倉先生の主観)。
その二つ条件の片方でも満たせれば、戦いは終了すると、朝倉先生は慈愛の笑みを浮かべてそういった。
ルールを聞く前なら、天使のような安心する笑顔なのだが、ルールを聞いた後では、悪魔のようなおぞましい笑顔に成り変わる。
そして、万が一に備えて、朝倉先生は腰にある柔軟性のある黒い鞭を一本取り出し、殺傷能力のある攻撃を仕掛けたものに、鞭をふるい、強制的に止めると言い張ると、鞭を思いっきり地面に叩きつけて。
生徒たちにどれほどの痛みが迸るのかを音と地面に付いた鞭の跡で想像させた。
朝倉先生がルール説明をしている間に、他のクラスでは戦いは始まっているようで、金属を打ち合うような激しい音が響き渡り。
朝倉先生はその音たちに交わる合図を下した。
「はじめ!」
刹那、私の髪が靡き、ふわりと持ち上がる感覚。
「なっ!?」
開始から一秒も満たない速度で、私の視界には既に凜ちゃんの姿で埋め尽くされていた。
「はあ!」
凜ちゃんは勢いそのままに刀を振り上げる。
私は、驚く感情を無理やり押しとどめ、後ろへと飛び、迫りくる刃を回避。
ヒュッ!
風を斬る軽快音が鼓膜に響くと共に、鼻先に微かな鉄の匂いが残る。
私は地面に着地し、息を整えながらも、焦点を凜ちゃんに向けて、一挙手一投足を
逃さないように、注意深く観察。
「はあ、はあ、うぐ!?」
胸の辺りに鋭い痛みが走り、思わず手を添える。
生暖かいものが手に付着する感覚。
恐る恐る手のひらを見ると、肌色の皮膚が、鮮血に塗れていた。
凜ちゃんの速さに戸惑い一瞬だけ判断が鈍ってしまったのが、痛手となってしまった。
額から汗が滲み出ており、高鳴る心臓の鼓動はバクバクと煩い。身体はこんなにも熱を発しているのに、脳は錯覚を起こし、冷たさが支配する。
あとコンマ数秒でも反応が遅れていたら、その時点で敗北は決していた事実に、背筋が凍り付いたように身震いする。
あの数秒の攻防で、凜ちゃんの強さは十分に伝わった。私よりも遙かに強いということが。
悔しいが、勝機はゼロに近い。
だが、逆に言えば、ゼロに近いだけで、雀の涙ほどではあるが、勝機は眠っている。
勝機を得るためには、攻めて攻めて攻めまくるしかない。
防御に回れば、一方的な戦いになることは、想像に難くない。
私は、ぎゅっと刀を強く握り、深呼吸を一回。
右足を踏み込み————————駆けた。
視界の背景がだんだんと凜ちゃん一色に染め上げられ。
私は力の限り、右から左へと薙いだ。
カーンッ!
金属同士が空気を震撼させ、私の耳の鼓膜にも、振動が伝わり、脳を震わせた。
私よりも頭一つ分小さく、風が吹けば吹き飛ぶような華奢な体格なのに、土が擦れる音も立たせることなく、全力の一振りを凌ぐ凜ちゃん。
攻撃の手を緩めることなく、私は次の一手に移行。
凜ちゃんの頭上に私の刀身が覆いかぶさると、そのまま振り下ろす。
振り下ろした刃は、再び凜ちゃんの手によって阻まれるが、私は身長差を利用して、そのまま思いっきり、力を込めて叩き潰そうと試みる。
それでも、凜ちゃんは苦悶の表情を浮かべることなく。
「はあああ!」
「!?」
凜ちゃんは気合の雄叫びと共に、刀を押し返す。
どこにそんな腕力が眠っているのか、そんな疑問を余所に、私の刀の剣尖が天を仰ぐ。
致命的な隙。
そんな絶好のチャンスを凜ちゃんは逃すことなく、懐に入り。
「ごめんね、舞ちゃん……」
ほんの微かな声だけど、私の耳には鮮明にその言葉が一言一句聞こえた。
あ……負けた。
私のできる手段は何一つ残っておらず、ただ、凜ちゃんが振り上げられた刀の行く末を見守るだけ。
凜ちゃんが刀を振り上げると、遅れたように私の身体の前面から血が散華し、痛みすら感じることなく、意識は暗闇へと誘われた。
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