第4話 パートナー選抜

 「ふう」


 寝室のベッドに大の字で寝転ぶ私は、疲労の蓄積を緩和させるように一息吐く。   


 掲示板の内容を見た後は凜ちゃんと学園内を夕方ごろまで探索。その後は、寮に戻って、お腹を満たし解散。


 自室に戻った私はお風呂に入って身体を清め、今に至る。


「ふふ、ふふふ」


 傍から見たら急に笑い出した私は、さぞ頭がおかしいように思われるだろう。


 だが、それは仕方のないことなのだ。


 だって……


「白雪先輩とパートナーになれるチャンスが……ぐふ、ぐふふふふ」


 笑みを抑え込もうとすればするほど、私の笑みはより濃くなり、今の自分を凜ちゃんが見てしまった暁には、友達解消の可能性も。


 自分で自分を見ることが出来ないが、たぶん、相当に気持ち悪い表情を晒しているに違いない。

 

 白雪雫のパートナー選抜。


 それが掲示板に張り出されてた内容だった。


 詳細としては、五日後の日曜日に開催される予定で、出場するための条件もなく、誰でも挑戦可能。


 さらに驚くべきことは、白雪先輩が自らその挑戦者たちと戦うとのこと。


 さらに、さらに、驚くべきことに、白雪先輩とのパートナーになる条件は提示されているということ。

 

 それは―—―—―


 これのみ。


 一見、甘々な条件なように思えるが、三年前にまじかで白雪先輩の戦闘を見ていた私には、これがどれほどの困難なことか理解できてしまう。


 だが、理解できたとて、パートナーになれるチャンスを見逃す程、私の……私の中の憧れは甘くない。


 憧れ。


 私が三年前に白雪先輩に命の危機を救われたときに抱いた気持ち。


 小学生の頃、私の周りに憧れを抱く人が多くいた。

 

 アイドルになるために、歌やダンスを頑張るもの。


 料理人なるために、自宅で日々料理の研鑽を積むもの。


 スポーツマン選手になるため、夜遅くまで練習に励むもの。


 皆一様に、少しでも憧れに近づこうと努力をしていた。


 生き生きとしていて、楽しそうで、輝いていて……嫉妬するくらいに羨ましかった。


 皆が見ている景色を私も見てみたい!

 

 そう願うも、どれもこれも私に憧れの感情を抱くに至らず、時間だけ過ぎていき。


 私には、皆が見ている景色が見れないんだと……


 半ば諦めモードに突入していた、そんな折に。


 あの出来事が勃発。


 そこからというもの私の日常は灰色から色鮮やかなものに変わり、キラキラと輝かく日々を送るようになった。


 努力とは無縁だった私が、努力をするようになった。


 辛く、苦しく、しんどく、たくさんの弱音も吐くことも多々あり、時には、辛すぎて涙を流すこともあったが。


 それでも、決して逃げ出すことはしなかった。


 何故なら、私には憧れがあったから。


 正直、自分でも驚いてしまう。


 憧れを持たない私なら到底無理な努力量だろう。


 だが、憧れを持つだけってだけで、尻尾を巻いて逃げ出したくもなる努力量も耐え抜く、屈強な精神力が宿ってしまうのだから。


 そんな憧れを抱き続けた結果として、私はこの学園に入学する資格を得た。


 合格通知を貰ったときの私は、ベッドの上でウサギのようにぴょんぴょんと飛び跳ねて、喜びを表現。


 自分のしてきた努力が認められた気がして。


 何より、憧れに一歩でも近づくことが出来たことに、私は大きな嬉しさを感じた。


 そして、今日。


 憧れの白雪先輩のパートナーになれる……かもしれないチャンスが。


 憧れになるためには、やはり、憧れの人の事を良く知る必要がある。ならば、パートナーとなることが出来れば私の憧れへの道も、ぐっと距離が縮まる。


「白雪先輩とパートナーになったら、毎回の活躍を誰よりもまじかで見ることが出来るんだ。し、しかも、もし、もしだよ。もし、任務が達成した暁に、よく頑張ったねって、わ、私の頭を撫でながら、褒めてもらったら……っ~~」


タラレバを想像して、仰向けから、すぐさまうつ伏せに転換し、枕に顔をうずめて、足をバタバタと交互に叩きながら悶える。


今日は入学式で、精神的、肉体的な疲労は流石の興奮状態もお手上げで、徐々に意識が朦朧とし、ついには、意識を手放し、眠りに就いた。



「あ、ま、舞ちゃん!」


 ラウンジに着いた私に、凜ちゃんは声をかけながら、ちょこちょこと小走り気味で、私の元へと駆ける。


「おはよう、凜ちゃん」


「う、うん。お、おはよう舞ちゃん」


 可愛い……


 凜ちゃんのアホ毛はゆっさゆっさと左右に揺れ、私よりも頭一つ分小さくて、子犬のような愛くるしさがあり。


「ふえっ!? まま、舞ちゃん!?」


「え……あっ!」


 私の右手は、いつの間にか凜ちゃんの頭を撫でていた。


「あ、ご、ごめん! 凜ちゃん!」


 我に返った私は、凜ちゃんの頭に乗せている右手を退けて、慌てて謝罪をする。


 もう、本当にどうして私は自分自身で友好関係を破壊する行動に出ちゃうのよ……


 昨日に引き続き失態を重ねてしまい、私は自分自身のどうしようもなさ、呆れかえってしまう。


 突飛な行動に、凜ちゃんは驚きの声を上げた後に、頭を両手で抑えており、顔は真っ赤に染まっている。


 それが、恥ずかしさから来る赤なのか、怒りから来る赤なのかどちらかが分からない。


 ここで、凜ちゃんに怒った? と聞くのも野暮というものだし。

 それに、凜ちゃんが怒っていると仮定して、それを聞くことで、わざと怒らせるような行動を取ったと勘違いされてしまえば、そこで友達の信頼を失いかねない。


「本当にごめんなさい!」


「ま、舞ちゃん。そんなに謝らないで、わ、私、お、怒ってないから。ほ、ほら、早く朝食に行こう! ご飯を食べれば、落ち込んだ気持ちも忘れて、元気が出るよ!」


 凜ちゃんは怒ったり嫌悪感を剥き出しにすることなく、逆に、失態した私に励ましの言葉を掛ける。


 うう……どうしてこの子はこんな優しいの。


 凜ちゃんの優しさに触れた私は、その人間性の高さに心の中で涙を流す。


「ほ、ほら。 ま、舞ちゃん早く行こ!」


 感傷に浸り、突っ立ったまま動かない私の右腕を凜ちゃんは勢いよく引っ張り。


「あ、ちょ!?」

 

 その勢いに私の足は勝手に歩みを進めて凜ちゃんの歩んだ軌跡を一途に辿っていく。

 

 私たちは人ごみ溢れる食堂へと紛れ込んだ。



「おいひい~」


 私は焼き鮭と白いご飯を口に含み、頬に手を添わせながら、料理に舌を打つ。


 食っていうのは不思議なもので、先程まで暗雲が覆いどんよりした心も一瞬にして晴らしてしまい、私は既に料理にしか目がいっておらず、落ち込んだことも星の彼方。


「ま、舞ちゃんが元気になってよかった」


 私と対面に座る凜ちゃんはほっと一息を付き、少し微笑を浮かべて、目の前の料理を食す。


「あ、そういえば、ま、舞ちゃんは、やっぱりに出場するの?」


 凜ちゃんがいうアレとは、十中八九、選抜パートナーのことだろう。


 凜ちゃんとは、入学式の時に、お互いにこの学園に来た理由を話しており、私が白雪先輩に憧れているということは承知している。

 

 因みに、凜ちゃんは、多くの人を助ける魔法少女に憧れて、この学園に入学したらしい。


 凜ちゃんはこのことを言う前に、私に笑わないように約束を取り付けてから、恥ずかしながらもちゃんと喋ってくれた。


 私は笑うどころか、褒めちぎる言動をすることに、凜ちゃんは何故だか動揺を見せていた。


 自分が想像した反応と全く真逆だったらしく、そのせいでちょっと動揺してしまったらしい。


 まあ凜ちゃんの動揺も、次第に照れへと変化し、最終的にはまんざらでもない笑顔を浮かべ。


 その可愛らしい過ぎる凜ちゃんの姿に私は胸を撃ち抜かれ、別の意味で笑いをこらえるのが本当に辛かったが、まあ、何とか事なきを終えることに成功。


 もし、ここで、少しでも気が緩み、口元が緩んでいるのを見られれば、今までの誉め言葉はお世辞だと勘違いされかねないと思い、必死に我慢した。


 正直、自分のことを褒めない私でも、この時だけはめちゃくちゃに褒めまくってしまった。


「うん。そのつもり」


「えっと、ま、舞ちゃんの応援をしに私もついて行ってもいいかな?」


「え? で、でも、その日は休日だし、せっかくの休みを私のために使うのは申し訳ないよ」


 凜ちゃんの応援したいという気持ちはありがたいが、休日の日はしっかりと英気を養ってほしい。


 それに、パートナー選抜あるのは今週で、学園生活始まって最初の休日。


 慣れもしない学園生活で、相当な疲労が蓄積しているはずだ。せっかくの疲労を解消できる日を私の応援なんかのために使うのは、申し訳なさすぎる。


「ううん。ま、舞ちゃんが気にすることはないよ。それに、この目でちゃんとま、舞ちゃんの勇姿を見届けたいから……だめ、かな?」


 不安げな声色にプラスして上目遣いを披露する凜ちゃんに私は。


「だ、ダメじゃないよ! わ、私頑張るから、凜ちゃんも応援お願いね!」


 先程まで断るの一辺倒だったのが、簡単にひっくり返ってしまう。


「う、うん! わ、私精一杯、応援する。が、頑張れ~ ま、舞ちゃん!」


 余程嬉しかったのか、目を輝かせて、両手を胸に添えて応援を私にかけてくれる。


「あはは、凜ちゃんの応援する誠意は凄く伝わったけど、まだ、ちょっと早いかな?」


「ふえ!? あ、うう……」


 凜ちゃんは、私の指摘を受けて、顔を真っ赤にして俯き、恥ずかしさをごまかすために、料理を一心に食べる。


 可愛い……

 

 リスのようにもぐもぐと食べる凜ちゃんの姿は食欲すらも上回り、目の前の料理のことも忘れて、瞳に凜ちゃんを映し続けたのであった。

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