第7話 職場の反応
ヨハンは、一冊の本を肌身離さず持ち続けることにした。
それは、もちろん、『異世界童話禁忌目次録』のことである。
死と共に全てを失う恐怖を体験させられた恐ろしい本ではあるが、あの『体力自慢と老人』の童話を開いた時に聞こえた爽やかな女性の声によれば、自分は『無尽蔵の体力』を得たらしい。
その本も燃えて消滅したのだが、少ない情報を元に考えると、体験完了した報酬として能力を得たから、その役目を終えて本は消滅したと考えれば、合点がいくところではある。
もちろん、そうでない可能性も当然あるのだが、順序に沿って考えるとその可能性は高いと言えるだろう。
『異世界童話禁忌目次録』を開く。
↓
『体力自慢と老人』を選択。(自分の意思?)
↓
その童話を文字通り体験する。(強制)
↓
最後まで体験すると、その結末通り死にかける。
↓
どこからか『体力自慢と老人』の原本? が現れる。
↓
それを開くと、それにまつわる能力を得た。
↓
すると、原本? は役目を終えて燃え尽きる。
↓
結果、能力を得て若返った。
というのが、今ある情報で冷静に順序だてて分析した結果である。
「……でも、他にも色々不可解な点はありますからね……、今は情報がなさ過ぎて言語化するのも難しい……」
ヨハンは普段冷静で、淡々と物事を一つ一つ片付けていくタイプの人間だが、ダンという村思いで心の熱い人物を体験したことにより、多少、感情に混乱をたらしていた。
だから、情報をしっかり咀嚼して把握できているのか、自信に欠けるところであったが、一つわかることは、この『異世界童話禁忌目次録』が、危険な書物ということであり、それを部屋に置いたままにするわけにはいかない、ということである。
だから、いつも通り、朝一番で職場に向かったヨハンは、本も布に包んで大事に鞄に入れ、持ってきていた。
職場は、王宮の片隅にある建物である。
建物の玄関の上には、『王宮管理省』と書かれた看板が掲げられていた。
ヨハンはそこの総務部の平職員であり、毎日、朝一番に通勤しては、総務部の区画を簡単に掃除する。
特に上司であるブランの机の上は掃除しておかないと、その日の機嫌が最悪になって同僚の仕事にも支障が出るのでヨハンが進んで綺麗にしていた。
そこへ、他の職員が数人、
「おはようございます……」
と形ばかりの挨拶をして入ってくる。
それは、いつも先にいる老け顔ヨハンに対する最低限の気を遣ったものであったが、その挨拶以降は、いつも通り空気扱いであった。
「おはようございます」
しかし、ヨハンは毎日、その挨拶にもしっかり応じる。
いつものくたびれた雰囲気の声質から、透き通るような爽やかで元気を感じさせる声に職員達も、思わず、ヨハンを二度見した。
そして、全員が「……誰?」という顔をして、お互い視線を交わすのだが、誰も、いつものヨハンの顔と声が一致しないのであった。
「あの……、あなた、新人さん?」
女性職員達は、よく見ると爽やかでイケメンである謎の男性に、好奇心から声をかけた。
その目はすでにハートになっている。
「私はヨハン・ブックスですよ?」
ヨハンは、すぐに自分の外見がすっかり変わっていることを思い出し、改めて自己紹介した。
「「「……? ──……えー!?」」」
女性職員達は一瞬間をおいて、その名前について考えこみ、理解すると驚く。
そして、続けた。
「え? ブックスさん!? あのヨハン・ブックスさんですか!? ──あ! もしかして……、今、王都で話題になっている魔法整形っていうやつをやったんですか!?」
「嘘……、ホント!? あれってこんなにふっくらした顔つきになれるものなの!?」
「でも、ブックスさんの顔つきもすっかり変わっているし、特徴である目の下のクマがまったく無いわよ!? 凄い、こんなに変われるなら私も貯金をはたいてやってみようかしら?」
女性陣はあまりに変わってしまった姿のヨハンを囲んで、キャーキャー騒ぎ始める。
ヨハン・ブックスと言えば、この職場では独身の冴えない老けたおっさんだったのだが、魔法整形でイケメンになった(と思われている)瞬間、この手のひら返しだ。
「あ、いや……」
ヨハンもどう答えていいかわからない。
正直に話すわけにもいかず、悩むところであったが、この女性陣が早合点してくれた魔法整形ということにした方が良いのかもしれない。
「私、今のブックスさんなら、いけるかも……」
「でも、ちょっと待ちなさい。ブックスさんは確か……今年で三十七歳の平職員よ。出身も辺境の田舎村出身だったはずだから、出世は今後も期待できないわ」
「そうよ。それに、ブックスさんは魔法整形なんだから、生まれる赤子は老け顔のままだわ」
女性陣はヨハンを囲んでキャーキャー言う反面、冷静な情報交換も行われる。
いつも通り、傷つくことを言ってくれますね……。
ヨハンは内心で苦笑しながらそう思いつつも、それはそれでいつものことだったから、実際はあまり気にしていない。
そこへ、職場のベテラン女性職員が事情を聞いて、ヨハンの顔を見に来た。
「あら? この顔見覚えがあるわ。確か最年少で試験合格してこの職場に初めて来た時、こんな感じの顔だったわよ? そう言えばブックスさんは、昔、こんなイケメンだったわね……」
お局様の意表を突く思い出話に、女性陣は、
「「「え!?」」」
という声を上げる。
「ということは……、本当は頭が良くて、元々がイケメンだから、子供を作ってもその子はかわいい可能性があるじゃない!」
「あんた似だったら、子供はかわいくならないわよ?」
「うるさい! 二分の一の可能性でしょ!?」
「田舎出身は王都では出世できない大きなマイナス要因だけど、それ以外がいいなら、私も、いけるわ!」
「私もよ!」
女性陣はいよいよ、ただのおっさんだったはずであるヨハンに、黄色い声を上げて迫ろうとする。
「おはよう。これは何の騒ぎかね? ──はぁ? ヨハン・ブックスが魔法整形をして若返った、だと?」
そこへ、出社時間ギリギリにやってきた上司のブラン部長が、朝からヨハンの情報を聞くことになって不快極まりないという表情を浮かべる。
そして、
「全員、仕事しろ! ──ヨハン・ブックス! 貴様も見た目だけ少しよくなっても、中身が一緒ならこの職場のお荷物に変わりはないんだぞ! みんなの十倍働いて少しは貢献しろ!」
上司ブランは、そういうと、ずんずんとヨハンのところまでやってきた。
「!? 本当に貴様、ヨハン・ブックスか……? ──た、確かに見た目はかなり良くなっている……。──あとでその魔法整形のお店の場所を教えろ、いいな?」
上司ブランは、想像以上にヨハンの見た目が良くなっていたので、穴が開きそうなくらいヨハンを見つめ、文句を言うのを忘れると、そう命令するのであった。
次の更新予定
異世界童話禁忌目次録~開かずの間に千年間封印され、読んだ者の命を奪う謎の本を残業代替わりに渡されたオッサンの物語~ 西の果てのぺろ。 @nisinohatenopero
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