第4話②
エレノアは、目の前の状況に理解が追いついていなかった。
自分が複数人の女子生徒に責め立てられていること。クロエの言う罰とは。
そんなことよりも、リアムに借りた本が破られた衝撃が上回っていた。
「な、なんでこんな……」
「言ったでしょ、罰って。人の婚約者に色目なんて使うからこうなっているのよ」
エレノアには特別ギルベルトと仲良くしているつもりはなかった。
アーロンもそうだが、両者共リアムの友人で偶然知り合い仲良くなった程度の認識だ。
(理不尽だ……)
やけに視界が広い気がする。
クロエの後ろの女子生徒の表情がよく見える。四人もいれば、それは何を言っているのか分からなくなって当然だろう。
なんとも、ニタニタと下品な笑みを浮かべているものだ。
徐々に明度が落ちていく世界を前に地位も力もないエレノアは、ただこの理不尽を受け入れるしかない。
そんな時、エレノアの脳裏に焦げ茶色のくせっ毛が過ぎった。
一見すると分からないが、よく見れば鍛え抜かれ傷だらけの身体。それに見合った強い精神。
(きっと彼ならこんな時……)
エレノアは、憧れた少年のように拳を力強く握る。
「——わたしは!!わたしは本当に何も……」
キッと前を睨んだ時、クロエを含め五人の女子生徒の冷たい目が見えた。
そこで、エレノアの言葉は出てこなくなる。
「平民の分際で、この私に口答え……」
クロエが腕を振り上げ、エレノア目掛け平手を振り下ろす。
少しずつ顔に近づいてくるクロエの平手。それを阻んだのは、上から落ちてきたリアムだ。
リアムが落ちてきた衝撃と音でクロエは、数歩後ろによろめいた。
「よお、何やってんだ?」
「か……〈怪獣〉?!」
「キャアアア!!」
クロエが口をパクパクとさせている間、リアムを一目見ただけで他の四人の女子生徒は、校舎へ逃げていった。
置いていかれたクロエは、何が起こったのか分からないという顔になった。
そして、数秒後サーッと顔から血の気が引いて青白くなる。
「な、なんで、貴方がここに……」
「なんだよ、おれのこと知ってんのか?あんたらがこいつに絡んでたから慌てて飛び降りてきたんだよ」
リアムが指さす先には、開け放たれた二階の窓があった。
リアムの登場に安心したのか、エレノアの目にじわりと涙が浮かぶ。
「リアムさん……ごめんなさい、本が……」
「……本?」
本がどうしたのか、とリアムは周囲を見渡し、クロエの足元にある無惨に破られた本を認め、額に汗が浮かび出す。
「本?!え、なんで?!なんでこんなことに?!」
「その、そちらの方が……」
「は?!何してくれてんだ?!」
リアムが声を荒らげると、クロエはビクリと体を震わせた。
そこへ丁度アーロンとギルベルトも駆けつける。
「どうしたんだいリアム?」
「クロエ?!」
「ギルベルト様?!」
とりあえず、今にも何かやらかしそうなリアムを見て、二人はクロエの前に立った。
その二人の行動にリアムは、唸るような低い声を出す。
「お前ら、そこどけよ。おれは今からその女を連れて行くとこがあんだよ」
「助けてください、ギルベルト様」
エレノアへの態度が嘘のようにしおらしい態度をとるクロエ。
ギルベルトは、眉間に皺を寄せ困ったような顔をした。
「とりあえず、落ち着いてくれリアム」
「なんだ、ギル。そいつ知り合いか?」
ようやく落ち着きを取り戻してきたリアムに感謝するかのように、困った表情そのままにギルベルトは笑った。
「あー、リアム、エレノア嬢。こちらはエクスートム公爵家令嬢クロエ・レッセーラ嬢だ」
「クロエは俺の婚約者だ」
アーロンの紹介までは何とか理解できたが、ギルベルトの説明がいまいちよく分からなかった。
リアムがぽかんとしている隣でエレノアは、ぽっと頬を薔薇色にしている。
やはり、年頃の少女はこういうことへの感心が強いらしい。
婚約者。結婚の約束を交わした相手。
「え、婚約者?!すごい、貴族みたいだ」
「落ち着けリアム。俺もお前もアーロンも貴族だ」
貴族、そうクロエは公爵家令嬢。つまり、王家の血が流れている。
ならば、エレノアへの傲慢な態度も納得できる。
「それで、何があったんだ?」
「そこのお姫様がエレノアに絡んで、姉さんの本を破いたらしい。他は知らん」
リアムが刺すような視線を向けると、クロエはギルベルトの後ろに隠れてしまった。
続いてギルベルトは、エレノアに説明を求めるよう視線を向ける。
「あ、えと、わたしがギルベルトさんに横恋慕してるってクロエさんと他四人に責められて……」
当の本人がいる手前、エレノアは言葉を選んで説明した。
ギルベルトは、それまでとは一変し表情が険しくなる。
「……クロエ?」
ギルベルトの声は、名を呼んだだけで怒りの感情を感じ取れる程低かった。
「エレノア嬢はただの友人だ。君が彼女を責める道理は何もない」
「で、でも、お友達が……」
「お前を置いて逃げたお友達が、どうした?」
普段、気性が穏やかな人を怒らせてはいけないことをリアムは、自分の兄を通じてよく知っていた。
傍で見ているだけで、決して怒られている訳でもないのに、リアムとエレノアはギルベルトに震え上がった。
「え、あの……」
「俺はどうかしたのか聞いているんだ」
リアムとエレノアが恐怖しているのだ。対面しているクロエは相当だろう。
クロエが今にも泣き出しそうなその時だ。
「おい!何をしている?!」
校舎からこちらにやってくるブラウンゴールドの髪の男子生徒。彼の右腕には生徒会役員であることを示す腕章が着けられている。
どうやら騒ぎを聞きつけ、様子を見に来たらしい。
生徒会役員、ジャッシュはリアムを認めるなり彼を指さす。
「また貴様か、ベスフェラ?!」
「いや、おれ何もしてないす」
リアムは、顎の辺りで手を振り、何もしてないと主張した。
(てか、またってなんだよ?)
ジャッシュが疑念からかアーロン、ギルベルトを順に見ると、彼らは共に首を横に振る。
「ま、まあ、いい。全員生徒会室に来てもらおう」
あまりに急展開である。
それは御伽噺の英雄のよう ~主人公の友人ポジションの少年は持てる全てで運命に挑む~ 薊野きい @Gokochi_Shigure
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