それは新たな力が目覚めるような
第4話
決闘から二日後、リアムの日常は何も変わらなかった。
繰り広げた野蛮な戦い方からアルガストに勝った功績を差し引いてもマイナスになったらしい。
故に、変わらずリアムの周りにいるのは、アーロン、ギルベルト、エレノアの三人である。
そう言えば、変わったことが一つだけあった。
全ての授業が終わった放課後。他三人が談笑する中、リアムがぼーっとするでもなく、会話に混ざるでもなく、大人しく読書をしているのだ。
それは、今回だけに留まらず、決闘の後から空き時間さえあればこの状態になるのだ。
辛抱たまらず、エレノアがリアムに声を掛ける。
「リアムさん、ずっと何を読んでるのですか?」
「ん?ああ……」
リアムは、わざわざ本閉じてエレノアに表紙を見せた。気になっていたのか、アーロンとギルベルトもそれを覗く。
「これは剣の巫女の英雄譚だね」
アーロンが興味深げにタイトルを読み上げた時、一瞬ギルベルトの顔が暗くなったのをリアムは見逃さなかった。
「え、わたしそのお話とっても好きなんです!!」
しかし、エレノアの嬉しそうな声を聞いた途端、ギルベルトがその表情を引っ込めたので、リアムは何も聞かないことにする。
「おれも昔憧れてたんだよ」
「へー、リアムにもそんな純粋な頃があったのか」
ギルベルトに何か言い返そうとして、止めた。
純粋という言葉にやけに納得してしまったからだ。
(おれじゃ、この人みたいになれる訳ないもんな……)
何も言い返してこないリアムの様子にアーロンとギルベルトは、顔を合わせ首を傾げる。
「わたし、そのお話以外にも森の賢者の伝説が好きなんです」
森の賢者の伝説は、剣の巫女の英雄譚と同じ御伽噺だ。
内容は、ただの農夫だった青年が、森の獣達や村人達と協力し、悪竜を倒すというものだ。
存在を思い出した途端読みたくなるのだから不思議だ。
「うわ、懐かしい。久しぶりに読みたいなー」
「良ければお貸ししましょうか?寮の自室に置いてあるので」
(ん、待てよ?これって——)
「恋愛小説にありがちな展開だね」
リアムの心の内を読んだかのような的確な言葉をアーロンが口にした。
瞬間、エレノアの頬が可愛らしく薄桃色に染まる。
「へ?」
エレノアが何をもってこの表情をしているのか、リアムには理解出来ず、停止してしまった。
「余計なこと言うな」
甘ったるとも気まずいとも形容できる雰囲気を壊すようにギルベルトがアーロンの後頭部を叩いた。
ギルベルトは、リアムに負けず劣らず拳で語るタイプだ。
「……そうだ、これ貸すよ」
「あ、じゃあ、わたし今から取って来ます!」
リアムから本を受け取ると、静止する間もなくエレノアは外へ飛び出していった。
「初々しいねえ」
「それはどの視点から言ってんだ?」
「ギルはツッコミが板に付いてきたな」
それまでを誤魔化すようにリアムがギルベルトを茶化すと、彼は勘弁してくれと眉を顰める。
「で、なんでリアムは本を読んでたんだ?」
「確かに気になるね」
「ああ……姉さんに怪我治るまで大人しくしてろって渡されたんだよ」
リアムは、頬に着けたガーゼを指さした。
なるほどとギルベルトが納得していると、アーロンは一つ気になったらしい。
「てことは、あれはベスフェラ先輩の私物かい?」
「ん?そうだな」
「それ、エレノア嬢に伝えなくていいのか?」
ギルベルトの指摘にリアムはハッとする。
そして、「伝えてくる」とエレノアの後を追うべく教室の外へと出ていった。
「さて、追うよギル」
「なんでだよ?!」
ギルベルトが突っ込むとアーロンは不思議そうに首を傾げる。
「何故って——」
アーロンは、ここで一度切り後ろに垂れている三つ編みを左肩にかけ直し、それから口を開く。
「何故って、リアムとエレノア嬢のセットだよ?何か起こるに決まってるじゃないか?」
「……その一動作必要だったか?」
しかし、ギルベルトもなんだかんだ言いつつ年頃の男子。あの二人の行く末が気になるのもまた事実だった。
ギルベルトは、大きくため息をつく。
それを肯定と捉えたアーロンは、ギルベルトを連れ立って二人の後を追った。
◇◇◇
(勘違いしちゃダメだ)
寮への道を走りながらエレノアは、自分に言い聞かせていた。
生命エネルギーが希少だとかいう理由で貴族でも、あまつさえ術が使える訳でもないのに入学させられた学園。
貴族が幅を利かせる学園でエレノアの居場所はなく、毎日辞めたいと思っていた。
そんな辛い日々を終わらせてくれたのが、リアムだった。
加えて、リアムはエレノアが憧れる森の賢者のように戦い、強者を打倒してみせた。
エレノアのリアムへの感情は、日に日に大きくなっていた。
しかし、リアムは貴族。そして、彼らには隠しているが、エレノアは元孤児。立場が違う。
(だから、勘違いしちゃダメ)
「ちょっと、貴女。いいかしら?」
エレノアが気持ちを胸の中にしまっておく決意を固めた所で声が掛けられた。
顔を上げると場所は学園の裏庭だった。直ぐ目の前には女子寮の門が佇んでいる。
もうこんな所まで来ていたのかと驚きつつ、エレノアが声の主を探し、周囲を見回していると、校舎の柱の影から数人の女子生徒が現れた。
「貴女がエレノアさんよね?」
その中の代表、シルバーブロンドのストレートヘアに綺麗な髪飾りを着けた女子生徒クロエ・が一歩前に出る。
クロエが威圧的な雰囲気を纏っている理由が、エレノアには検討もつかない。
「そ、そうですが?何のご用でしょう?」
「惚けないでくださる?貴女が
「え、え、ギルベルトさん?!そんなこと、わたし」
「クロエ様、気安く名前で呼んでいることが何よりの証拠ですよ!」
クロエの取り巻きらしい茶髪の女子生徒が声を上げると、他の生徒が煽り立てる。
クロエは、冷たく鼻を鳴らすと、一歩また一歩とエレノアの元へ歩み寄る。
その背後からこちらを見る取り巻き達は、意地の悪い笑みを浮かべていた。
「え、あのちょっと」
「いいから来なさい!!」
クロエが声を荒らげ、エレノアの腕を掴んだ。
当然、エレノアはそれに抵抗し、腕を振った拍子に持っていた本が地面に落ちた。
そして、運が悪いことに本を拾う前に取り巻きの一人が拾ってしまい、クロエに手渡されてしまった。
「剣の巫女……?」
「この子、この歳で御伽噺なんて読んでるわよ」
クロエが何か訳ありげな表情を浮かべる後ろで取り巻き達は、ケラケラと笑う。
「なるほど、これを使ってギルベルト様に近づいたようね……」
クロエは、「罰よ」と冷たく言うやいなや、本を二つに破ってしまった。
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