第132話 傭兵の戦い方

「ついにフェルカー家まで!!」

「なんだよ、あのマントは!?」

「魔法を吸い込んでなかったか?!」

「あれも魔法具、だよな?? いくつ持ってるんだよ!?」

「魔法の撃ち合いも互角じゃなかったか? どうなってるんだよ、今年のクラウフェルト家は……」

 騒めく観客の話題は、次々と新しい魔法具を繰り出しては優勝候補を倒し、快進撃を続けるクラウフェルト家についてがほとんどだ。


 舞台上では、救護班と共にクラウフェルト家の面々が倒れたフェルカー家チームのメンバーを起こすのを手伝っていた。

「……うっ」

「おや、気が付きましたか?」

 小さくうめき声を上げたフランボワーズに気付いたフェリクスが話しかける。


「む……、く、わ、私は何を……」

 意識が戻ったフランボワーズだったが、記憶が曖昧なようで右手で額から目のあたりを覆って小さく首を振る。


「っ!! そうだ、御前試合に出てっ……ぐっ」

 ようやく思い出してきたのか、勢い良く飛び起きようとして顔を顰める。

「ちょっと、急に動かないでください! 電撃で気を失っていたんです。このまま救護室へ運びますから、じっとしていてくださいね」

 急に動いたフランボワーズにフェリクスが言い聞かせるように言う。


「運ぶ……? 何を言って……なっっ!!? き、貴様っ! どういうつもりだっ!! お、おろせっ!!!!」

 ここでようやく自分がフェリクスに抱きかかえられている事に気が付き、フランボワーズが激しく動揺する。

「ちょっ! だから動くなと言っているでしょう!?」

 急に暴れ出したフランボワーズを取り落としそうになってフェリクスが慌てる。

「い、いいから降ろせ! 自分の脚で歩く!!!」


「はぁ…、まったく。どうして少しの間じっとしている事が出来ないのでしょうね……?」

 なおも暴れるフランボワーズを地面に降ろして、盛大にため息をつくフェリクス。

「う、うるさいっ! そもそも貴様と私は敵どうしだろうっ!?」

 多少ふらつきながらも宣言通り自分の脚で歩きながら、フェリクスに指を突きつけるフランボワーズ。


「敵? まぁ対戦相手ではありましたが、もう試合も終わっていますし敵も何も無いと思いますが? それともあなたは、王国の同志たるクラウフェルト家騎士団を敵だと仰るので?」

 フェリクスが首を傾げる。

「っ!? い、いや、決してそのような事は……」

 これ以上無い正論を突き付けられてぐぅの音も出ないフランボワーズ。


「手を貸してもらって済まんな」

 二人がそんなやり取りをしていると、唐突にそう声を掛けられた。

「サ、サミュエル様!!」

「これはフェルカー閣下」

 フランボワーズとフェリクスが慌てて敬礼をする。


 声を掛けてきたのは、まさかのサミュエル・フェルカー侯爵その人だった。

 試合開始前は挨拶時に当主も一緒に整列するのだが、試合終了後に当主が舞台に足を運ぶことは稀だ。特に敗者側の当主が足を運ぶことは非常に珍しい。


「我々は当然の事をしたにすぎません。試合が終われば、共に王国を守る同志ゆえ」

 そう言って一礼したフェリクスが一歩後ろへと下がる。

「同志、か。そうであると願いたいところだな……」

 そう独り言ちるサミュエルの言葉は、今なお続く歓声にかき消され誰の耳にも届かなかった。


「すみません、サミュエル様。お顔に泥を塗るような真似を……」

 フランボワーズがそう言って深く頭を下げる。

「ふむ。負けはしたが恥じるような戦いをしたようには思えんがな? 今回は相手の方が上手だった……、それだけの事だ。違うかね?」

 皮肉交じりでも無く、淡々とサミュエルがそう語る。


「あ、ありがたきお言葉! 今後より一層精進いたします!!」

 フランボワーズが、再び深くお辞儀をする。

「期待しているよ、フランボワーズ。 ああ、ときにクラウフェルト家の隊長殿、一つ聞いても?」

 今度は、場を辞そうとしていたフェリクスに声を掛けるサミュエル。


「は。私にお答えできる事であれば何なりと」

「今回貴君らが使った魔法具は、マツモト殿が作ったものかね?」

「複製した、という意味でしたらイサム様が作られたものです。つい先日、岩砂漠の遺跡より発掘したものになります」

 言い淀むことなくフェリクスがそう答えた。


「……なるほど、岩砂漠の遺跡か。良い魔法具を見つけたな」

「は。ありがとうございます」

「では、これで失礼する」

 サミュエルはそう言うと、踵を返しフランボワーズを伴って舞台から退場していった。


「ふむ。想定以上に力のある迷い人だったか。これは色々と認識を改める必要があるな」

 先行するサミュエルの呟きは、またしても誰の耳にも届かなかった。



「いよいよ次は決勝戦ですね。ここまでは、まぁ順調ですかねぇ」

 控室に戻ってきたメンバーを勇が労う。

「順調と言うか出来過ぎな感すらありますよ、昨年までの我々からしたら……」

 勇の言葉に苦笑するフェリクス。


「そうですか? 楽に勝ててるのは魔法具の影響もあるとは思いますけど、皆さんの実力がかなり上がっているのが大きいと思いますよ? 魔法具と言っても所詮は道具ですから」

 勇はそう言うとニコリと笑った。


「少し苦戦するとしたら、次のエリクセン伯爵家でしょうね……。ほぼ手の内を晒していますから、何らかの対策を取ってくるはずです」

 現時点ではまだ準決勝第二試合は始まっていないが、勇含め全員がエリクセン伯爵家の決勝進出を疑っていない。


「そうですね。驚異的な性能の魔法具ばかりですが、完璧というわけではありませんからね……」

「ええ。初見であればまず対策は出来ないと思いますし、並の相手だったら数試合程度では似たようなものなんでしょうが……。猛者揃いのエリクセン家ですからねぇ」

 勇の言葉にメンバーが真剣な表情で頷く。


「とは言え、出来る対策はさほど多くはないと思います。依然として我々の優位は変わりありませんから、気負わずいきましょう。今はゆっくり休んで、魔力と体力の回復に努めてくださいね」

「「「「「「分かりました!」」」」」」

 ここまで来てジタバタしても仕方がないため、クラウフェルト家チームはコンディションを整えることを最優先させる。

 軽食をとるもの、仮眠をとるもの、準決勝を見に行くもの。各々がリラックスして決勝の時を待つのだった。


 そして勇たちの予想通り、決勝の相手はエリクセン伯爵家に決まる。

 三位決定戦と休憩で二時間ほどの後、ついに両者が決勝の舞台に登場した。



「かっかっか。イサム、やっぱりお前さんらが勝ち上がってきたかよ。魔法の力も相当なもんだったが、魔法具も持っておったか。わっちが直接戦いたいくらいだが……まったく領主になどなるもんではないの」

 楽しそうに笑いながら、エリクセン伯爵家当主エレオノーラが勇に話しかける。

「……エレオノーラさんが出たら、一人で優勝しちゃうじゃないですか」

 どう見ても本気で戦いたがっているエレオノーラに苦笑するしかない勇。


「さすがに一人では無理よなぁ。上位魔法を制限されておらなんだら、やりようはあるかもしれんがの」

「……それは周りへの被害が大きすぎですよ」

 暴走したチゴールの魔法を止めるのに彼女が放った水竜巻トルネードは、水の上位魔法の一つだ、

 おそらくアレでも全力ではなさそうなので、本気で放ったら会場ごと押し流されそうでシャレにならない。


「はっはっは、それもそうよの。何にせよ、この試合楽しみにしとるよ。わっちの鍛えた傭兵たちは、普通の騎士とは一味違うからの?」

 そう言ってエレオノーラがパチリとウィンクをして見せた。

「大将、簡単に言わんとってください……。当たれば気絶する魔剣に攻撃を吸収する盾、さらには魔法をかき消すマントですよ? 使っとるのが素人ならまだしも、魔法具がなくても優秀な騎士がそれを使っとるんです。戦争だったら戦わずに勝つ方法を考える相手ですわ」

 これまで口を噤んでいたエリクセンチームの隊長が、盛大にため息を漏らしてそうぼやく。


「かっかっか、そう言うなガスコイン。戦争だったらやらんのは、わっちも同じよ。戦争は楽に勝ってなんぼだからの。こ奴らとやったら、負けんかもしれんが被害が大きすぎるわい。それは戦争に勝ったとは言えんよ。だが今日は試合、純粋な力比べよ。勝ち負けは時の運に任せて、楽しめばよかろ?」

 ガスコインと呼ばれた隊長の肩を、楽しそうにエレオノーラが叩いた。

 流石は傭兵と言うべきか。割り切った合理的な考え方である。


「そういうわけで、よろしくの」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 そう言ってエレオノーラと勇が握手を交わし、各々の開始線へと下がっていった。


 双方が開始位置についたのを見て、審判が声高に決勝の開始を告げる。

「それでは決勝戦、はじめっ!!」

「「「「「「うおおぉぉぉーーーっ!!!!」」」」」

 大歓声の中、遂に御前試合決勝戦の火蓋が切られるのだった。



 最初に動いたのはエリクセン家チームだった。

 構成としては前衛3後衛3のバランス型なのだが、前後衛に分かれるのではなく前衛後衛一名ずつでペアを組み、ペア間は大きく距離を取った。

 どうやらペア単位で行動をとる戦術のようだ。


「そう来ましたか……。個の力を重要視する傭兵らしい戦術ですね」

 それを見たフェリクスが呟く。

 規律と訓練によって集団戦を得意とするのが騎士ならば、個の力と臨機応変さによる局所的な戦いを得意とするのが傭兵だろう。

 戦場の規模によってもちろん傭兵であっても集団戦を行うし、騎士も局所的な戦いはするが、ベースとなる考え方は異なる。


「こちらも3チームに分かれますか……。ミゼロイとユリシーズ、ティラミスとリディルで組んでください。マルセラは私とペアです」

「「「「「了解!」」」」」

 フェリクスの判断は早かった。

 3チームに分かれた相手が、素早く散っていくのを見てこちらも3チームに分かれることを決める。


 スピードの速い相手に固まって足を止めていると、1チームを倒すことは出来るかもしれないが、その隙に後方やサイドを別動隊に突かれて壊滅する可能性がある。

 人数差があったり、個の力が相手の方が劣っているならまた別の展開にもなるが、そうでは無い場合はこちらも動いたほうがよいとの判断だった。


「ほう、そうくるか……。中々に戦い慣れとる」

 相手の動きを観察していたガスコインがそう呟く。

「もたもたしているうちに攻めようと思っとったが、そう簡単にはいかんようだな。まずはひと当ていくぞ!」

「おうっ!」


 戦端が開かれたのは、ティラミスとリディルペアのところからだった。

 右翼側に回り込んだ相手ペアが斬り込んでくる。


石霰ストーンヘイル!』

 走りながら相手の後衛と思しき男が魔法を唱えてくる。

突風刃ブラストエッジ!』

 対するリディルも移動しながら迎撃用の魔法を唱えた。


 数と速度を重視した石礫と、範囲と速度を重視した風の刃が交錯し、砂利となってばら撒かれる。

「壁じゃなくて風刃で防いだか。やるな……」

 自分たちの方にも降り注ぐ砂利の中を、盾を構えて相手の前衛が突っ込んでくる。


 ゴイン

 剣を持っていない側から横薙ぎに振るわれた斬撃を、ティラミスが盾で受け止める。

「ちっ、なんだその盾、気持ち悪ぃな!? っとぉ!」

 物理防御盾の感触に顔を顰めた相手前衛が慌てて一歩飛び退き、ティラミスの横薙ぎの雷剣が空を切る。


「中々素早いっすね」

 そう呟きながら、慎重に再び剣と盾を構えなおすティラミス。

「当たらなきゃどうって事ねぇからな。っつうかそんなおっかねぇもんに当たってたまるかって」

 相手の前衛が、どこかで聞いたような軽口を叩きながら剣を構えてステップを踏む。


石霰ストーンヘイル!』

 こちらから斬りかかろうとティラミスが踏み込んだところで、今度はティラミスの右側から石礫が襲い掛かる。

 その瞬間、前衛の男がティラミスの左側に姿勢を低くしながら回り込む。


 右から飛んでくる石礫を踏み込んだ勢いそのままに前傾姿勢で躱したティラミスの横から、相手前衛が突きを放って来きた。

岩石壁ストーンウォール

 ギィィンッ!!

「ってぇ!?」

 突き込む相手の正面に、リディルが小さな石壁を出現させこれを阻止する。

 壁に衝突はしなかったが、剣を突き立てた衝撃で手がしびれたのか相手の前衛が顔を顰めた。


 勝機と見たのか、リディルが呪文を唱えながら相手前衛のほうへとダッシュすると、それをサポートするようにティラミスが相手後衛へ魔法を放つ。

風刃ウィンドカッター!』

 魔力量が少ないだけで、ティラミスも魔法は使える。

 消費魔力が少ない魔法による牽制は、ここ数ヶ月でみっちりと勇に鍛えられていた。


「くっ、『石霰ストーンヘイル!』」

 準備していた魔法をバラ撒き見えない刃は防いだものの、ここで初めて相手チームが後手に回った。


 リディルが突っ込んでくるのを視界の隅に捉えた相手前衛は、リディルが作った壁に半身を隠して身構える。

 壁があるおかげで、左右、もしくは上から回り込まなければ攻撃されないため、手の痺れが治まるまで守勢にまわるようだ。


 しかしリディルの行動はその思惑からあまりにかけ離れたものだった。

泥化マッドネス!』

 魔法を発動させ壁に勢いよく左手を叩きつけた。


 その瞬間、リディルの生み出した石壁がドロリと溶け、相手側へと勢いよく降り注いだ。

「はぁぁっ!?」

 いきなり降ってきた大量の泥に、素っ頓狂な声を上げる相手の前衛。

 小さい壁とは言え、横1メートル高さ2メートルはあった。それが全部泥となったのだから、結構な量だ。

 距離を取ろうとするも間に合わず、どうにか全身に浴びることだけ防ぐのがやっとだった。


 魔法を発動させた後すぐにサイドへ回り込んでいたリディルが、相手へと迫る。

 相手も躱そうと試みるが、下半身にまとわりついた泥のせいで思うように動けず、雷剣の一撃を思わず盾で受け止めてしまった。


 バヂィィッッ!

「ぐあっ!!」

 雷撃が駆け巡り、ガクリと膝から崩れ落ちた。


 念のため、相手が手に持ったままだった剣を蹴飛ばし意識が無い事を確認したリディルが、踵を返してティラミスの援護へと回った。


「くそっ、当たったら終わり、ってのは、ズルく、ねぇかっ!?」

 後衛的な動きをしていたものの流石はエリクセン家の傭兵だ。

 矢継ぎ早に繰り出されるティラミスの剣を、見事に回避し続けている。


「ティラミス、スイッチだっ! アレをお見舞いしてやれっ!!」

 ティラミスに合流したリディルが前衛役を交代し、ティラミスが後ろへ下がって呪文を唱える。

「くそっ、2対1かよ!」

 ぼやきながらも、射線を通さないよう常に間にリディルを挟んで躱している辺りは、やはり一流の傭兵だ。


 しかし、それをあざ笑うようなティラミスの魔法が炸裂する。


煉瓦生成クリエイトブリック!』


「えっ!? どわぁぁっ!!」

 リディルの剣を必死に躱していた相手後衛の足元に、無慈悲な石のブロックが二つ生成された。

 全く予想だにしていなかった足元への攻撃を回避できず、ブロックに足を取られ転倒する。


 バヂィィッッ!

「ぐうっ!!」

 その隙を逃さず、リディルの雷剣が相手の意識を刈り取った。


「ナイスだ、ティラミス」

「イサム様に散々やられたっすからね。嫌でも身体で覚えたっすよ……」

 思い出したのか、渋い表情でティラミスが言う。

 何十回と勇に転ばされた結果、今や騎士団一の煉瓦生成クリエイトブリックの使い手になってしまっていた。


「イサム様たちと模擬戦をやっていて良かったっすよ。この人たちの戦い方、イサム様っぽかったっす」

「ああ。今まで通り騎士団だけで訓練してたら、すぐやられてた気がするな」

「っす」


 こうして右翼側のタッグマッチは、クラウフェルト家に軍配が上がった。

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