第131話 フェルカー家の魔法騎士

「おいおいおい、イノチェンティ辺境伯家にまで勝っちまったよ」

「くーー、しまったなぁ、クラウフェルト家に賭けときゃあ……」

「へっへっへ、俺は有り金全部クラウフェルト家に賭けてたからな! 大儲けよ!!」

「クラウフェルト家、魔剣を二種類使ってなかったか!?」

「ああ、昨日も使ってた雷の魔剣の後、別のに持ち替えてたよな?」

「盾も光ってなかったか?」

「ホントか!? もうしそうだとしたら三つも魔法具を用意してたってことだよな? とんでもないな……」


 試合が終了し、フェリクス達が倒れたものに手を貸している中、客席はずっとどよめいていた。

 負けたイノチェンティ家を貶めるのではなく、勝ったクラウフェルト家に驚くコメントが中心のようだ。


「完敗だな。まさかこの土の加護の鎧を切り裂くとは……。それも魔剣だな?」

 引き揚げながら、イノチェンティ家の隊長が並んで歩くミゼロイに声を掛ける。


「ああ、魔剣だ。そちらの鎧と同じ、土の魔石を使っている」

 イノチェンティ家であれば、ある程度の話はしても良いと言われているため、ミゼロイがそう答える。

「やはりそうであったか。昨日も使っていた雷の魔剣をすぐに止めたのは何故だ?」

「そちらの鎧と相性が悪い可能性がある、とウチの魔法顧問からアドバイスがあったからな。試してみたら、やはり威力がかなり弱くなっていた。大事をとってすぐに切り替えたのだ」

「魔法顧問殿というと、例の迷い人か。ふふ、ナザリオ様が気に掛けるわけだ。次戦も健闘を祈る。優勝チームに負けたというのであれば、我々も面目が保てるからな」

「善処しよう」

 両者が笑いながらガッチリと握手を交わした。


「皆様お疲れ様でした。やっぱりあの魔法鎧は曲者でしたねぇ」

 控室で勇が両手を広げて皆を迎えた。

「そうっすね。胴体まではある程度効果があったっすけど、あの鎧に吸い込まれるみたいに威力が弱くなったっす」

 真っ先に雷剣で斬りかかったティラミスがそう説明する。


「しかしよく分かりましたね、あの鎧が雷剣を通さないと……?」

「あはは、可能性の話ですけどね。さっきも言った通り土属性だというのと、イノチェンティ領、いやあの岩砂漠で見つかった魔法具だと聞いていたので、気になったんですよ」

「岩砂漠で?」

「ええ。あのあたりは、最低二つの陣営がかつて戦争をしていて、お互いの魔法具に対抗するように魔法具を作っていそうでしたからね……。雷剣に対抗するような魔法具があってもおかしくないとおもったんですよ」

「なるほど、そういう事でしたか。確かに見つかった順番と作られた順番が一致する訳でも無いですからね……」

「そういう事です」

 勇の説明に納得するフェリクスだった。


「さて、次はフェルカー侯爵家ですね。あそこはここまでかなり魔法に偏った編成、戦術を使ってきていますね」

 昨日から観戦した数試合を思い浮かべながら勇が言う。

「そうですね。フェルカー侯爵家は、当主のサミュエル・フェルカー侯爵が王国一と言われる魔法の使い手ですからね。その薫陶を受けた魔法騎士団が精強で、御前試合のチームも毎年全員が魔法騎士です」

「なるほど……。我々の魔法防御のマントがどこまで役に立つか確かめるには恰好の相手ですね。まぁ、ここまで来てジタバタしてもしかたがありませんし、しっかり休息を取って備えましょうか」

「「「「「「了解!」」」」」」

 気負うことなく言う勇に、メンバーが笑顔で答えた。


 その後逆の山の準々決勝の二試合も行われ、バルシャム辺境伯家とエリクセン伯爵家が準決勝にコマを進めていた。



「それでは、これより準決勝第一試合を行います!」

「「「「「うぉぉぉーーーーっ!!!」」」」」

 司会者の宣言に会場から割れんばかりの歓声が舞台に降り注ぐ。


 すでにフェルカー侯爵家チーム、クラウフェルト子爵家チームともに入場して、舞台中央で整列していた。


「フェルカーさん、ご無沙汰しております」

 一緒に整列している勇が、斜め向かいにいる赤い髪の男、サミュエル・フェルカー侯爵へ会釈し挨拶をする。

「これはマツモト殿、久しぶりだな。ああ、この度はご婚約、誠におめでとう」

 声を掛けられたサミュエルは、特に含むところもなく返答を返した。


「お祝いのお言葉ありがとうございます。本日は胸をお借りいたします」

「ふむ。確かに昨年の順位は我々の方が上だが、そう謙遜する事もないだろう。どうやったかは知らぬが、良い魔法具も手に入れられたようだし、十分良い線を狙える強さだと思うが?」

 思わぬお褒めの言葉に驚く勇。てっきり皮肉の一つでも言われるかと思っていたのだが、そんな雰囲気も無い。

 返答に困っていると、サミュエルの隣に立っていた女性騎士が口を開いた。


「サミュエル様、それはわたくしたちに負ける可能性がある、と仰られているのでしょうか?」

 サミュエルを見据えて女性騎士が問いかける。

 肩に隊長章があるところを見ると、どうやらこの女性騎士がフェルカー侯爵家の隊長のようだ。


「ん? 不満かねフランボワーズ? 私は良い線を狙える強さだとは言ったが、勝ち負けには言及していないが?」

「……。失礼いたしました」

 フランボワーズと呼ばれた女性騎士が、サミュエルの返答に謝意を口にするが、その顔に“不満です”と書かれていることを隠そうとはしない。


 そこで両陣営の会話は途切れ、お互いが開始線まで下がっていく。

 戦闘に参加するもの以外が舞台から退くと、会場が静寂に包まれた。


「はじめっ!!」

「「「「「おおぉぉーーーーーっっ!!!」」」」」

 審判の開始の合図とともに再び観客の大歓声が響き渡る。


 フェルカー家チームは、前に二人後ろ四人に分かれはしたものの、全員が呪文の詠唱を開始した。

 全てが魔法騎士なので、前衛後衛というより単純な位置取りで分かれているだけなのだろう。


 対するクラウフェルト家チームは、ミゼロイとティラミスが前衛らしく盾を構えて走りだす。

 フェリクスも一緒に駆け出しはしたが、10歩ほどのところで止まり呪文の詠唱を開始する。

 残りの3人も開始位置から数歩前に出ただけで呪文の詠唱を開始した。


 最初に発動したのは、フェルカー家チームの前に出た二人の魔法だった。

『『炎防壁フレイムシールド!』』

 横幅10メートル、高さ4メートル、厚みも2メートルほどはありそうな巨大な炎の壁が二枚、

 中央部分三分の一ほどが互い違いになるように配置し、前面に文字通り壁として配置する。


 これで近接戦闘を仕掛けるには、水魔法などで炎を消すか、炎を避けるように10メートル回り込むか、炎の壁を突っ切るしか無い。

 遠距離からの魔法の打ち合いに絶対の自信を誇るフェルカー侯爵家チームの必勝パターンである。


 次に発動したのは、フェリクスの魔法だった。


閃光弾フラッシュボム


 小さく呟いたフェリクスの掌から、握りこぶし大の光の玉が相手の炎の壁めがけて飛んでいく。

 壁の向こう側からも飛来する光球が何となく見えているが、何の魔法かまでは分からない。


(なんだ? エナジーボルトではないし、光属性か? しかし光属性の魔法でなにが出来……まさかっ!?)

 飛んでくる光球を見てフランボワーズが思案するが、何かに気付き表情を変える。


「皆、目を瞑り“パァァーーーーンッ!!!”なっ!?」

 指示を出そうとした瞬間、大きな破裂音が鳴り響いた。


 そして音とほぼ同時に、炎の壁を突き抜けた光球が、パッと音もなく弾けて辺り一面を白一色の光の世界に染め上げる。


「くっ」

「眩しっ」

「目がっ!」


「怯むなっ! 単なる目くらましに過ぎん! 前方へ魔法を水平放出っ!!」

 唯一相手の思惑に気付き、咄嗟に目を瞑って難を逃れたフランボワーズから指示が飛ぶ。


 突然の大音響と大光量の目つぶしを食らっても、呪文の詠唱を止めたものが一人もいなかったのは、流石一流の魔法騎士揃いだ。


岩拳ロックフィスト!』

爆炎弾ファイアブラスト!』

『『焔矢ブレイズアロー!』』


 フランボワーズの指示に慌てて頭を下げた前二人の頭上を次々と魔法が飛んでいく。


 真っ先に飛んでいったのは岩拳ロックフィストだった。

 15本を超える大きな石礫が、高速でミゼロイとティラミスへと向かっていく。10本を超えれば一流と言われているので、15本はさすがの数である。


爆炎弾ファイアブラスト!』

 そこへ、マルセラが唱えた魔法が飛んでいき爆発。中央付近の当たりそうだった石礫をまとめて粉砕した。


 続けてフランボワーズの唱えた爆炎弾ファイアブラストが飛んでくるが、それをユリシーズの唱えた岩拳ロックフィストが正確に迎撃する。

 数を3つに減らした代わりに、一つ一つを大きく、速度を速くした石礫が爆炎弾ファイアブラストにぶつかり、大爆発を巻き起こした。


 先程のマルセラの爆発よりも倍ほどの威力だ。

 とんでもない魔力量が込められた一撃だったようだが、放ったフランボワーズは辛そうな表情は微塵も見せないので、まだ魔力に余裕があるのだろう。


 バラバラと粉々になった石の欠片が降り注ぐ中、さらに30本の炎の矢が迫る。


「よし、第二撃の準備…なんだとっ!?」

 相手は全員魔法を唱え終えたばかりで、焔矢ブレイズアローを魔法で迎撃する事は出来ない。少なくとも突っ込んでくる前衛二人は、命中するか避けるか防ぐか、いずれにせよ行き足は止まるだろう。

 そう踏んで二の矢の指示を出そうとしたフランボワーズが、ミゼロイとティラミスの行動を見て驚愕する。


 何とそのまま速度を緩めず突っ込んできたのだ。

 マントを進行方向にかざしてはいるが、そんなもので焔矢ブレイズアローが防げるはずがない。

 はずだった……


「馬鹿なッ!?」


 降り注ぐ炎の矢がマントに触れると、一瞬触れた部分が光を放った後、何かに包み込まれるようにして炎の矢が消えてしまう。

 突っ込んでくる二人にそれぞれ5本は焔矢ブレイズアローが命中しているはずだが、そのことごとくがかき消されてしまっていた。


「前二人は抜刀! 後ろは炎以外を準備!」

 このまま切り込まれたのでは魔法が間に合わないとふんだフランボワーズから再び指示が飛んだ。


 あっという間に距離を詰めたミゼロイとティラミスは、炎防壁フレイムシールドにも突っ込んでいった。

 一瞬両者が顔をしかめたが、マントでカバーしきれない足元の隙間に一瞬熱を感じたのだろう。


 最短距離で突っ込んだミゼロイとティラミスが、慌てて剣を構えた相手に対して雷剣で斬りかかる。

 思わず盾で防ごうとした前の二人に、フランボワーズから声が飛ぶ。


「防ごうとするなっ! やられたいのかっ!?」

 前の戦いで何を見ていたのだ貴様らは、と内心で毒づいた。


 その声にはっとした表情を見せた前の二人が、慌てて回避しようとするが時すでに遅し。

「ぐあっ!!」

 盾と腕に雷剣の直撃を受けて倒れ込んだ。


「言わんこっちゃない……!」

 小さく舌打ちしながら、自身は少し後ろに下がり距離を取る。


『『岩石壁ストーンウォール!』』


 後手に回ったフェルカー家チームより一足早くリディルとフェリクスの唱えた魔法が発動し、相手のすぐ後ろに高さ2メートル、幅5メートルほどの石壁が二枚、“へ”の字状に出現する。

 そこへすかさず、ミゼロイとティラミスが突っ込んでいく。


『『岩拳ロックフィスト!』』

風壁ウィンドウォール!』

 退路を断たれた相手も、二人同時に岩拳ロックフィストで反撃を試みるが、ユリシーズが大量の魔力を込めて放った風壁ウィンドウォールに阻まれる。


「なめるなぁっ!!『嵐刃ストームカッター』!!」

 その直後、フランボワーズがミゼロイとティラミスに向けて暴風と共に不可視の刃を大量にバラ撒いた。


 風属性の広範囲魔法は直接の殺傷能力は並だが、岩石壁ストーンウォール以外で防ぐのが難しい魔法だ。

 それに殺傷能力が弱いと言っても、彼女のように潤沢な魔力を持つものが扱えば、十分すぎる威力を誇るものになる。

 加えて暴風が伴うので、足止めをするには良い選択肢と言える。


 怒りながらもその魔法を選択するフランボワーズは、優秀な騎士といえる。

 しかし今回は相手が悪すぎた。


 彼女の目が、自らの放った風の刃の中をマントをかざして突っ込んでくるミゼロイとティラミスを捉える。

 先程焔矢ブレイズアローの時と同じように、マントの所々が光っては風の刃が消え失せる。

 マントの隙間から入り込んだ風の刃が小さな傷をたくさん作っていくが、その程度で相手は止まってくれない。


「なんなんだそれはっ!? ふざけるなぁぁっ!」

 理不尽に突っ込んでくる相手をみてフランボワーズが剣を抜く。

 魔法に振ってはいるが、彼女もれっきとした騎士だ。人並み以上には剣は扱える。


「さすがに魔法使いの剣にやられる訳にはいかぬ」

 フランボワーズが剣を抜いて構えた時には、すでにミゼロイの態勢が整っていた。


 フランボワーズの構える剣にミゼロイが雷剣を重ねる。

「サミュエル様、すみま……」

 彼女の呟きが途中で途切れ、膝からガクリと崩れ落ちるのをミゼロイが受け止めた。


 その奥では、土壁に逃げ場を遮られる形になった残りのフェルカー家の騎士達が、ティラミスに次々と行動不能にされていった。


「それまでっ!! 勝者クラウフェルト子爵家!!!」

 倒れて行くフェルカー家の騎士を見て、審判が高らかに宣言する。


「「「「「うおおぉぉぉーーーっ!!!!」」」」」

 固唾を飲んで勝負の行方を見守っていた客席から、本日何度目か分からない大歓声が巻き起こった。

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