第130話 準々決勝
フェリクス達が、大歓声に応えて手を振りながら舞台から戻ってきた。
「皆様お疲れ様でした。いやぁ、見事な完全勝利でしたね。しかしフェリクスさんって、案外性格悪いですか?」
勇が、戻ってきた皆を労いつつフェリクスに突っ込む。
「あの輩はくだらない暴言ばかり吐いていましたからね。少々腹に据えかねましたので、ちょっと遊んで差し上げました」
経緯を答えただけで性格の悪さについては触れないあたりがフェリクスらしい。
「あははは、なるほど。そうでしたか! でもこれ以上無いくらい実力を見せつけられましたから、彼には感謝しないといけませんね」
シード枠のヤーデルード公爵家に圧勝するという快挙を達成しながら、それが当たり前であるかのようにリラックスして笑い合うクラウフェルト家の面々を見て、次戦のためにスタンバイしていた他領の騎士達が驚いている。
そんな周りの様子を気にかけることもなく、クラウフェルト家一行は客席へと上がっていった。
その後の試合は、全て順当にシード枠のチームが勝利を収め、明日の準々決勝に進出するチームが決定した。
クラウフェルト家のジャイアントキリングが話題になりつつも、全体としては大きな波乱の無い展開であろう。
最終日の組み合わせも、やはり当日の朝に発表となるので、勇達は過度な想定敵対策をすることなくゆっくりと休息を取るのだった。
そして迎えた最終日の朝。今日も平常運転で、ティラミスがトーナメント表を持ってくる。
「おおぅ、イノチェンティ辺境伯家との勝負になりましたか……。これは昨日のように遊んではいられないかもしれませんね」
トーナメント表を見て開口一番勇が呟く。
「そうですね。昨日見た中でも、イノチェンティ辺境伯家とフェルカー侯爵家、そしてエリクセン伯爵家は一段強い印象を受けました」
一緒に表を見ていたフェリクスも首肯する。
「エリクセン家は別山なので当たるとしたら決勝ですか……。順当にいくとその前の準決勝はフェルカー侯爵家。普通に考えると、ドローとしては割と最悪ですねぇ」
勇の言う通り、強いと思われるチーム全てに勝たないと優勝できないドローは茨の道と言えよう。
「まぁ、どこが相手であろうと負けるつもりはありませんし、気負わずいきましょうか」
「「「「「「はいっ!」」」」」」
その後朝食を摂って装備品の点検をしてから、一行は試合会場へと向かった。
試合前だというのに、会場の盛り上がりは中々のものだった。
今日は国王陛下を筆頭に王家の面々が観覧する、本当の意味での御前試合になるので、戦いを見に来る客以外にも、普段お目にかかれない彼らを一目見ようとする観客も訪れており客席は満員御礼だ。
出場チーム専用の入場口の周りにも熱心なファンが詰めかけており、推しのチームが登場すると盛んに声援を送っていた。
「キャーー、フェリクス様ーっ!!!」
「ユリシーズ様~、頑張って~っ!」
「ティラミスちゃんっ! 今日も可愛いね!」
昨日の試合を受けて、少数ながらクラウフェルト家にもファンがついたようだ。
やはりフェリクスが一番人気で、ミステリアスな雰囲気のあるユリシーズと女性騎士ながら前衛を張っているティラミスが続く感じだ。
「うおー、ミゼロイの兄貴っ! 応援してます!!」
そしてミゼロイが、一部のコアなファン獲得に成功していた。
「よかったっすね! ミゼロイ先輩の良さが分かる人がいたっす!!」
「……ああ」
悪気なく喜んでくれるティラミスに、苦笑いで答えるしかないミゼロイだった。
会場入りした後は、昨日までのように客席に行くことは無く、チームごとに用意された控室へと案内される。
ここからは組み合わせを変える事が出来ないので、不正対策の一環として行われているようだ。
「昨日の試合を見た感じだと、やはりイノチェンティ辺境伯家は土属性の魔法鎧を装備していましたね」
「ええ。部分的に金属で補強されてはいますが、革鎧では普通あそこまでの防御力はありませんから」
控室では、勇とフェリクスの間で作戦会議が行われていた。
「防御力が上がっていることについては、まぁ何とかできそうですが、一つ懸念があるんですよね」
「懸念ですか?」
渋い表情の勇にフェリクスが尋ねる。
「ええ。ちょっと皆もここだけは聞いておいて下さい。下手をすると足をすくわれかねないので」
珍しく慎重な勇の言葉に、皆が耳を傾けた。
こうして最終ブリーフィングも終え、軽くストレッチなどをしながら待機していると、ドアがコンコンコンとノックされた。
「クラウフェルト子爵家の皆様、先程前の試合が終わりましたので、準備をして入場門へお集まりください」
クラウフェルト子爵家は第二試合なので、第一試合が終わったのだろう。前に試合をやっていたのは、フェルカー侯爵家とザバダック辺境伯家のはずだ。
同じ入場門から引き揚げてきたザバダック辺境伯家の騎士の様子を窺うに、どうやら勝ったのはフェルカー侯爵家のようだ。
これで、この試合に勝ったら次はフェルカー侯爵家とセミファイナルを行う事が確定した。
しばし入場門前で待機してから、呼出の声に従って舞台へと入場する。今日は、当主も一緒に入場する事になっているので、セルファースが先導して中央まで歩いていく。
反対側からは、同じようにナザリオ・イノチェンティ辺境伯を先頭にしてイノチェンティ辺境伯家チームが歩いてきた。
中央で対峙する両チームだが、昨日のヤーデルード公爵家の時のようなギスギスした雰囲気は無い。
先に声を掛けてきたのはナザリオだった。
「くくく、まさか本当にここまで勝ち上がって来るとは思わんかったぞ」
心底楽しそうな顔でナザリオが言う。
「恐縮です閣下。本日は胸をお借りいたします」
軽く会釈しながらセルファースが答える。本来なら恭しく礼をしたいところだが、試合前で整列している体なのでこのあたりが限界だ。
「ふっ、思ってもいない事を……。まぁいい、まぐれでここまで上がってきたのではない事は、昨日の試合を見れば明白だからな。今日はよろしく頼むぞ」
「こちらこそよろしくお願いいたします」
そう言って領主同士がガッチリと握手を交わすと、会場から割れんばかりの大歓声が起こった。
昨日の試合の結果が加味されたのか、オッズはクラウフェルト家が2.5倍、イノチェンティ家が1.6倍と随分とその差は縮まっていた。
それは好カードである事も意味しているので、観客が沸くのも当然か。
開始位置へ向かいながら、勇がフェリクスに最終指示を出す。
「先ほども言った通り、少し気を付けてくださいね」
「了解です」
そしていつもの声だしだ。
「相手は強敵っすが、勝つのは私達っす! どうぞご安全に!」
「「「「「ご安全にっ!!」」」」」
この挨拶にも、小さな歓声が上がる。所々から唱和する声も聞こえてきたので、小ネタとして一部ファンに受けているのだろう。
両者が開始線に並ぶと、会場が途端に水をうったように静かになる。
そこに、審判の声が轟いた。
「はじめっっ!!」
試合開始早々に大きく動いたのは、クラウフェルトチームだった。
ミゼロイとティラミスが先頭に横並びとなり、その両サイドやや斜め後方にリディルとマルセラが、そして中央後方にフェリクスが、それぞれ雷剣を起動させて相手方へと駆け出したのだ。
唯一ユリシーズがその場で呪文の詠唱を開始する。
一方のイノチェンティチームは、その行動に少々驚いた表情はしたものの浮足立つことは無く、その場で待ち受けることを選択する。
前衛4、後衛2のやや前衛重視の編成で、前列の四名が数歩ずつ間隔を空けて待ち構える。後衛の二名も同時に呪文の詠唱を開始した。
開幕を飾ったのは、イノチェンティチームの魔法だった。
どちらもやや範囲を横長に取っているのは、面制圧を狙っての事だろうか。
それに対してクラウフェルトチームは走る両翼が少しだけ速度を落として呪文詠唱、すぐさま発動させた。
まずはマルセラの
バキン!
と乾いた音がして、双方の不可視の刃が砕け散る。
直後、リディルの放った
何発かが空気の壁を突き抜けて来るが随分と威力がそがれているため、ミゼロイもティラミスも躱すなり盾で弾くなりして影響はない。
「なにっ!?」
「移動しながらの魔法で防がれたっ!?」
この状況に一番驚いたのは相手の後衛だったが、それもむべなるかな。
魔法を使う時は集中する必要がある。
魔力を操作し、集め、イメージし、呪文を唱え、発動する。必要な集中の度合いは違うが、どのプロセスにおいても集中力が必要だ。
特に魔力を集めるのと魔法効果をイメージする時に集中するのとしないのとでは、魔法の威力に大きな違いが出る。
なので、移動しながらの魔法と言うのは、本来の力を発揮する事が出来ないのが常識だった。
それを目の前の二人はものともせず、移動しながらの魔法で足を止めて放った自分たちの魔法を相殺してみせたのだ。
驚くなと言う方が無理な話である。
驚かれたほうの二人にとっては、当然の結果だった。
“本来の力”の威力が旧魔法級の威力になっている二人なので、移動しながら撃った魔法が新魔法レベルの威力になっただけの話である。
突撃してくる相手前衛を足止め出来なかったイノチェンティチームの前衛は、それぞれがある程度距離を保って配置についているため、一対複数の戦いを強いられることを覚悟し防御を固めた。
しかしここでまた、クラウフェルトチームが予想外の行動にでる。
せっかく多対一の数的優位を作り出せる状況だったにもかかわらず、ティラミスが単騎で突っ込んだのだ。
「あえて、一対一で挑もうというのかっ!?」
驚く相手前衛の一人に、ティラミスが雷剣で斬りかかる。
「いくっすよ~っ」
紫色の光の帯を薄っすらと虚空に残しながら、雷剣が相手前衛に迫る。
「ちっ!!」
先日のヤーデルード公爵家との戦いを見ていたであろう相手前衛が、躱しきれないと知って渋面で盾を構える。
ギイィンという金属同士がぶつかる音に続いて、バチィィと雷剣から電撃が迸る。
「ぐぬぅぅっ」
苦悶の声を上げるが、相手の前衛は意識を保ったままだ。
「っ!? イサム様の言ったとおりっす!!」
それを見て驚いた表情をみせたティラミスだったが、すぐに飛び退くように相手前衛から距離を取りミゼロイの脇へと戻る。
「やはり威力が弱まったか?」
短くミゼロイが問う。
「はいっす。あの鎧のところまで届いた後に急に威力が弱くなったっす!!」
ティラミスの言う通り、雷剣から迸った電撃はいつも通り相手の腕を這うようにして胴体へと迫った。
しかし、身に纏った鎧の表面で、電撃が急激に弱まりそこで消えてしまったのだ。
「その様子ですと、本当に相手の魔法の鎧で電撃が弱まったようですね。……イサム様の慧眼には恐れ入りますね」
追いついてきたフェリクスが二人の様子を見てため息交じりに言う。
両翼のリディルとマルセラも、遠間で足を止めた。
事前のブリーフィングで、念のための注意点として勇が話していたことを思い出す。
「土属性の魔法の鎧なので、雷剣との相性が悪い可能性があります。以前お話しした優位属性になるので、最悪電撃がほとんど効かない可能性を考慮して下さいね」
まさに言った通りの状況になっていた。
ティラミスが単騎で突っ込んだのも、チーム内でフェリクスの次に攻撃と防御、速度のバランスが最も良い彼女がまず様子見で一当てするためだ。
「強化型に切り替えるぞ!」
フェリクスが味方に指示を出し、自らも雷剣を鞘へしまうとフェリス1強化型を抜き起動させる。
ほかのメンバーも同じく一斉に強化型を起動させた。
「なにっ!? 魔剣がもう一本だとっ?」
「しかも全員がっ!!?」
減衰したとは言え腕に痺れが残っていたのか、すぐには動けなかったメンバーを守るように広げた陣形を再び密集させて様子を窺っていた相手の前衛達が驚く。
フェリクスがチラリと後ろを振り返ると、やや前方へ移動してきていたユリシーズが小さく頷く。
そして呪文の詠唱を開始した。
同時にフェリクスを含めた五人も動き出す。
両翼のリディルとマルセラは、相手前衛をスルーして後衛の方へ回り込もうとする。
残りの三人は、そのまま相手前衛へ突っ込んだ。
相手後衛も呪文を詠唱し始めるが、先に完成したユリシーズの魔法が発動する。
『地より立ち昇りし火炎は、燃え盛る壁となり行く手を阻む。
ゴウ、という音をさせながら、高さ3メートル、横幅5メートルほどの炎の壁が、相手の後衛の目の前に現れ分断した。
「くっ!」
目の前に現れた炎の熱量に、唱えていた呪文を中断させ相手後衛が後ろへ飛び退く。
「ぬうんっ!」
妨害されずに一気に距離を詰めることに成功したクラウフェルトチームの前衛3人は、まずミゼロイが標準サイズよりやや長くて太いフェリス1強化型を大きく横に薙いだ。
「やらせんっ」
イノチェンティ家の前衛も足を止めて受けて立つことを選択、盾を構えてこれを受け止めた。
ギンッ! と雷剣を受け止めた時よりも一段高い音が辺りに響き渡る。
そして金属製の盾に、大きな切り傷が刻まれる。
「なっ!?」
まさか盾を斬られるとは思わず驚愕する相手に、ミゼロイがさらに攻勢をかける。
「くっ……」
防戦一方となった相手の盾にギィン、ギィンと斬りつけること合計四度、ついに盾の上三分の一ほどが折れるように切り離された。
「なんだその剣はっっ!?」
三分の二の大きさになった盾を見て驚愕する。
素早く左右を見るが、ひとりはティラミスと交戦、残りは二人がかりでフェリクスの相手をしていてサポートは期待できそうにない。
そこへミゼロイが追撃をかけていくが、相手の前衛も使い物にならなくなった盾をミゼロイに向かって投げ捨て足を止めさせると、剣を両手に持ち直して反撃に出る。
「せいっ!!」
両手で力いっぱい振るわれた一撃が、ミゼロイの構えた盾に防がれる。
ゴインッ!鈍い音とともに薄っすらと盾が発光した。
「なにっ!?」
撃ち込んだ相手が予想だにしなかった音に戸惑うが、すぐに気を取り直し二度三度と斬りつける。
再び見た目とギャップのある音が響く中、ミゼロイが盾を構えたままニヤリと笑う。
普通この圧力で打ち掛かられた場合、盾で防いでいても少しずつ後退していくものなのだが、ミゼロイは涼しい顔で捌いている。
そして、五度目の斬撃にあわせて逆に一歩前へ踏み込むと、盾で相手の剣を大きく振り払った。
「しまっ……!」
全力で斬撃を加えた所を逸らされた相手の体が前に流れる。
その隙を見逃さず、相手の背中側にするりと移動したミゼロイががら空きの背中に斬撃を叩き込む。
ギィィンッ
と革鎧を斬ったとは思えない音を響き渡らせながら、フェリス1強化型が鎧を大きく切り裂いた。
「ば、かな……、この鎧を切り裂く、など……ぐっ!!!」
鎧を切り裂かれ驚愕する相手の頭部に、ミゼロイが剣の柄を叩き込みその意識を刈り取った。
一人を戦闘不能にしたミゼロイが視線を右に送ると、巧みに盾を操りながらティラミスが相手を圧倒していた。
こちらは問題無いと判断し逆側に目をやると、二対一で戦っていたフェリクスが既に一人を戦闘不能にし、今まさにもう一人の首筋に剣を突きつけた所だった。
「くっ、これまでか……」
その男が降伏するのと同時に、ティラミスも相手の盾を叩き切り、剣を大きく弾き飛ばした。
ガランガラン…
斬られた盾と飛んでいった剣が転がる音が会場に響く。
「それまでっ!! イノチェンティ辺境伯家の戦闘継続可能者が2名となったため、勝者クラウフェルト子爵家!!!」
「「「「「うおおぉぉぉーーーっ!!!!」」」」」
声高にクラウフェルト家の勝利宣言をした審判の声を受けて、観客の大歓声が会場を揺さぶった。
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