第129話 雷剣 VS 炎剣
午前中に三回戦の試合は全て終了し、ベスト16が出揃った。
シード組では、昨年初めてシード権を獲得したハイロン子爵家が残念ながら三回戦で敗退したものの、それ以外の常連組は順当に勝ち上がっている。
そして昼の休憩を挟んで、いよいよ午後から四回戦が始まった。
ここからは毎試合シード枠、もしくはそれを破ったチームが登場するため、観客の人数が一気に増える。
また、四回戦からは王家が胴元になった賭け試合となることも手伝って、毎年尋常ではない盛り上がりをみせるのだ。
この賭けだが、試合ごとに勝敗を予想するタイプで、ブックメーカー方式である。
王家の近衛騎士団長などの有識者が倍率を決めているため、その倍率は王家首脳陣からの評価とも言えるだろう。
ブックメーカー方式の支払いリスクは全て胴元が負う事になるため、割とシビアな評価が下されるのだ。
ちなみに日本の公営ギャンブルはブックメーカー方式ではなく、全て胴元のリスクが小さいパリ・ミューチュエル方式である。
そんな盛り上がりを見せる中、四回戦第三試合にいよいよチームにゃふ痕の出番が回ってきた。
対戦相手は少々因縁のあるヤーデルード公爵家。オッズは4倍と1.25倍でヤーデルード公爵家圧倒的有利の予想だ。
「普通にやれば負けることは無いと思いますが、炎の魔剣の力無しの状態でどの程度のレベルなのか分からないので、一応注意してください」
「分かりました」
試合前の最終ブリーフィングで勇からの注意に頷くフェリクス。その後出場する六人が円陣を組み、いつも通りティラミスが声出しをする。
「よっし。あんな燃費の悪い炎の魔剣より、オリヒメ先生印の雷剣と雷槍の方が強いってところを見せてくるっすよ? じゃあ、いくっすよ? ……今日もご安全に!!」
「「「「「ご安全に!!」」」」」
いつもの掛け声で気合を入れると、雷剣や雷槍を身に付けて試合会場へと向かった。
入場ゲートをくぐって一歩踏み出すと、大歓声が音の圧となって降り注いできた。会場全体が震えているようだ。
両チームが開始前の挨拶のため、舞台中央に整列する。
「ふん、運良くチゴールに勝った程度で調子にのるなよ?」
小声でそう言いながら、アレクセイ・ヤーデルードが睨みつけてくる。
「それはもちろん。ゴブリンに勝って調子にのるようでは、騎士失格ですので」
全く臆することなく、フェリクスが相手の目を見て言い返す。
「きさまっ……! クズ魔石屋風情が吠えおって……。本物の魔石の力をみせてやろう。精々消し炭にならぬよう逃げ惑うのだな」
思わぬ買い言葉にアレクセイが語気を荒げる。
「ふふ。そのクズ魔石屋風情に敗れた本物の魔石屋様は、魔石屋を廃業しなければなりませんね?」
またしても真正面から喧嘩を買うフェリクス。両隣ではマルセラとティラミスが下を向いて肩を震わせている。
アレクセイは怒りのあまり言葉を無くし、鬼の形相でフェリクスを睨みつけたままだ。
「両チーム、開始線まで下がりなさい」
審判の呼びかけに、ようやく両者の視線が外れた。
「……あのような暴言を吐く輩には一切の容赦は不要だ。開幕から全力で……。いや、少し遊んでやろう」
開始線に向かって歩きながら、冷たい目で言い切ろうとしたフェリクスが言葉を止める。そしてニヤリと笑うと、何事かを小言でメンバーに伝えた。
「「「「「了解!」」」」」
それを聞いたメンバーが頷き、開始線に整列した。
「はじめっ!」
そしてチームにゃふ痕の四回戦が始まった。
ヤーデルードチームの立ち上がりは素早かった。
開始の合図とともに抜剣し炎の魔剣を起動、前衛五人が前二人後ろ三人の台形型に陣を組み、後衛がその後方へと下がった。
対するクラウフェルトチームは、ミゼロイを真ん中にフェリクスとティラミスがその両サイドを固めた一列目に立つ。
二列目にマルセラとリディルが横並びで入り、その後ろにユリシーズが控えた。
「いくぞっ!」
「「「「はっ!」」」」
アレクセイの号令で、一斉にヤーデルードチームの前衛5人が動き出す。
炎の魔剣から噴き出す火炎を相手に向けて放ちながら、台形型のままその距離を詰めていく。
クラウフェルトチームは、ユリシーズが
水属性には壁系の魔法が存在しないため、火炎系を防ぐのによく使われる手だ。
その後マルセラとリディルが
さほど分厚い壁ではないが、剣で壊せるほどでもないため、ヤーデルードチームは二手に分かれて壁の外側へと展開していく。
そこへマルセラとリディルが、消火活動で見せたように十発強の
大した大きさではないので、人が1、2発直撃を受けたとしても大したダメージにはならない。
しかし水に濡れると動きづらくなるため、ヤーデルードの前衛たちは基本的には水球を避け、避けられないものは魔剣の火力に物を言わせて蒸発させていった。
「ふんっ、チマチマと小賢しい……」
自身も数発の水球を蒸発させながら、アレクセイが毒づく。
数分そんな攻防が続いた所で、新たな動きが出る。
「隊長、そろそろ魔石を交換しないと同時に魔力切れを起こします……」
一人の前衛がそっとアレクセイに進言する。
「ちっ、早いな。水球を受け過ぎたか……。よし、一人ずつ交換しろ。おあつらえ向きに壁を出してくれてるからな」
魔剣で水を受け止めると、それを蒸発させようと魔剣の火力が強くなる。その時に魔力を大きく消費するのだ。
これまでは一人で十発以上の水球を操る者などいなかったため問題にならなかったに過ぎない。
「よし、今だ!」
そしてその動きを待っていたフェリクスの号令が響く。
『水よ、細かき粒となりて虚ろを満たせ。
まずはユリシーズの
勇が火災消火時に使ったものよりも、少し密度が濃い。
同じ消費魔力であれば、勇より高威力を出す事など出来ないのだが、ユリシーズは魔力量が多い。
今回はここが勝負どころなので、多めに魔力を込めて濃い霧を発生させたのだ。
さらにそこへ、リディルの
もはや霧と言うより、雨の中にいるような状態だろう。
「雷剣を起動!!いくぞっ!」
「「おうっ!!」」
それを見て前衛三人が雷剣を起動。微かにバチバチッという音と紫電を迸らせながら、オリヒメ商会謹製の魔剣がそのヴェールを脱いだ。
「おいっ、あれ魔剣じゃねぇか?」
「ホントだ! あの感じは雷か?」
「今まで隠してたってのか!?」
客席に驚きが広がっていく。
そしてその驚きが一番大きかったのは、当事者のヤーデルードチームだろう。
「魔剣、だとぉっ!!?」
アレクセイの表情が驚愕に染まる。
自分たちの専売特許だと思っていた魔剣を、見下していた相手がここで使ってきたのだ。驚きは一入だろう。
バチィッッ!!
「ぐあっ!」
ドサリ。
前衛が相手の魔剣と濃霧に気を取られていると、後方から何かが弾けるような音とくぐもった声、そして何かが倒れるような音が聞こえた。
先程後衛の内二人が
「ちっっ!! 交換が完了したらすぐ戻れっ! 切り込んで来るぞっ!」
慌てながらも状況を見てすぐ指示を出せるあたりは、流石に武勇をほこるドラッセン・ヤーデルードの長男として面目躍如といったところか。
しかし指示が出せれば勝てるのであれば苦労などしない。
ただでさえ
常に湿度100パーセントに近い状況に置かれて魔力の消費は加速され、最初に交換が完了したもの以外はいつ魔力が切れてもおかしくない状況だ。
そして、魔力が切れていなくても……。
「くそっ、なんだこの霧はっ!?」
アレクセイが吐き捨てる。
魔剣から火炎を放とうとするのだが、いつもより明らかに威力が弱い。
不利属性である
「ふふ、いかがですか? お得意の魔剣を封じられた気分は?」
「っ!!」
すぐ近くでフェリクスの声が聞こえ、慌てて剣を振るうアレクセイ。
「おっと。危ない危ない」
おどけるような声がアレクセイをさらに苛立たせる。
「くそっ! 霧で目隠しして奇襲とは、何とも姑息な奴らよっ!!!」
もはや論理性の欠片も無い台詞を吐くアレクセイに、フェリクスが嘆息する。
「……やれやれ。ここまで酷いといっそ哀れですね。自分たちが、魔石の産地であるというだけの理由で散々炎の魔剣を使ってきたというのに、それを少し防がれただけで姑息とは……。まったくもって度し難い。いいでしょう。そこまで言うなら、正面から戦ってあげようじゃありませんか」
フェリクスがそう言うと、微かに風が吹き霧を晴らしていく。ユリシーズが
「……くはははっ! はーはっはっは!! 馬鹿か貴様らは!? 少し煽られた程度で千載一遇のチャンスを逃すなどっ!!!」
それを見てアレクセイが狂喜する。
「御託は良いので、かかってきたら如何ですか?」
「貴様はさっきからいちいちーーーっ!!!!」
フェリクスの挑発に激高したアレクセイが斬りかかる。
ガキン!
炎を纏った魔剣とフェリクスが繰り出した紫電を纏った魔剣がぶつかり合った。
これで、この数秒後には相手に炎が纏わりつき自分の勝利で終わる。
剣が交錯する瞬間、そのシーンを思い描いてアレクセイの顔が醜く歪んだ。
しかし……。
バヂィィッッ!!!!
「ぎゃあぁっっっ!!!!」
絶叫をあげて倒れたのはアレクセイの方だった。
いや、それ以外にも次々とヤーデルードチームの前衛から叫び声が上がり、一人また一人と倒れていく。
ある程度時間をかけて炎を纏わりつかせる炎の魔剣に対して、雷剣は触れた瞬間一気に電撃が襲い掛かる。
火炎放射を潜り抜けて近間での戦いになった時点で、9割がた決着はついていた。
霧を晴らしてから一分足らず。舞台に立っているのはクラウフェルト家の六人のみだった。
「ヤーデルード公爵家、全者戦闘不能! よって勝者クラウフェルト子爵家!!!」
即座に審判がクラウフェルト家の勝利を宣言する。
「「「「「うおおぉぉぉーーーっ!!!!」」」」」
一瞬の沈黙の後、割れんばかりの歓声が会場を包みこむ。
見事な戦術で一度完封勝利目前までいっておきながら、あえてそれをリセット。そこから再びの完封勝利に、観客は大いに盛り上がるのだった。
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