第128話 炎の魔剣

 チゴール・バルバストルの暴走というアクシデントはあったものの、御前試合一日目の戦いは全て終了した。

 一回戦シード組も全チーム危なげなく勝ち上がっており、勝敗だけを見れば大きな波乱のない結果となっている。

 その分、チゴールの暴走とそれを無傷で乗り切ったクラウフェルト子爵家チーム、手助けをしたエレオノーラ・エリクセン伯爵が一日目の話題をさらっていった。


 それに伴って、クラウフェルト家に対しても僅か一日で様々な噂が流れていた。

 まともな噂だと、火事を即消火した実力は本物で水魔法のスペシャリストだ、白兵戦も相当強い、動けない相手チームの騎士を助けた素晴らしい騎士達だ、といった感じだ。

 当然そうではないゴシップも飛び交っており、そちらは、子爵の娘が美人だ、婚約相手が羨ましい、何やらおかしな掛け声が聞こえた、よく分からない可愛い使い魔らしき生き物がいる、と多岐に渡る。

 おおよそ事実なので別に思う所は無いのだが、たった一日で随分と変わるものだねぇとセルファースも呆れていた。


 多少の驚きはあったものの、さほど苦労なく勝ち上がったチームにゃふ痕のメンバーは、気負いなく二日目の方針を話し合っていた。

 とは言え二日目の組み合わせも、一日目と同じく当日早朝の発表となるため、現時点で個別の対策を練る事は出来ない。

 主な話題は、どのタイミングでどの魔法具の使用を解禁するかである。


「やはり、一回戦免除チームと当たった時からでしょうかね?」

「それが無難でしょうね。少なくとも明日の二試合目、四回戦からは必ずどこかの免除チームと当たりますからね。何をどこで使うかは相手によって変わりそうなので、相手が決まってから決めましょうか」

 フェリクスの問いかけを勇が肯定する。


「あと、一回戦免除チームの中で、魔法具を使ってくるチームはありますか? 魔剣やら魔法の鎧やら、かなり高額ですが売っていますよね?」

 なにも魔法具は勇達だけの専売特許ではない。金に糸目を付けなければ、ある程度魔法具を使う事は出来るだろう。


「そうですね……。まず間違いなくヤーデルード公爵家は、火の魔石を使った炎の魔剣を使ってくると思います。魔剣は魔石の消費が相当激しいので、本体自体の価格もさることながら魔石を安く使える産地の特権みたいな所があるんです。ウチのフェリスシリーズは例外ですね」

「なるほど……」


「同じ理由で、イノチェンティ辺境伯家が土の魔石を使った防御付与の鎧を使っています。練度が高いだけでなく防御も硬いので、かなりの難敵ですね」

「ふむ……。シャルトリューズ家はどうですか? あそこも氷の魔石の産地ですが?」

「シャルトリューズ家が魔法具を使っているところは見たことがないですね……。恐らく、武器や防具の類に氷の魔石を使ったものが無いのかと」

「そうですか。では、ヤーデルード公爵家と当たったら、こちらも雷剣と雷槍を使いましょうか。で、イノチェンティ家と当たった場合はフェリス1型、必要に応じて強化型を使います」


「分かりました。強化型なら間違いなく抜けると思いますから、一当てしてヤバそうなら切り替えます」

「そうしてください。それ以外のものについては、各自判断で使ってくださいね。ただ出来れば、散魔玉は使わずに優勝したいところですが……。アレは対魔法用の切り札ですが、ネタが割れるとある程度対処できますから」

「了解しました!」


 負けることなど想定せずかなりいい加減な方針を決めただけで作戦会議はお開きとなり、各自気負いもなくリラックスして二日目を迎えることとなった。



「組み合わせ表を取ってきたっす!!」

 翌朝、すっかり表の回収係となったティラミスが、王城から走って戻って来た。

「ああティラミスさん、今日もご苦労様です」

 勇がお礼を言って組み合わせ表を受け取る。

 昨日で32チームに絞られたが、今日が終わった時にはそれが8チームになる。

 来年のシード権を獲得できるかどうかは今日にかかっているので、今日が正念場だと思っているチームも多いだろう。


「お、三回戦では初戦免除組とは当たりませんでしたか」

 取り急ぎ自チームの位置を確認した勇が言う。

「三回戦を勝つと、順当にいけば次はヤーデルード公爵家ですか……。なんとも因果な話ですね」

 一緒に組み合わせ表を見ていたフェリクスがそう零す。


 先日暴走したバルバストル子爵家は、ヤーデルード公爵家の寄子だ。厄介事を引き起こしたため表向きには叱責し距離を置いているが、腹の中でどう思っているかは分からない。

 敵討ちとまでは言わないまでも、暴走のきっかけを作った勇達を疎ましく思っているのは間違いないだろう。


「まぁ、ウチが権利を売るのを断った魔法コンロも売れてるからねぇ。当主のヤーデルード閣下がどう思っているかは知らないけど、ご長男はさぞやご立腹かもしれないね」

 朝食後のお茶をゆったり飲んでいたセルファースが会話に加わる。


 ヤーデルード公爵家の長男アレクセイは、以前魔法コンロの権利やその後の権利も寄こせと、札束で顔を叩いてきた張本人だ。

 その話を聞いただけでもプライドの高さが窺える人物であるからして、今回の一件も含めて“子爵家如きが”と思っているであろうことは容易に想像がつく。


「元々向こうが売ってきた喧嘩みたいなものですからね……。我々は何も悪い事はしていませんから、返り討ちにするまでですよ」

 迷惑そうな顔で勇が言う。


「さて、そうなると最初の出番はフェリス21型と22型、雷剣雷槍ですね。フフ、いよいよ本気のクラウフェルト騎士団のその片鱗をお披露目といきましょうか」

「「「「「「はいっ!」」」」」」

 いよいよ魔法具解禁という事で、騎士達のテンションとモチベーションも良い具合で上がっていくのだった。



 三回戦は、昨年も三回戦まで勝ち進んでいたファルスキー伯爵家との対戦となった。初のベスト16入りを賭けて相手は意気軒昂である。

 対するクラウフェルト家は、バルバストル子爵家戦のような奇策はとらず、オーソドックスなスタイルに戻して戦いに臨んだ。


 両家とも前衛3後衛3の陣形で、魔法による遠距離攻撃で戦いは開幕する。

 ファルスキーチームは、爆炎弾ファイアブラスト石霰ストーンヘイルの合成魔法に追い打ち用の岩拳ロックフィストという手堅い選択だ。

 クラウフェルトチームも、マルセラが爆炎弾ファイアブラストを、リディルが岩拳ロックフィストを唱え、ユリシーズが選んだのは嵐刃ストームカッターだった。


 最初に発動したのはファルスキーチームの爆炎弾ファイアブラスト石霰ストーンヘイルだった。

 こちらに向かって石礫とオレンジの光球が飛来する。

 そこへ、一拍遅れて放たれたマルセラの爆炎弾ファイアブラストが突っ込んでいく。


 両者の射線が交差する双方の中間地点辺りで、マルセラの爆炎弾ファイアブラストが爆発した。

 規模の大きな爆発は、相手の爆炎弾ファイアブラストを誘爆させ、並走していた石霰ストーンヘイルが四散する。


 魔法二つを一つの魔法で消された事で不利になったファルスキーチームは、残りの一人が相手の魔法発動を妨害しようとすぐさま岩拳ロックフィストを放った。

 それを待ち構えていたリディルが同じく岩拳ロックフィストを放ち、相手の魔法にぶつける。


 威力、数量ともに勝るリディルの岩拳ロックフィストが相手の岩拳ロックフィストを打ち据え砕いていった。

 そこへ間髪入れずユリシーズが放っていた嵐刃ストームカッターが追走し、砕けた大量の石を巻き込みながら敵前衛へと襲い掛かる。


「うわっ!!」

「ぐっっ!」

「っっ!!!」

 こんな形でカウンターされるとは思っていなかった相手前衛は、回避が間に合わずなんとか盾で防ごうとするが、四方八方から襲ってくる石と不可視の刃は防げず、大きなダメージを受けた。


 驚く相手後衛の目に、さらなる衝撃が飛び込んできた。

 先に魔法を放ったマルセラ、リディルに加えて、前衛として前にいたフェリクス、ティラミスの頭上にも火炎球ファイアボールが輝いていたのだ。

 最後に魔法を放ったユリシーズも、呪文を唱えようとしている。


「まだ続けますかな?」

 唯一魔法を使っていない最前列のミゼロイが、相手に問いかける。


「……いや、止めておこう。これ以上は無駄に損耗するだけだ。降伏する」

 隊長章をつけている相手後衛が降伏を認めたことで戦闘は終了。フェリクス達も魔法を解除する。


「完敗だ。魔法の威力に差があり過ぎた」

「ふふ、魔法顧問が優秀でな。まぁ魔法を使えぬ私が言う事ではないがな」

 負傷したファルスキー側の前衛を手分けして救護所へ送り届ける傍ら、相手の隊長とミゼロイが握手を交わした。


 三回戦も圧勝したクラウフェルトチームを見て、客席がにわかにざわつく。

 二日目からは全チームが同じ会場で試合を行うため、出場者だけでなくかなりの数の観客が入っているのだ。


「見たか、今の? 五人もまともに魔法使ってたぞ?」

「これまで三人しか使ってなかったが、五人使えるってことなのか?」

「魔法の威力がすげぇな。全員魔法騎士なのか?」


 元々チームにゃふ痕の構成は、正確には前衛1、オールラウンダー3、前衛寄りオールラウンダー1、後衛寄りオールラウンダー1である。

 隠していた訳ではないが、結果として前衛3後衛3としてこれまで振舞っていたため、真実を知って驚きが広がっているようだ。


「お疲れ様でした。魔力の残りは大丈夫ですか?」

 戦いを終えて戻って来たメンバーを勇が労う。

「はい。一鐘も休めば完全回復する程度しか消費していませんので問題ありません」

 リディルがそれに答え、他の面々が頷く。


「では、次の相手になるであろうヤーデルード公爵家の試合を見に行きますか。魔剣を使ってどんな風に戦うかも気になりますし」

 次戦に向けたコンディションも問題無いことを確認して、一同は観客席へと向かった。



 そこで繰り広げられている光景は、正直気分の良いものでは無かった。


 ヤーデルード公爵家は前衛5後衛1と、極端に前衛寄りの編成なのだが、戦いが始まってすぐその謎は払しょくされた。

 魔剣から炎が噴き出すその様は、さながら小さな火炎放射器である。


 見た感じ、小威力の火炎球ファイアボールより少し強い程度の火力なので、ネタが割れていれば単体では大した脅威ではない。

 しかし集団運用されると、魔法のようなタメが不要で、極めていなくても移動しながら炎が出せるというのは厄介だ。

 盾などで防げるには防げるのだが、時間が経つと金属なら熱くなるし、革や木だと燃える。髪に燃え移ったり、火傷したりにも注意が必要になるため、集中力も分散されてしまう。


 しかもその上……


「ふんっ、無駄だ」

「クッ……ぐあぁぁっ!!!」


 ヤーデルード公爵家の隊長章をつけた男と鍔迫りしていた相手騎士の剣を伝って、その腕に炎が絡みついた。

 たまらず距離を取ろうとしたところを斬りつけられ倒れる。


 ちなみに驚いた事に、ヤーデルード公爵家の隊長は、どうやら長男のアレクセイのようだ。

 今も、相手を見下すようにして切り捨てていたから、恐らく間違いないだろう。


「なるほど。ああやって炎が侵食していくようですね。中距離以内は隙があまり無さそうです」

 その様子を見ながらフェリクスが呟く。


 それを裏付けるように、ヤーデルード公爵側の後衛は、遠距離攻撃を防ぐ事に全力をあげていた。

 魔法による攻撃はせず、壁系で守ったり迎撃、相殺したりして直撃させず、その合間をぬって前衛が側面にも回り込みながら魔剣で火炎放射する戦術のようだ。


「あと、かなり魔石を馬鹿食いしていますな。まだ試合開始して少ししか経っていませんが、順番に魔石を交換しています」

 ミゼロイが戦いの様子を見ながら気が付く。


「ああ、だから魔石の産地じゃないと実用的ではないのか……。確かにあれは中々に脅威ではありますね……」

 顎に手をやりながら勇が言う。

 が、その言葉とは裏腹に表情には全く焦りは無い。

「勝者、ヤーデルード公爵家!!」

 程なくして審判が勝者をコールする声が聞こえた。


「しかし、我々の敵ではないでしょう」


 それを無視して言い放つ勇に、メンバー全員が頷いた。

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