第127話 エレオノーラ・エリクセン

「ど、どうもありがとうございます? えーっと、どちらさ――」

「エリクセン閣下!!」

「っとぉ!?」

 勇が突然掛けられたお褒めの言葉に、どうにかお礼になっていないお礼を言いつつ、見覚えのない女性に名前を尋ねようとしたところで、アンネマリーの驚きの声がそれを上書きした。


「かっかっか、いかにも。ああ、そうかしこまらんで良い。驚かしてすまんの、クラウフェルトの」

 快活に笑うエレオノーラ・エリクセン伯爵に驚いて目を丸くする勇。そして急いで謝罪を述べる。

「これは大変失礼を……。まさかこのように美しい方が、武勇名高いエレオノーラ・エリクセン伯爵閣下とは思ってもおらず……」


「かっかっか、美しいときたか。そのように可憐な婚約者を皆の面前で見せびらかしておきながら良く言いおる。のぅ?」

 勇の謝罪に、さらに楽しそうに笑うエレオノーラ。

 美しい、と言う勇の言葉にぴくりとアンネマリーが反応したのを見逃さなかったのだろう。そう言って片目を瞑る。


 確かにイサムの言う通り、エレオノーラ・エリクセンは美しく、色気のある女性だった。

 実力主義のエリクセン家なので若くして当主の座についているとは言え既に40代に差し掛かっているはずだが、アッシュ系のベージュの長い髪が印象的なその見た目は10は若く見える。

 プライベートなのか、礼服では無い騎士服のような装いが良く似合っていた。


「これは重ねて失礼を……。して、エリクセン閣下、我々に何用でしょうか?」

「そうかしこまるな。話しづらくてかなわんよ。わっちのことはエレオノーラと呼んでくれればよい。わっちもイサム、アンネマリーと呼ばせてもらうからの」

「分かりまし……。ありがとうございます、エレオノーラさん」


「よいよい。用と言うても大した事では無いよ。良いタイミングで面白い魔法を使う奴がおると思っての。で、どんな奴かと思ったら噂のクラウフェルト家の魔法顧問じゃないか。こりゃあ声を掛けねばと、慌てて駆けつけたというわけよ。

あれは豪雨スコールの魔法よな? 中々の威力だったが、なんであの魔法を使ったよ? と言うか、バルバストルの小童が業火の魔法を使う事が分かっていたのかの?」


「あの時点で、何の魔法を使われるかは流石に分かりませんが、これまでの戦いから火の魔法が得意そうでしたからね。キレて使うとしたら火のデカい魔法かなぁ、と……」

 勇の回答に小さく頷くエレオノーラ。口を開かないという事は、そのまま続けろということだろう。


豪雨スコールを選んだのは、私一人では止められないため、最初からアンネの魔法と合わせて被害を抑えるつもりだったからですね。強力な火の魔法だった場合、まずはその強烈な高温をなんとかしないといけないので、広範囲にある程度の水量をばら撒ける豪雨スコールが良かったんですよ。私の魔力量で水球ウォーターボールを使っても、多分出力不足で魔法そのものは止められないでしょうから」

 少々自嘲気味に話す勇。


「なるほどよの。魔法を消すのは婚約者に任せて、己はまず威力を弱めるのに注力した、か……。うむ、実に良い選択をしたものよ。状況、己の力量、味方の力量。全てを把握した上での賢い選択は見事よな」

 勇の話に大いに頷き、エレオノーラが勇を褒め称える。


「あーー、お褒め頂くとちょっと言いづらいんですが、豪雨スコールがあまり使われない地味な魔法だから、というのもあります……」

「なぬ? あまり使われない魔法だから使ったと!?」

「ええ、まぁ」

「……はーっはっは、これは愉快。面白い奴よの、イサムは。気に入ったわい」

 勇がぽりぽりと頭を掻きながら言うと、一瞬面くらったエレオノーラが大笑いしながらバシバシと勇の背中を叩く。


 そこへ、試合を終えたフェリクス達が戻ってきた。ミゼロイとユリシーズ以外はびしょ濡れだ。


「イサム様~~! 助けていただいてありがとうございますっすぅぅぅっっ!!?」

 真っ先に走ってきたティラミスが、チゴールが放った業火宴ヘルファイアから勇とアンネマリーが守ってくれた事に礼を言おうとして声が裏返る。

「えええ、エレオノーラ様っすぅっっっ!?!?」

 目の前にエレオノーラがいる事に驚き絶叫する。この中で知らないとしたらティラミスだけだろうと思っていた勇が、心の中で敗北感を味わっていた。


「お前さんらも、お疲れさんだったの。ちょいとやり過ぎたせいでびしょ濡れにしてしもうてすまんの」

「は? え? あ、いえ滅相もございません。エレオノーラ閣下にも助けていただいたのですね。ありがとうございます」

 いきなりエレオノーラに謝られるという想定外の事態にフェリクスの思考が珍しくフリーズするが、すぐに我に返って礼を言う。


「なに、お前さんらだけだったら手出しする必要は無かったと見とるよ。のぅイサム?」

 相変わらず朗らかに笑いながらエレオノーラが勇に水を向ける。

「ええ。優秀な騎士達なので、あのような勢いだけの魔法にやられるような事は無いでしょうね。ただ彼らは優しいので、動けない彼らをきっと助けるだろうと思っていましたから」

 それに対し勇が笑顔で答えると、エレオノーラが満足げに頷いた。


「だろうよ。同数で逆楔の陣形を使っておきながら圧倒しておったよな。あれは誰の入れ知恵かの?」

「逆楔ですか? ……ああ、鶴翼の事ですか。ええ、少々腹に据えかねる事があったもので、不利と言われる陣形で圧勝してやろうかと思いまして」

 聞き慣れない言葉に少し考えた後に勇が答えた。


「おーおー、怖い事よの。まぁアレを分かるものが見たら、クラウフェルトの圧勝だとすぐに気づくだろうよ」

 勇の言葉に目を細めるエレオノーラ。


 勇の言う鶴翼とは、戦国武将、武田信玄の八陣にもある有名な鶴翼の陣のことだ。

 鶴がその翼を広げた姿のように、V字型に兵を配置するのが特徴の陣形で、基本的には相手を包囲殲滅するためのものである。

 そのなんとも言えない語感の良さも相まって、ゲームなどにもしばしば登場する人気の陣形だが、実は陣形として優れているかと言われるとそうでもない。

 史実でも、勝ったり負けたりの陣形なのだ。


 ハマった時は圧勝するが、使いどころを間違えると惨敗するのが鶴翼の陣で、特に兵力差が無い場合には不利になりやすい。

 大軍をもって敵を潰すときに、兵の損耗を出来るだけ避けるための陣形と言える。


 指揮を執る事も多い騎士団長のディルークやフェリクスに聞いてみたところ、この世界エーテルシアでも認識は同じだったため、勇は同数の戦力で行われる試合であえてこの陣形を採用したのだった。

 エレオノーラが言う通り、分かりやすい形で圧勝するために……。


「ところでエレオノーラ閣下はなぜこちらに? エリクセン伯爵家の試合は別会場のはずでは?」

「そうそう、私もそれが不思議だったんですよ」

 勇も疑問に思っていたことをフェリクスが聞いてくれる。


「ん? わっちの兵は二回戦如きで後れを取るような鍛え方はしておらんよ。だから、面白そうだと思う所を見て回っておるのよ」

 流石の自信である。むしろ前半で負けたほうが驚かれるくらいなのだから当然ではあるが。

「面白そう、ですか? この会場だとザバダック辺境伯閣下のところでしょうか?」

 勇の言葉に首を振りながらエレオノーラが答える。


「いやいやイサム、お前さんらのところよ。ザバダックんとこ含めて、馴染みの相手は手の内も知っておるから見ても仕方が無いしの。その点お前さんらのところは、巡年祭が始まってから急に噂になったからの、自分の目で見ておきたかった。そして見に来て正解だったの、面白いものを見せてもらったよ」

「あれ、私達のところでしたか。楽しんでいただけたのであれば良かった、んですかねぇ?」

 要らぬトラブルに巻き込まれたことは面白いといえば面白いので、そんなものだろうかと勇が首を傾げる。


「ああ。こうして知己も得られたしの、まっこと見に来てよかったよ。明日以降、どこかで戦う事があるやもしれんな。楽しみにしておるよ」

 そう言って別れを告げると、からからと笑いながらエレオノーラは去っていく。

 護衛すら付けていなかった事に今更のように気付いたが、王国最強の傭兵団をまとめる女傑には不要なのだろう。



「あー、ビックリした。屈強な傭兵の親玉だからてっきりゴツイ人を想像してたら、まさか女の人だったとは……」

「私も驚きましたよ。まさかエレオノーラ様とイサム様が話をされているとは……」

 フェリクスの言葉に騎士達が全員コクコクと頷く。


「助けてもらったし、今度あらためてお礼の書面でも送っておきますよ。しかしあの人はいわゆる化け物の類ですね……。魔法を使った時一瞬だけ魔力を目にしましたけど、あの魔力量は異常です。あれだけの魔力を注ぎ込んでおきながら平気な顔をしているとか、ちょっと信じられないですよ。あれだけ魔力があれば、旧魔法とか関係無いかもしれませんね……」

 勇がそう回顧しながらぶるりと小さく震えた。


「あー、それより皆さん大変でしたね。ちょっと煽りすぎたかなぁ……。危ない目にあわせてしまってすみませんでした」

 そう言って勇が軽く頭を下げる。

 

「いえ、あの程度で逆上する輩の程度が低いのです」

 フェリクスがバッサリと切り捨てる。

「あはは。ちょっと実力差があり過ぎましたね。皆さん、去年から随分と腕を上げたんじゃないですか?」


 勇の言う通り、一回戦も二回戦も特殊兵装の類は使っていないので、純粋な地力のみで圧勝していることになる。

 旧魔法の伝授による魔法の威力と効率の向上に加えて、魔剣を手に入れるためだったり出張に帯同するためだったり、今回の選抜チームに入るために競争していた効果だろうか。

 もしくは織姫がちょくちょく顔を出していることによる、モチベーション向上効果のおかげか。


 いずれにせよ、地力が上がっていれば魔法具に頼り切った戦いにはならないので、今後がますます楽しみだ。


「さて、これで上位32チームに入りました。明日は最低でも一回は、一回戦免除組と戦う事になると思います。ここからが本番ですからね、気合を入れていきましょうか」

「「「「「「はいっ!」」」」」」

「では、ティラミスさん、いつものをお願いします」


「明日も一日、ご安全に!」

「「「「「「ご安全に!」」」」」」


 こうして、暴走事件がありながらも勝負には圧勝して、チームにゃふ痕は大会一日目を終えた。


 その暴走したチゴールだが、国からの処分が言い渡される前に現当主であり父親のバルバストル子爵からバルバストル家を廃嫡された。

 それに加えて、結果として死傷者が出なかった事と観覧試合では無かった事も考慮され、どうにか処刑や犯罪奴隷にされることは無く、5年間の危険地帯労働にとどまったという話だった。

 ちなみに危険地帯労働とは、魔物の脅威がある場所での採掘や街道整備、戦場における最前線への投入などの総称で、どこに派遣されるかは分からない強制労働刑である。


 本人がこれで矯正されるかどうかは分からないが、バルバストル子爵家からクラウフェルト家に正式な謝罪があり、これを受け入れる代わりに大きな貸しを作る事に成功している。

 試合でも叩き潰す事が出来たので勇とアンネマリーの留飲も下がり、あのエレオノーラ・エリクセンと知己を得るきっかけにもなったため、これで手打ちにするクラウフェルト家であった。

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