第126話 二回戦
その後も一回戦の試合が行われ、午後になってから二回戦が開始された。
二回戦のトップを飾ったのは、一回戦が免除だったザバダック辺境伯家の試合だった。
勇たちのいる会場にいるシード枠は件のザバダック辺境伯家なのだが、当主以外は大評定でのやり取りを詳しく把握してはいないので、特に騎士団どうしの絡みなどはない。
前衛4、後衛2というやや前衛寄りの布陣で挑むザバダックチームは、やはり後衛の魔法で戦いの狼煙を上げる。
多量の魔力がつぎ込まれた大きな
相手方は前衛3、後衛3のオーソドックススタイルで、向かってくる
二本の水の槍を受けてボンッと派手な音と共に
それを読んでいたのか、ザバダックチームのもう一人の後衛から
視界が開けたその一瞬を見逃さず、小さな逆V字の隊形でザバダックチームの前衛が敵陣へ切り込んだ。
虚を突かれる形になった相手方は、なんとか盾で初太刀を防いだが、四対三の数的不利もありあっという間に前衛が瓦解。
待機していた後衛の一人が起死回生を狙った大きな
相手方が降伏を宣言し、ザバダックチームの完勝となった。
「はー、流石に強いですね。相手も一回戦を勝ったチームだというのに……」
「そうですね。個人の強さもさることながら、戦い慣れしています」
感嘆の声を漏らす勇に、フェリクスが追従する。
「これは我々も無様な戦いは見せられませんね」
「無論だ。そもそもこのオリヒメ先生の紋章にかけて、圧勝すると誓っているからな」
二人の会話を聞きながら、リディルとミゼロイも密かに闘志を燃やす。
「な~う~」
そして織姫が、一人一人の足元をまわって頬をすりすりと擦り付け、足の甲をたしたしと二、三回タッチする。
この激励を受けてより一層士気を高めたチームにゃふ痕は、二回戦へと向かうのだった。
共に一回戦を完勝した者同士とあって、クラウフェルト子爵家チームとバルバストル子爵家チームの戦いは、二回戦ながらそこそこ注目を集めて開戦する。
そして試合開始直後、集まっていたギャラリーが少しザワついた。
「……なめて、いるのか?」
バルバストルチームのリーダー、チゴール・バルバストルがギリリと歯噛みする。
御前試合は個人戦では無いため、開始直後にまずは陣形を整えるところからスタートする。
作戦と役割によって前衛・後衛に分かれて隊列を組み、ある程度固まって戦うのがセオリーだ。
しかしチームにゃふ痕が選択したのは、陣形と呼ぶのも憚られる単なる横陣だった。
開始時は皆横一列に整列するのだが、その後も単にそのまま横に広がり各自が距離を取っただけで、これと言って工夫は見られない。
強いて言えば中央の二人、ミゼロイとユリシーズの距離が他と比べて近い程度か。しかもそのユリシーズは、何故か弓を持っていた。
対するバルバストルチームは一回戦と同じく前衛3、後衛3の陣形で後衛が呪文を唱えようとして止まり、リーダーであるチゴールのほうを窺う。
的が広がりすぎて、どこに魔法を撃つべきかの指示が必要なのだ。
「ちっ……。ムラーノは左翼、トランメルは右翼を狙え。俺は中央を狙う!」
「「了解っ!!」」
結局魔法もバラけさせることを選択したチゴールがそれぞれに指示を出して、自身も魔法を唱えようとした時だった。
「なっ!?」
横陣に広がりそのまま戦線を押し上げてくるかに思えたクラウフェルトチームの両翼だけが、こちらに向かって駆け出したのだ。
狙うべき的が分かれて突如動き出したことで、ムラーノとトランメルと呼ばれたバルバストル側の騎士二人に動揺が走る。
しかし驚くべきはその後で、両翼の二人がある程度走った時点で、今度はその隣の二人までもが走り出したのだ。
「いったい何を考えて――」
「危ないっ!」
「なにっっ!?」
カキンッ!
チゴールが距離を詰めてくる両翼に目をやった途端、高速で何かがチゴールをめがけて飛来し、辛うじて前衛の騎士が盾でそれを叩き落とした。
「矢、だとぉ!?」
からん、と音をたてて転がったのはユリシーズがノーモーションで放った矢だった。
「あらぁ、残念。獲ったと思ったけど、勘の良いのがいるねぇ。ただもうこれでネタが割れたから、遠慮なく撃てるけどね」
悪びれず言ったユリシーズが、宣言通り次々と相手後衛に矢を射かけ始めた。
魔法よりも攻撃範囲、威力共に劣る弓矢ではあるが、その攻撃の速さと回転率は魔法のそれを上回る。
騎士団内で一番ではなかったとは言え、ハーフエルフである彼の弓の腕が一流である事は間違いない。
文字通り矢継ぎ早に射かけられる矢は、前衛だけでは防ぎきれず後衛も回避行動を余儀なくされる。
そして回避行動をとるという事は、呪文の詠唱を止めざるを得ないという事だ。魔法による初手を防がれて、クラウフェルト家両翼の接近を許してしまう。
さらには、中央でユリシーズを守るように構えていたミゼロイまでもが、敵陣へと走り始めると、その後ろから矢を射かけながらユリシーズが追走する。
都合V字の陣形で、クラウフェルトチームが攻め上がる事になった。
「ほぅ、逆楔ねぇ……」
客席の隅で興味深げに戦況を見ていた女が呟いた。
会場には珍しい女性の声に、近くにいた騎士がそちらを振り返り、そして驚きに顔を染める。
「エ、エリクセン閣下……!」
「おぅ、すまんの。ちぃとここで見学させてくれや」
ニカリ、と笑って片目を瞑って見せたのは、なんと当代のエリクセン伯爵家当主、エレオノーラ・エリクセンその人だった。
当代のエリクセン家当主は、女性伯のエレオノーラが務めている。女性ながら歴代でも屈指の武を誇ると噂され、女性だと侮るものは“今は”ほとんどいない。
「も、もちろんです!」
「悪ぃの……。おっと、動くぞ」
緊張しきりの騎士に苦笑を浮かべていたエレオノーラが目をすぅっと細め、表情が引き締まる。
騎士が慌てて会場に目を戻すと、クラウフェルト家の両翼の先端、フェリクスとティラミスがそれぞれ内側に切り込んでいったところだった。
目指すは敵の後衛、その背後へ回り込もうという動きだ。
対するバルバストル側の後衛も迎え撃つため呪文の詠唱に入ろうとするが、散発的に届く矢のためうまく集中が出来ない。
このまま突っ込まれると一気に瓦解する可能性があるため、前衛の騎士が一名ずつ左右の援護に回る。
『
『
それを見越していたかのように、両翼を追走していたマルセラとリディルから魔法が飛来する。
走りながら魔法を飛ばしてくるとは思っていなかったバルバストルの前衛は、盾をかざしただけで魔法の直撃を受けた。
流石に走りながらなので、それだけで倒せるほどの威力はなかったが、手傷を負わせて動きを止めただけで十分だった。
「よそ見してたらダメっすよ!」
自分を守ってくれようとした前衛が魔法の直撃を受けて驚いている後衛に、ティラミスが斬りかかった。
逆サイドでは同じようにフェリクスが斬りかかっている。
ガキン
「ぐっ!?」
魔法の鍛錬ばかりしていたのか、どうにか剣を抜いたものの一瞬で剣を跳ね飛ばされ、剣の腹で側頭部を叩かれ昏倒する。
逆サイドでもフェリクスが相手の後衛を行動不能にしていた。
そのまま油断なく、魔法が直撃した相手に向かっていくが、すでに両手を上げて降伏を宣言していた。
フェリクスが、リディルの
『混沌より出でし地獄の炎よ、業火となりて我が敵を滅ぼす宴となれ!』
中央にいたチゴールが、思い切り魔力を込めて魔法を練り上げた。
勇の目が、チゴールから湧き上がる鮮やかなオレンジ色の魔力を捉える。
「む。ちょっと魔力が多すぎる。アンネ、準備して。水魔法でいくよ」
「ちっ、あのうつけ者めがっ!!」
そしてもう一人それに反応したのが、会場の隅で様子を見ていたエレオノーラ伯爵だった。
「くたばれっ!『
巨大な炎の渦が、チゴールを中心に逆巻くように広がると、観客席にまで肌を焼くような熱波が押し寄せた。
その瞬間、三つの魔法が発動する。
『
『
『
イサムの放った
それだけで
そこに、アンネマリーの巨大な
さらにエレオノーラが放った太い水流が渦を巻き、チゴールの周りを取り囲んだ。
数秒後、チゴールの放った
倒れているチゴールの周りの地面からは、まだ軽く湯気が立っており、使われた魔法の熱量の大きさを物語っていた。
クラウフェルト家のメンバーだが、フェリクスとティラミスは目の前にいた動けない相手後衛をそれぞれ抱えてどうにか飛び退いていた。
リディルとマルセラは呪文の詠唱開始とともに全力で離脱しながら、自身が魔法を当てた相手に出来る限りの
そしてミゼロイが呆然としている一人残っていた前衛の首根っこを掴み引きずって下がってくると、その後ろにユリシーズが
それぞれが回避しながらも、放置したままだと危険だったバルバストル側メンバーをかばった事で、どうやら死者は出なかったようだ。
「チゴール・バルバストル。禁止魔法の使用により失格! よって勝者クラウフェルト子爵家!」
宣言するのが随分と遅い気はするが、審判からチゴールに対する失格とクラウフェルト家の勝利が告げられた。
「はーー、やれやれ。とんでもない魔法を使ってくれたもんだよ」
「危なかったですね……。それと、私達の他にもどなたか魔法を使ってくださいましたね」
「うん。あれは凄かった。て言うか、あの魔法だけで良かったんじゃないかなぁ」
客席から水魔法を放ち、すんでのところで被害を最小限に食い止めた勇とアンネマリーは、安堵すると共に同時に放たれた
「いや、そんな事は無かろう。最初の
突然背後から掛けられた言葉に飛び上がるほど驚き振り返る。
そこには、腕を組んでカラカラと笑うエレオノーラ・エリクセンの姿があった。
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