第125話 御前試合開始
御前試合のルールは比較的シンプルで、上級以上の魔法と相手を死に至らしめるような攻撃以外は、原則禁止されていない。
上位の治癒魔法を使える王都の神官と近衛の魔法騎士が控えているからこそ出来るルールである。
ちなみに、治癒魔法を使えるものはそこそこいるのだが、大きな怪我を治せるものは希少で、どの国も王家や上級貴族が囲っているのが実情だ。
試合の勝敗は、継戦能力を持つものの人数差が倍以上に開くか、敗北を認めると決する。用意された舞台から落ちても、戦線離脱とみなされ継戦能力無しとされる。
また、審判が勝敗が決したと判断した場合もそこで試合終了だ。
試合が始まると、まずは両陣営とも素早く前衛後衛に分かれて陣形を組んだ。
勇を睨んでいたチゴール・バルバストル率いるバルバストル子爵チームは後衛が三人、対するランツェッタ伯爵チームは後衛が二人だ。
後衛は開始位置のまま動かず、すぐに呪文の詠唱を開始、前衛が少し前に出て後衛を守っている間に後衛の魔法で初撃を見舞う算段だろう。
勇の目に両者の唱える魔力が色付きで飛び込んでくる。
「ランツェッタ側は二人とも風、バルバストル側は土が一人と火が二人ですね」
火、土、風の三属性は、最もよく使われる魔法属性だろう。イメージがしやすい魔法が多いためか、覚えやすいし新魔法の中では威力が高めだ。
アンネマリーが得意な氷属性、リディルがたまに使う雷属性はあまり見かけない。水属性もポピュラーだが、戦闘時にはさほど使われることは無い。
先に魔法が完成したのはランツェッタ側だった。
二人とも
それを見た前衛の内三人がバルバストル側へと駆け出すのが見えた。魔法は補助に使い、接近戦で勝負を挑むスタイルだろうか。
一拍おいてバルバストル側の魔法も発動する。
こちらは
突っ込んでくる前衛の前にある
かまわずランツェッタ側の前衛3人が、盾を構えたまま加速する。
そこへ、今度はもう一発の
魔法が飛んできているのは見えているため、ランツェッタ側の前衛は散開、的を散らす。
「ぐぅ」
直撃こそ避けたものの、爆発によって飛び散った石礫が四方から襲い掛かり傷が出来ていく。
顔を盾で守りながらどうにか弾幕を潜り抜けると、バルバストル側の前衛3人は左翼側へとポジションを変えていた。
散開したことで孤立したランツェッタの前衛に対して三対一で接近戦を仕掛け、盾を弾き飛ばして喉元へ剣を突きつける。
たまらずランツェッタの前衛が両手を上げて降伏した。
バルバストルの前衛はそのまま3人で次の孤立している前衛に襲い掛かりこれも撃破。
そしてまた次へと歩みを進めようとしたところで、ランツェッタの後衛の放った
バルバストルの後衛があらかじめ準備していた
ランツェッタは指示役として残っていた前衛が合流を試みようとするが、
今度は無防備になった後衛に向けて、再び
魔法による防御が間に合わず複合魔法の直撃を受けた後衛二人が倒れたことで、ランツェッタの戦闘可能者が二名、バルバストルの戦闘可能者が五名となり、勝敗は決した。
「勝者、バルバストル子爵家!!」
審判の勝利宣言が、演習場に響いた。
「割と一方的な戦いになりましたね」
フェリクスが総括する。
「そうですね。ちょっと魔法の威力に差があって、それが決定打になった気がするんですけど、あってます?」
勇なりに考えた戦評を、フェリクスに確認する。
「はい。あれが敗着になったと思います。ランツェッタ側はおそらく魔法戦では分が悪い事は事前に織り込み済みだったのでしょうね。最初の
フェリクスの見立ても勇と同じく、初手でぶつけ合った魔法の威力差であった。
「お嬢様、あの初手で
リディルがアンネマリーに確認する。
「ええ、その通りよ。チゴール様は火属性の魔法が得意だと、常々仰っていましたから……」
アンネマリーが小さく頷く。
「分かりました。ありがとうございます。イサム様、我々の作戦なのですが……」
アンネマリーの答えにリディルが礼を言い、そのまま間もなく始まる自分たちの作戦についての相談を行う。
5分ほど皆で相談し、大枠が決まったところで呼び出しがかかった。
「続いて第二試合を行います! レイノルズ男爵家、クラウフェルト子爵家の両家は入場門へ集合してください!!」
「よし、行くぞ!」
「「「「「おうっ!!!」」」」」
呼び出しの声にフェリクスが号令をかけると、皆の掛け声が重なった。
フェリクス率いるチーム”にゃふ痕”は、ほぼ魔法が使えないミゼロイと弓と魔法に特化したユリシーズを除くとオールラウンダーが揃っていると言える。
その中にあって、あえて得手不得手で分けるのならば、フェリクス、ミゼロイ、ティラミスが前衛、リディル、マルセラ、ユリシーズが後衛だろうか。
しかし一回戦では、あえてリディルが前衛に回り、前衛4、後衛2の布陣で勝負に挑む。
対するレイノルズ男爵家のチームは、前衛3、後衛3のオーソドックススタイルだ。
試合開始と同時に、両者の後衛が呪文の詠唱に入るのは先程のバルバストル家とランツェッタ家との試合と同じ流れだ。
少し違うのは、レイノルズ男爵家の魔法が全て火属性である事くらいか。
「ユリシーズ、一枚でいけるな?」
やや後衛寄りに位置取ったリディルがユリシーズに小さく尋ねる。
「もちろん」
その隣では、マルセラも
直後、レイノルズ男爵家の魔法が発動した。
リディルより少し前方に位置取った三人に向かって、二つの火球が飛来する。
「なっ!?」
驚いたのは、魔法を放ったレイノルズ側だった。
火球が飛来しているというのに、クラウフェルト側の前衛三人が突っ込んできたのだ。
そして突っ込む三人の前方上空に、ユリシーズの
やや角度がつけられたそこに、二発の
ドドン、という爆音とともに辺り一面が爆炎と煙に包まれる。
「やったか!?」
と言ったレイノルズチームの隊長の表情がそのまま固まった。
その視線の先には、煙の中から全くの無傷で飛び出してくるフェリクス達三人の姿があった。
しかしその直後、少し遅らせて発動させた
「かかった!!」
それを放った後衛の騎士から歓声が上がったが、フェリクス達に爆炎が届くことは無かった。
「残念でした!」
発動を待機していたマルセラの
自分たちに魔法が届かない事を確信したかのような速度で迫るフェリクス達に、レイノルズ側の前衛の対応が遅れた。
やや広がって布陣していたことが仇になり、一塊になって突っ込んでくるフェリクス達に各個撃破されていく。
前衛が二人倒されたところで、ようやく後衛から反撃の
残りの前衛に向かおうとしたフェリクス達の正面から、高密度の石の弾幕が襲い掛かる。
しかし……
『『
次弾に備えていたユリシーズとマルセラの声が重なる。
二重に張られた風の防壁が、迫りくる石弾を防ぎきった。
驚愕に染まるレイノルズ陣営をよそに最後の前衛を撃破したフェリクス達は、散開して後衛へと向かった。
「そこまで!!!」
……とここで審判団から終了の宣言がなされる。
「レイノルズ男爵家のこれ以上の継戦は不可能と見て、戦闘の終結を宣言する。よって、勝者クラウフェルト子爵家!!」
前衛がすべて倒され、後衛の魔法も悉く防がれてしまっていたことで、これ以上の戦闘は無意味と判断した審判の宣言によって、試合はクラウフェルト子爵家の勝利となった。
敗北したレイノルズ男爵家側からも、特に抗議はなくそのまま試合が終了する。
その宣言に、戦いを見ていた他家のものやちらほらと入っている観客から小さなどよめきが上がった。
ルールとしては存在しているが、審判が試合を止める事は実際にはあまりない。
実力差がある場合は殲滅してしまう事が多いため、止める前に決着がついてしまうのだ。
「うんうん、計画通りでしたね!」
勝利したメンバーを、勇が笑顔で迎え入れる。文字通り完勝と言っていい見事な勝利だ。
中衛ポジションでフォローのため待機していたリディルが全く参戦していないので、実質五対六で完勝したことになる。
「これできっと、あの逆恨み野郎は怒り心頭に違いないっす!」
フンスと鼻息荒くティラミスが言う。逆恨み野郎とは、勇の事を睨んでいたチゴール・バルバストルの事だろう。
今回は、その逆恨み野郎に当てつけるような戦い方をあえて選んだのだ。レイノルズ男爵家には悪いのだが……。
まずは逆恨み野郎の得意魔法である火属性の魔法を、先程の戦いと同じく
更に次弾も完全に防ぎきり無傷で完勝するというのが、勇達が考えた筋書きだった。
先程とは逆に、防御側の魔法の威力が攻撃側の魔法の威力を上回っていないと出来ない芸当である。
「いやぁ、イサム様の助言は凄いね。壁魔法に角度をつけることで、あそこまで効果が上がるとは……」
勝利の立役者であるユリシーズが噛みしめるように言う。
余程強固か、攻撃が弱いのであればそれでも良いのだが、そうでない場合は角度をつけて逸らしてやった方が、防御効果は高くなることが多い。
イメージ一つで魔法の効果は変わるのだという良い例だろう。
「流石にここまでやればチゴール殿も気づくでしょう。二回戦は、これを逆手にとってまた完勝を目指します」
そう言う勇達を、予想通りチゴールが鬼の形相で睨んでいた。
「引き続き、油断だけはせぬよう。それでは、マルセラさん。いつもの掛け声をお願いします」
「分かりました」
促されたマルセラがコホンと咳払いをして皆をみつめる。
「どうぞご安全に」
「「「「「「ご安全に!」」」」」」
勇が是非やってみたかったという現場仕事ではお馴染みの掛け声で、二戦目の必勝を目指すのだった。
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