第124話 御前試合の組み合わせ

「優勝候補って、どの貴族家なんですかね? この前のお話だと、辺境伯家は皆強いと言う事でしたけど、他にも強いところはありますよね?」

 宿のリビングで、机の上に広げた紙を見ながら勇が護衛隊長のフェリクスに質問をしていた。


「そうですね……。仰る通りまず3辺境伯家は毎年上位に進出してきます。昨年の優勝はザバダック辺境伯の所でしたね」

 少し考えながらフェリクスが答える。


 勇達が見ているのは、いよいよ今日から始まる御前試合のトーナメント表だ。

 事前のロビー活動が出来ないように、組み合わせは当日の早朝に発表される。

 今年もつい先ほど発表され、女性騎士のティラミスが王城から持ち帰ってきた表を広げて相談をしているという訳だ。


「例の辺境伯ですか……。あ、一回戦は免除なんですね」

 例のと言うのは先日の勇達の婚約承認に絡んだ自作自演の事だ。

「はい。参加数にもよりますが、昨年の優勝チーム含めて上位チームは二回戦からになります。今年は8チームが免除になっていますね」

領主が悪巧みはするが、流石は辺境伯領の騎士だけあって精強である。


 御前試合は強制参加では無いため、遠方の領地や大規模な騎士団を持たない領地など、参加しないところもある。

 毎年おおよそ120チームほどが参加するため、シード枠は8枠になる事が多く、今年も8枠だ。ちょうど昨年のベストエイト以上がシードされることとなる。

 また、ベスト32常連のチームも、1回戦であまり当たらないように配慮がなされているらしい。


「割と見慣れた名前が免除枠にいますねぇ……」

 トーナメント表のシード枠を一つずつ拾いながら勇が唸る。

 内容の良し悪しは置いておいて、海の物とも山の物ともつかない勇やその周辺に対して早期にリアクションを起こす家ではあるので、色々な面で優秀ではあるのだろうか。


 先にも出ていたザバダック辺境伯とイノチェンティ辺境伯に加えて、もう一人の辺境伯であるバルシャム辺境伯の辺境伯御三家は当然のシード枠だ。

 それ以外だと、例の赤髪フェルカー侯爵家、火の魔石の産地で長男が訪ねてきたヤーデルード公爵家、先日面会したシャルトリューズ侯爵家も名を連ねていた。

 勇が知らない家は残る二家。エリクセン伯爵家と、唯一下級貴族でシードされているハイロン子爵家だ。


「エリクセン伯爵家も、毎年優勝候補筆頭にあげられる家だね。と言うか、この家はちょっと特殊なんだよねぇ」

 ようやく年始のお勤めから解放されてリラックスムードのセルファースが話に参加してきた。


「特殊、ですか?」

「ああ。エリクセン家は別名“傭兵伯”と呼ばれていてね。王国各地に自領の騎士団を傭兵として派遣して生計を立てているんだ。一応領地も保有しているけど、王国で最も小さい領地だね。自領で食べる最低限の食料を生産するだけの領地しかいらない、領地運営に時間をかけるくらいなら鍛錬に時間を使いたい、と言って陛下に嘆願して領地の多くを返還したという筋金入りの戦闘集団だよ」

「それはまた……。確かに筋金入りですね」

 セルファースの説明に驚く勇。


 王国が版図拡大の一途をたどっていた頃、戦場で活躍していた傭兵団があった。

 最初は5名の小さな傭兵団だったのだが、戦場での活躍の噂を聞きつけて、徐々に人が増えていったと言う。

 最終的には100名ほどの規模にまで成長したこの傭兵団を指揮していたのが、後にその武名によってエリクセン家を興すことになるネスタ・エリクセンだ。


 ネスタの出自などはハッキリしないが、15歳で傭兵として戦争に初参戦、その後各地を転戦し腕を磨き、20歳の若さで戦場で知り合った傭兵仲間5人とエリクセン傭兵団を結成する。

 それからの活躍は目覚ましく、ネスタの髪の色と同じ濃い青色に染め上げられた鎧を身に纏った一団は、“群青の悪魔”と呼ばれ敵国から恐れられていた。


 その活躍から何度も褒賞を授与され、多くの貴族家から騎士の誘いを受けるのだがこれを全て固辞。

 60歳を超え、敗走する味方の殿を務めて左腕を失うまで、一傭兵を貫き通した。


 そして現役を退いたタイミングで、長年にわたる活躍と身を挺して味方を守った功績を買われ叙爵、貴族となった。

 なお、度重なる褒賞で一代男爵の爵位をすでに得ていたため、世襲貴族になった際は子爵位を賜ったそうだ。


「その時一緒に領地も貰ったんだけど、1年も経たないうちに返還して、代わりに税の減免と国内他貴族に対する傭兵稼業の許可を手に入れて、今に至ってるという訳さ」

「はあぁぁ、物語の主人公みたいな人ですね、そのネスタさんって」

「ホントそうだね。と言うか彼をモデルにした物語は当然あるし、吟遊詩人もよく唄うね。そのおかげもあって、民衆からの人気が非常に高い家だよ」

 事実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。もっともそれを言い出したら、勇もとびきりの小説より奇なり組ではあるが……。


「ひとまず二回戦で、その8チームとは当たらなさそうで良かったですね。負ける気は無いですけど、無駄な消耗は避けたいですしね」

 聞いた話を踏まえてあらためて組み合わせ表を眺める勇。

 二回戦が終わって32チームに絞られた段階で、不正防止のため再度組み合わせ抽選が行われる。

 なので、まずは二回戦目でシード枠と当たるかどうかが各家が注目するポイントである。


「そう言えば、昨年のクラウフェルト家の成績ってどうだったんですか?」

 すっかり聞き忘れていた事を思い出して訪ねてみる勇。

「昨年は二回戦で運悪くバルシャム辺境伯家と当たってしまいまして……。残念ながら二回戦敗退でした」

 苦い表情でフェリクスが答える。

「と言っても、大体毎年初戦敗退はしないけど、二回戦か三回戦までってとこだけどね」

 フェリクスの発言を拾って、セルファースが付け加えた。

「なるほど……。ありがとうございます」

 三回戦まで度々行くのであれば、全貴族中トップ50には入っているがトップ30は厳しい、といったところだろうか。


「で、今年の一回戦の相手はレイノルズ男爵家ですね。どういった相手なのでしょうか?」

「上位に入ったという記憶はありませんので、毎年一回戦か二回戦といったところではないでしょうか」

 勇の質問に、記憶を辿ってからフェリクスが答える。


「ふむ。となると一回戦は、通常兵装で問題無いですかね?」

「そうですね。念のため、フェリス1型と物理盾シャオマオタイプ1は装備しておくつもりですが、起動させるつもりはありません」

「了解です。高を括って苦戦したら意味ないですからね。ヤバそうならどんどん使ってください」

「この一月余りで、随分と鍛えられましたからね。通常兵装で圧勝してみせますよ」

 そう言ってフェリクスがドンと自分の胸を叩いた。


 その後も二回戦の相手になるであろう相手についてや、どのタイミングで魔法具を使うかなどを詰め、一回戦開始の一時間ほど前に会場となる演習場へと到着した。


 一、二回戦は試合数が多いので、王都各所にある演習場でバラバラに行われる。

 二日目からはコロシアムのような所で行われ、三日目には国王陛下を筆頭とした王族が観覧するのが通例だ。


 軽く準備運動を終えた“チームにゃふ痕”は、二回戦の相手を決める試合が先に行われるので見学することにした。


「えーーっと、ランツェッタ伯爵家とバルバストル子爵家の戦いでしたね」

 組み合わせ表を再確認しながら勇が言う。

「はい。ランツェッタ伯爵領は、王都からも近い開かれた平原ですからあまり魔物は出ません。軍備より街の発展に投資されている家になります。対するバルバストル子爵領は、山や森も多い場所ですし、火の魔石の鉱山へ向かう途中にありますから、軍備には割と力を入れられていると思います」

 他貴族にも詳しいアンネマリーがすかさず両家の情報を教えてくれる。


「そうなると、バルバストル子爵家が優勢という事ですかね?」

 話を聞いた勇がフェリクスに問う。

「おそらくは。それと、バルバストル子爵はヤーデルード公爵家の寄子なので、我々とは少々因縁があるやもしれませんね」

「ああ、それで火の魔石の鉱山があるんですね。なるほど……って、なんかあの隊長っぽい人、めっちゃこっちを睨んでません??」

 勇が視線を送った先には、バルバストル子爵チームの一団が集まっている。

 その中の一人。鎧の肩に隊長章を付けた男がコチラを、正確には勇の方を睨みつけていた。


「うわぁ……、確かに睨んでるっす。イサム様、何かやったんすか??」

 肩越しに振り返って様子を見たティラミスが、少々引き気味にイサムに尋ねる。

「何かやってたのなら理由が分かるんだからまだいいんですけどね……、あいにくと名前すら初めて聞きましたから」

 ティラミスの問いに苦笑いするしかない勇。

 しかしその理由は、思わぬ人間の口から語られることになる。


「チゴール様……」

 ぼそりとアンネマリーが呟いた。


「あれ? アンネは顔見知りなのかい?」

「はい。存じております……」

 勇の問いに歯切れの悪い返事を返すアンネマリー。


「ああ、無理に聞いたりしないから大丈夫。ただ、俺が彼に睨まれる理由を知っているなら、教えてもらえるとありがたいかな」

 ニコリと優しく笑いかける勇。

「いえ、大丈夫です。イサムさんがこちらに来る少し前、バルバストル子爵家から見合いの申し込みがあったのですが……、その相手が彼、バルバストル子爵家長男のチゴール・バルバストル様です」

 伏し目がちにアンネマリーがそう言う。


「なるほど。まぁアンネ程美しければ、そりゃあ見合いの申し込みの10や20無いとおかしいからね」

「イサムさん……」

「でも、お断りしたんだよね?」

「……はい。ウチに来れば、何不自由ない生活を保障する。もう我慢してクズ魔石を掘る必要など無いのだと、そう仰いまして……。私はたとえクズ魔石しか産出されないとしても、クラウフェンダムとそこに住む人々を誇りに思っていますので、お断りいたしました。おそらくは、それで、その……」

 唇をぎゅっと噛みしめて俯くアンネマリー。


「ああ、自分が断られた美しいアンネと私が婚約したから、それで逆恨みしている、と?」

「……おそらく」

「ふぅ……。アンネと結婚できない事を嘆くのは分かるけど、逆恨みするのは筋違いですね」

 大きくかぶりを振る勇。


「ダメ男の典型っす。何より俺が幸せにする、じゃなくてウチに来れば、っていうのがショボイっす。家の力を自分の力と勘違いしてるっす!」

 思いのほかティラミスが憤っているが、何か嫌な思い出があるのだろうか。


「何にせよ、二回戦なんかで躓いている訳にはいきません。私怨野郎は置いておいて、我々は勝つことに集中しましょう。良いですね?」

「「「「「「了解!」」」」」」

 チームにゃふ痕の声が揃う。


「では、じっくり見学させてもらいましょう。私の世界の言葉に、敵を知り己を知れば百戦危うからず、という言葉があります。情報は何よりの武器になりますから、皆さんもよく見ておいてくださいね」

「「「「「「はい!」」」」」」

 再び一同の声が揃う。


 こうして様々な思いが交錯する中、いよいよ三日に渡って繰り広げられる御前試合の火蓋が切られるのだった。

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