第123話 婚約発表

 大評定三日目、王城での報告及び方針策定の会議は本日が最終日だった。

 夕方そこから戻って来た、疲れた表情のセルファース・クラウフェルト、ダフィド・ヤンセン両子爵家当主が、宿三階のクラウフェルト家が泊まるフロアのリビングでぐったりしていた。


「あ゛~~、疲れた。毎年ほとんど聞くだけの三日間は、ホント地獄だぜ……」

「まぁねぇ……。全ての領主が集まるんだから仕方が無いし、喫緊の課題が山積みって訳でもないからありがたい話ではあるけどね」


 かつての大戦で一部を失ったとは言え王国の領土は依然として広く、クラウフェルト家の寄親であるビッセリンク伯爵が治めているような“県”に該当する大領地だけでも30弱存在する。

 その中を、クラウフェルト家のような下級貴族3~5家が市町村レベルの小領地として複数統治しているので、領地持ちの貴族だけで都合150家ほどの大所帯なのだ。

 さらに領地を持たず国の要職に付いている宮廷貴族が加わると、200を超える数となる。

 それら貴族が一堂に会する会議なのだから、彼らのような下級貴族は、毎年ひたすら聞き役に徹することになるのだった。


「でもまぁ、今年はまだマシだったか。例の魔物の襲撃の話が取り上げられて話す機会が多かったからな。ついでに、それを撃退したウチとセルんとこの兵士は精強だ、つってお褒めの言葉まで貰っちまったし」

 頭の後ろで手を組んでソファにもたれ掛かったままダフィドが言う。

「そうだね。それに加えてウチは迷い人のイサムを庇護したからそれについての話もあったし、随分露出が多かったかな」

 温かいお茶を飲みながら、セルファースも同意する。


「イサムの話つったらアレだ。お前ら街で何やったんだ? セルんとこの魔法騎士は正義感も強い上優秀だ、みたいな市中の噂が王城まで上がってたぞ?」

「はいっ? 王城にですか?? 屋台でボヤ騒ぎがあって、たまたま近くにいたので消火活動を手伝ったってだけの話なんですが、なんでそれがわざわざ王城に??」

 ダフィドから出てきた思わぬ言葉に勇が驚く。


「貴族家長子の結婚、婚約の発表が明日ある事は話したよね? それの許可については評定最終日の最後に行われるんだけどね、そこでイサムとアンネの婚約について異議の申し立てがあってねぇ……」

 お茶のカップをテーブルに置いて、渋い顔をするセルファース。

「え? 異議が出たんですか!?」

 てっきり、すんなり承認されるものだとばかり思っていた勇が驚愕する。隣に座っているアンネマリーも不安そうだ。


「ああ、結論から言うと婚約はちゃんと承認されたから大丈夫だよ」

「そうなんですね。良かったぁ……。ダメだったらシルヴィオさんの伝手でアンネと亡命することもあり得ましたよ」

 承認されたと聞いてほっとする勇とアンネマリー。


「怖い事を真顔で言わないでくれるかい? ……で、その異議の理由が“こちらに来てまだ間もない迷い人なのだから、思想や性格が善良であるという保証がなく危険ではないのか”というものでね。まぁ言ってること自体は間違いではないんだけど、他国の貴族や王族との結婚なんてもっと見極めの期間が短いこともザラだから、その理由はどう考えても無理筋なんだよ」

 こういうケースの判断基準は、過去の類似事例がどうだったかである事がほとんどなので、確かに無理筋だろう。


「で、その異議に対して擁護してくれたのが、イノチェンティ辺境伯閣下とビッセリンク伯爵閣下、そしてなんとシャルトリューズ侯爵閣下だったんだ。ああ、ダフィももちろん擁護してくれたからね」

「え? シャルトリューズ閣下が? 意外ですね……。異議を申し立てたのがシャルトリューズ閣下だと言われたほうが、よっぽど納得できます」


「ははは、確かにそうだね。なぜ擁護してくれたのかまでは不明なんだがね、擁護の内容がさっきダフィが言っていた街での噂だったんだ。率先して自領の騎士を指揮し市中の火災を迅速に鎮火せしめ、大火となるのを防いだその手腕と心根は、王国に利こそあれ害になる事は無い。クラウフェルト子爵の人を見る目は確かだ、ってね」

「それはまた……」

 思いのほかベタ褒めだったことに複雑な顔をする勇。共謀して貶められるよりはマシだが、ベタ褒めされるのも不気味だ。


「まぁ、そもそも異議を申し立てたこと自体がほとんど自演だったと後から知ったんだけど、シャルトリューズ閣下はその企みには加担していないんだよねぇ」

「え? 自演ってどういうことですか?」

 また情報が増えて混乱する勇。


「今回、異議を唱えたのはズヴァール・ザバダック辺境伯閣下だ。王国北東部の国境線を守っておられる。ザバダック閣下はイノチェンティ閣下とは同じ辺境伯同士仲が良くてね。ビッセリンク閣下や他数名の当主とも共謀して、勇の評判を上げようと一芝居打ったそうなんだ」

 セルファースの説明によると、勇の事を気に入ったビッセリンク伯爵とイノチェンティ辺境伯が、婚約後に何やら大事を起こそうとしている勇のイメージを少しでも良くしておこうと考えたそうなのだ。

 どうしたものかと一計を案じていた時に、街中で火事を消すのに大活躍したという噂を聞き、それを使おうと決めたのだとか。


 イノチェンティ辺境伯にせよビッセリンク伯爵にせよ、勇が有能な事をよく知っている。

 出来れば引き続き友好的な関係を保ち続けたい両者としては、何かがあった時に潰れてもらっては困るので、前もって手を打とうという事なのだろう。

 その2人から話を聞いたザバダック辺境伯も、声を掛けたという他の貴族家も、皆いわゆる実利主義者だと言う。

 有能であれば出自も身分も関係無い、という考えの人達が勇を味方につけようと動き出したのだ。


「そういう事だったんですね……。お二方とも自分の派閥に入れとか仰らないですし、お味方していただけるのはありがたいお話ですが……。そうなるとますますシャルトリューズ閣下の狙いが分かりませんね……。閣下は親王族派なんですよね?」

「ビッセリンク閣下達とは違って、身分や出自はとても重要視されるかな。ただ、それだけではないという事なのかもしれないね。使えそうなら使ってやろう、という事で唾を付けたくらいの感覚かもしれないよ。まぁ何にせよ無事婚約は認められたんだから、明日が楽しみだよ」


 こうして一波乱あったものの勇とアンネマリーの婚約は無事認められ、発表の当日を迎えるのだった。



(う~~ん、場違いだなぁ、これは……)

 そう勇が内心ぼやいているのは、婚約発表の儀のために貴族長子とその伴侶が集っている、王城の前庭に面したテラスだ。

 ここで、褒賞や昇爵の授与式と共に、貴族長子の結婚・婚約発表がまとめて行われるため、当事者として参加しているのだ。


 この日ばかりは王城の第一門が解放され、前庭は王都の住民たちで埋め尽くされていた。

 王城に人を入れて大丈夫だろうかと心配していた勇だったが、一門から二門までの間には内堀と広場として使う前庭、衛兵の詰所くらいしかないので、実質二門からが王城だよと説明されて納得した。


 どうして勇がぼやいているかと言うと、周りの貴族男子の気合の入り方が、恐ろしく自分とは違っていたためだ。


 今年は10組の結婚・婚約者がいるのだが、その内7組が当主の長男との婚姻で、長女との婚姻は3組だけだった。

 その長男たちの服装が、異常なまでの派手さだったのだ。


 なんという名前の服かは知らないが、やたらに大きな飾り襟や袖、何やらファーが付いたマントに眩しいくらいに金の装飾が付いたベルトに靴ととにかく煌びやかだ。


 貴族女性が着飾るのは別に当たり前だと思っていたが、結婚式における男性は添え物である、という認識のある勇にとって、下手をすれば女性より派手な男性の衣装は衝撃的だった。


 対して、勇と同じく当主の長女との婚姻者は、揃ってフォーマルな装いであった。正しく新婦の添え物となっている。

 勇以外の2人はどうやら騎士のようで、騎士の礼服を見事に着こなしていた。


 そして勇も、領主夫妻のアドバイスでクラウフェルト騎士団の礼服で参加していた。魔法顧問に先日就任したので、それを表す隊章が右肩で光り輝いており、左胸には小さく織姫の“にゃふ痕”を刺繍してあった。

 にゃふ痕はもちろん、勇のみのオリジナルだが。

 

 他2人と同じ騎士服のおかげでどうにかこの場に馴染めてホッとした勇が、あらためて隣に立つアンネマリーに目を向けると、それに気付いたアンネマリーがニコリと微笑んだ。


 いつもきれいなアンネマリーだが、今日のアンネマリーは、溜息が出る程に美しかった。


 シンプルながら細部の意匠にまで拘った鮮やかな青色のマーメイドラインのドレスは、スタイルの良いアンネマリーに非常によく似合っている。

 この世界エーテルシアにはまだ無いデザインのようなのだが、勇がアンネマリーにはマーメイドラインが絶対に似合うとオーダーしたものだ。


 他のご令嬢は皆プリンセスラインのドレスを纏っているので、凛としたアンネマリーの美しさがより際立っており、淡い水色の髪が陽光を浴びてキラキラと背中でなびく様などは、まるで女神のようだ。

 自分はともかくアンネマリーに嫌な思いをさせずに済んで良かったと、騎士の礼服を勧めてくれた義父母に感謝した。


 そんな事を考えているうちに、勇達の名前が呼ばれる順番が迫ってきた。

 発表会なので、両者の簡単な肩書と名前が皆の前で公表されるのだ。

 


「最後に、クラウフェルト子爵家が長女、アンネマリー・クラウフェルトと同家騎士団魔法顧問にしてオリヒメ商会会長、イサム・マツモト」

「「はい」」

 王都の司祭だろうか。顔見知りの神官長ベネディクトの着ている神官服に似ているが、それより豪華な服に身を包んだ男から名前を呼ばれて一歩前へ出る二人。


「両名に女神の祝福が有らん事を」

「「ありがとうございます」」

 司祭からお決まりの祝福の言葉が掛けられ、観衆から歓声が上がる。


 そのほとんどが、見慣れぬデザインのドレスが殊更似合っているアンネマリーに向けられたものだった。

 やっぱり騎士はモテるのか! と言う怨嗟の声もそこに含まれている。

 そしてそれ以外の歓声も、やはり勇に向けてではない。

 勇の肩に乗り、自分の主人を誇っているかのようにすまし顔で佇む織姫に向けてのものだ。


 アンネと織姫が人気で良かったと勇が微笑んでいると、紹介を終えたはずの司祭がまた口を開いた。


「なお、両名並びにクラウフェルト子爵家騎士団は昨今の活躍著しいため、ここにご紹介いたします」

 これまでにあまりなかった流れに観衆がざわめく。

 当事者の勇達も、そんな話は全く聞いていないので困惑顔だ。


「まず、先日クラウフェルト子爵領を500を超える魔物の群れが襲いました。中にはオーガやメイジオーガまで混ざっていたとの事。しかし、マツモト殿含めた同家の騎士団及び兵によってこれらを撃退。マツモト殿は得意の魔法でメイジオーガを討ち取っておられます! また、同家長女であるアンネマリー嬢もマツモト殿と肩を並べて戦線にお立ちになられたばかりか、勇敢にもご自身も魔法を使い、多数の敵を撃滅されました!」


「「「「「うおぉぉーーーっ!!」」」」」

「すげぇ、メイジオーガを……」

「キャー、アンネマリー様!! お美しい上にお強いなんて、なんて素敵なんでしょう!!!」

 司祭の言葉に観衆が盛り上がる。


 非常に背中が痒くなるが、嘘ではないだけに勇達も反論出来ない。


「さらに! つい先日、巡年祭の屋台が燃えるというボヤ騒ぎが、ここ王都でありました。いや、運良くボヤで済んだ、と言うべきでしょう。そして、そのボヤで済ませた立役者こそ、マツモト殿とアンネマリー嬢、そして同家の魔法騎士達なのです!!

目撃された方もいらっしゃるでしょうが、マツモト殿の迅速かつ的確な指示と、ご自身含めた魔法騎士並びにアンネマリー嬢の強力な水の魔法によって、衛兵が駆けつけるより早く見事火を消し止められました!! 現場検証を行なった衛兵隊長によれば、彼らの活躍が無ければ大火になっていたに違いないとの事。彼らはまさに、王都の恩人と言えるでしょう!!!」


「俺、見てたぜ!! 何十個も水の玉が浮かんで、火事だっつうのについ綺麗で見とれちまったくらいだ」

「俺も見たぞ! マツモト殿の魔法で濃い霧があっという間に周りを覆って、飛び火するのを防いでから消火してたぜ!」

 人の多い大通りでの出来事だっただけに目撃者も多く、観衆も大いに盛り上がる。


「勇敢かつ正義感溢れるお二人と、クラウフェルト家騎士団の皆様に、心よりの祝福を!!」

「「「「「うおおぉぉぉーーーっ!!!!」」」」」

 そう言って締め括る司祭の声に、観衆のボルテージは最高潮を迎えた。

 勇とアンネマリーは、引きつった笑みを浮かべながら手を振るしかなかった。


 誰が書いた筋書きなのか分からないが、この発表により勇とアンネマリーの名は、クラウフェルト家騎士団の名と共に、じわりと王都を中心に広まり始めるのだった。

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