第九話 「監督、渡慶太」というドラマ

 五月五日。



 「よし…!」



 休憩終了が近付き、一塁側ベンチでボードに挟んだ用紙と睨めっこしていた慶太は立ち上がる。そしてボードを左手に携え、ベンチ前へ。



 「再開します!」


 「はい!」



 慶太の一声で選手、コーチが一斉に集まる。慶太はボードに挟んだ用紙を一枚捲ると、練習メニューを伝える。選手はそれぞれのコーチとともに練習へ。


 慶太の目の前には一人の選手。


 その選手は。



 「今日、鈴川さんには別の練習についていただく。俺とマンツーマンだ」


 「よろしくお願いします!」



 健吾だった。



 慶太はグラウンド全体を眺めると、再び視線を健吾へ。


 

 「じゃあ、ちょっと準備するから、ここで待っててくれ」


 

 そう言い残し、慶太はグラウンドを出て、用具倉庫へ。二分ほどし、再びグラウンドへ。


 慶太が携えていたのはゴム製のベースとキャスター付きの折り畳み式ネット。


 慶太はベースを健吾の足元付近へゆっくり置く。そして、ネットをL字のようにセット。健吾をライナー性の当たりから守るように。


 設置を終えた慶太は小さく頷き、健吾の元へ。



 「昨日話したけど、改めて。俺が少し離れた場所からボールを転がす。それをキャッチする。ただそれだけだ」


 

 健吾は戸惑うことなく「はい」と応える。



 この練習メニューの狙いは健吾の弱点を克服してもらうため。そして、上達を手助けするため。



 慶太は速足でボールがたくさん入ったかごの隣へ。右手でボールを一球掴むと、それを健吾へ示す。



 「いくぞー!」



 慶太の大きな声。



 「お願いします!」



 健吾の大きな声。


 慶太は僅かに口元を緩めると、モーションへ入る。そして、ボールがグラウンドの土を叩く。


 

 「体勢、低く!」



 慶太の声と同時に、低く構える健吾。


 ややイレギュラーしたゴロ。健吾は上手くグラブへ収める。



 「いいぞ!次!」


 「お願いします!」



 健吾はボールを転がす。グラウンドを訪れたグラブを着用している仁へ。


 仁はボールを受けると、空のかごへ。そして、視線を健吾へ。


 同時に、ボールがグラブに収まるが。



 「いいぞ!」



 慶太はボールを一つ右手に。


 仁はボールを健吾から受け、かごへ。


 それからすぐ、慶太の声が。



 「いいぞ!」



 

 開始から十分後。最後の一球を転がし、かごが空に。すぐさま、仁がボールの入ったかごを慶太へ。



 「ありがとう」



 笑顔でお礼を伝える慶太。


 仁は笑顔で応え、健吾からボールを受ける。そして、そのままボールの入ったかごへ。



 「インターバル二分!」


 「はい!」



 慶太の言葉に健吾が応える。


 慶太は微笑み、小さく頷く。



 「打球に備えて、送球に備えて」



 仁が言うと、慶太は。



 「変化がつけやすいからな」



 笑顔で応えた。



 ミネラルウォーターを一口含み、喉を潤した慶太はこう続ける。



 「打球とスローイングでは転がるボールの質が違ってくるかもしれない。でも、より狙ったところにボールを転がすとなったら、この方法が一番いい」



 慶太の視線は健吾へ。


 

 「その形だ」



 そう呟く慶太。


 視線の先には捕球動作を確認する健吾の姿。



 シートノックの合間に健吾へ視線を向けた義彦は「その形だ」と言うように小さく頷く。


 そしてすぐ、かごに入ったボールを左手に取り、ボールを放った。




 インターバルの二分が終了。



 「再開するぞー!」

 

 「お願いします!」



 慶太の声に応え、健吾は構える。慶太は頷くと、ボールを右手に取り、転がした。



 


 午後二時過ぎ。



 「形を崩すと、また逆戻り。今は、形をしっかり作り、固める」



 練習終了後、慶太はファーストベースを見つめながら仁にそう話す。


 この日の練習での健吾の動きは慶太から見ればまだまだ。しかし、多くの可能性を感じさせた。



 「もう一度言っておくが、健吾君を贔屓してるわけじゃない。練習を積み重ね、活躍できる選手になってほしい。そして、より長くプレーしてほしい。ただそれだけだ」



 慶太の視線は丁度グラウンドを出た健吾へ。



 「熾烈なポジション争いになる。その競争に勝つためにも地道に練習をこなしてほしい」



 そう続け、慶太は笑みを浮かべる。


 仁は健吾の背中が見えなくなると同時に、視線を慶太の横顔へ。



 「頼んだぜ…!」



 そして、囁くような声で慶太に言葉を贈った。




 午後四時過ぎ。



 「どんな感じだ?監督は」


 「順調だよ」



 コンビニエンスストアの軒先で慶太は幸秀と談笑する。


 

 「スター選手はいないが、良い選手が揃ってると仁から聞いている。慶太にとってはそっちのほうがやりがいあるだろ?」


 「まあな。スター不在だからこそ、今いる選手をすごい選手に育てたいという気持ちが強くなる。そして、育てた選手でスター集団を倒したいという気持ちも」


 「スター集団を倒すであろうクラブを今、慶太が立て直している。選手、コーチは慶太を慕ってるとも聞いている。絶対に強くなる。慶太の想いに応えたい。それが、プレーに繋がって」



 幸秀は腕を組むと笑みを浮かべ、視線を駐車場へ向ける。


 

 「時間が合えば、応援に行かせてくれよ、慶太。人生に新たな楽しみが増えたんだ。『監督、渡慶太』というドラマが始まって」

 


 慶太は幸秀の横顔を見つめる。


 ドラマ「監督、渡慶太」の主役はこれからどのようなストーリーを生み出すのだろう。

 

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