第八話 名監督への第一歩
五月四日。
「いいぞ!さあ、もういっちょ!」
「お願いします!」
ノックを受ける健吾の動きを一塁側ベンチ前で見つめる慶太。
「守備に難がある理由の一つは打球反応の遅さ。コンマ何秒の遅れが追いつくか追いつけないかの境界線。まずは、打球反応の速くさせないといけない」
「カン」
義彦がゴロを放つ。健吾は僅かに右へ動き、正面で捕球。そして、ファーストベースを踏む。
健吾がホームへボールを戻すと、慶太は小さく頷く。
義彦はかごからボールを一球左手に持つ。
そして再び、ゴロを放つ。
「ちょっと反応が遅れてるな…」
慶太が呟くと同時に、健吾はファーストベースを踏んだ。
十時三十二分。
「打球反応か」
「原因の一つはそれ。多分、体全体に力が入ってしまってるんだと思う」
「なるほどな」
「そして、原因のもう一つは…」
慶太は腕を組み、義彦と言葉を交わす健吾を見つめ、こう続ける。
「体勢が少し高い。あれでは、ボールの軌道を上手く掴めない。ショートバウンドした内野からの送球を上手くさばけない。そのことを健吾君と鈴川さんに伝えた」
義彦は実際に動きを健吾に見せる。
彼の動きを見て、健吾は実践。
義彦は健吾のフォームを矯正し、更に良い形へと導く。
再び実践する健吾。
すると。
「お…。形になってる。健吾君、それでいいんだ。それをしっかりモノにすればキャッチングが更に上手くなるぞ」
慶太は笑顔でそう呟く。
仁は健吾を見つめ、微笑む。
「競争が激化するぞ…!」
そう呟いた仁は小さく頷き、健吾の元へと歩を進めた。
仁の背中を見つめ、慶太は微笑み、腰を上げる。そして、雅弘の元へを歩を進めた。
「ありがとうございました!」
午後二時過ぎに練習が終了。慶太はファーストベース付近で仁と言葉を交わす。
「紅白戦であの動きをしっかりと取り入れていた。フォームを固めるためには積み重ねるしかない。鈴川さんには健吾君用の練習メニューを提示させてもらった。鈴川さん、健吾君は納得してくれた。あの練習メニューを地道にこなしてもらい、守備を向上させる。レギュラー獲得の近道はそれだ」
そう話した慶太の右手には健吾用の練習メニューが記載された一枚の用紙。慶太は真剣な表情で用紙を眺める。
同時に、紅白戦終了後の義彦との会話が頭の中で再生される。
「スローイングで?」
「はい。その方がボールにさまざまな変化を加えることができますから。そして、狙ったところにボールを転がしやすい。ホームベース付近からノックする感覚でスローイングしていただければ大丈夫です」
「分かりました」
「それから…」
慶太はもう一つのメニューを提示。
すると。
「渡さんが?」
「はい。ボールを投げる感覚を欲しがってますから。私の右肩が」
慶太は笑みを浮かべ、一塁側ベンチ前からサードベースを見つめた。
映像が終了すると同時に、慶太が言う。
「これだけは言っておくけど、健吾君を
腕を組み、慶太はやさしい笑みを浮かべる。その目に「鬼」の文字はない。
例えるなら、選手にとってのもう一人の
「厳しくも優しい。俺が抱く慶太のイメージ。厳しい言葉を発しなくても、厳しさを示すことはできる。優しい言葉をかけなくても優しさを示すことはできる。高校時代、後輩に指導していたように」
仁の言葉に目を閉じ、口元を緩める慶太。
「名監督への第一歩を踏み出した瞬間だ。その歩みを止めるなよ、慶太。これから険しい道が待っている。強豪との試合、世間の声…。あらゆることと戦っていかなくちゃいけない。勝てず、批判を浴び、歩みを止め、クラブを去る監督を何人も見てきた。俺はそういう監督を見るたびに思うんだ。『勝って、見返したくないんですか?』って。クラブが弱いなら、強くする方法を考え、それを練習から実践すればいい。批判の声があるなら、勝ち進んで、黙らせればいい」
続く仁の言葉に慶太は目を開け、目前の景色を見つめる。
「選手の弱点を克服させ、良いところを伸ばす。そして、新たな可能性を見出す。それこそが、クラブを強くすることに繋がる。そして、勝利に近づく。高校、大学のスター選手がいなくても、強いクラブは強い。今いる選手を育て、スターにすることだってできる。補強が全てじゃない。大事なのはどう育てるか」
慶太が言うと、仁は目を閉じ、口元を緩める。
「名選手を育て、常勝クラブを築き上げる。それこそが名監督だと俺は思う。俺に名監督なんて言葉は不釣り合い。でも、選手、コーチ、スタッフ。そして、応援してくれる方に『素晴らしい』と思われる監督になりたい。優しい監督じゃない。何て言えばいいんだろうな…」
慶太は表現方法が見つからず、苦笑いのような表情を浮かべる。
しかし、仁には何となくだが分かっていた。
慶太が目指す監督像が。
「『信頼される監督』」
仁が言葉を発すると、慶太は視線を彼へ。そしてすぐに目を閉じ、顔を僅かに俯ける。
「そんな感じだ」
目を開け、顔を上げる慶太。視線の先に映ったのは。
「だからこそ、慶太に声を掛けた。後輩も信頼を寄せる慶太を」
信頼を寄せるような眼差しで慶太を見つめる仁の姿だった。
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