第七話 監督の手腕が問われる最初の場面
四月二十七日。
休憩に入り、慶太は一塁側ベンチでボールペンを走らせる。
「ファースト、サードは…」
そう呟くと、それぞれのレギュラー候補となる選手の名前を記していく。
ファースト、サード共に二人ずつ。名前を記した慶太はボールペンを置き、腕を組む。
「強烈な打球に恐れることのない守備。その条件はクリアしている。あとは…」
慶太の視線は仁と笑顔で言葉を交わすファーストのレギュラー候補の選手へ。
「
「いないんですよー」
仁と談笑する
「雅弘君はショートバウンドをさばくのが上手い。柔軟性がないとできないキャッチングだ」
慶太は小さく頷くと、前の週で雅弘が見せた守備を思い出す。
四月二十日でのシートノック。義彦がショートへ転がしたボールを翔太が深い位置でキャッチ。そして、難しい体勢からファーストへ送球。そのボールはバウンドしながら雅弘の元へ。
そのボールを。
「いいぞ!」
義彦の言葉に頭を下げ応えた雅弘。彼のキャッチングを見た慶太は思わず唸る。
「あれをいとも簡単に…。いや、俺にはそう見えるだけなのか…」
その後も数球、難しいバウンドとなって雅弘の元へ。それを、上手くグラブの中へ収めた雅弘。
「次!」
義彦の声と同時に、慶太の頭の中で流れていた映像が終了。それから間もなくして、仁の声が。
「ショートバウンドをさばく技術は天下一品だ。それを維持、向上させよう。そして、バッティングに繋げていこう」
仁の言葉に「はい!」と応える雅弘。
仁の言葉は慶太が雅弘に伝えようとしていたこと。
「もはや、俺の右腕だよ」
笑みを浮かべた慶太は視線を用紙へ向け、再びボールペンを走らせた。
「カァン」
休憩が終了し、フリー打撃が開始。慶太は一塁側ベンチの前から練習の様子を見守る。
バッティングケージ内には右バッターボックスに立つ雅弘。
バッティングピッチャー、
「カァン」
それからすぐに、木製バットが白球を叩く。
打球は弧を描くようにセンターへ伸び、やがてフェンスを越える。
慶太は「おお…」と言葉を発するように口を開く。
雅弘は構える。
輝義はモーションに入る。
「カァン」
今度はレフトへの打球。ボールはフェンスを直撃し、跳ね返る。
慶太は転がるボールを目で追いながら小さく頷く。
その後、四本の策越え。
自身の番が終了し、ヘルメットを取り、輝義へ頭を下げた雅弘はバッティングケージを出る。
「次は…」
慶太の言葉と同時に、バッティングケージへ入ったのは、同じくファーストのレギュラー候補、
「よろしくお願いします!」
輝義へ頭を下げ、左バッターボックスに立ち、構える健吾。
輝義は口元を緩めると、かごに入ったボールを一球右手に取る。そして「いくぞ」と伝えるように、右手で握ったボールを健吾へ見せる。
そして、振りかぶった。
「カン!」
間もなくして聞こえた打球音と同時に目を見開く慶太。
打球はライトへ伸び、フェンスを直撃。
とても鋭い当たりだった。
「スイングスピードが桁違いだ…」
そのおよそ十秒後。
「カン!」
再びライトへの鋭い当たり。ボールはフェンスの前でバウンド。そして、フェンスに当たり、跳ね返る。
凛太郎が返球すると同時に、輝義はボールを右手に。
健吾は構える。
そして。
「カン!」
センターへの弾丸ライナーのような打球はそのままフェンスを越えた。
「ありがとうございました!」
午後二時過ぎに練習が終了。慶太はホームベース付近で義彦と言葉を交わす。
「健吾のスイングスピードは桁違い。チームナンバーワンです。ですが、守備に難があり、レギュラー定着とはいきませんでした。あいつの守備をどれだけ向上させることができるか。そこですね」
義彦の言葉に「なるほど」と言うように小さく頷く慶太。
「素材は素晴らしい。だからこそ、このまま終わってほしくない」
義彦はそう続け、視線をファーストベースへ。
慶太は義彦の言葉に共感するように頷く。
すると。
「監督の手腕が問われる最初の場面がやって来たな」
声のする方向へ視線を向ける二人。目に映ったのは僅かに口元を緩める仁の姿。
「義彦が持っていない慶太の知識が健吾を成長させる。俺はそう思っている」
慶太は表情を変えない。
「得意だろ?弱点を克服させる指導」
力強い言葉と同時に、笑みを浮かべる仁。
「慶太なりの視点から指導方法を探ってみようよ」
そう言い残し、仁はグラウンドを出る。
彼の背中を見つめ、腕を組む慶太。
「守備に難がある理由の一つは何となく分かってる。理由を全て見つけたうえで、克服させるためにどういった指導をするか…」
頭の中で指導方法を探る慶太。
その姿を見て、義彦はこう話す。
「健吾の守備が向上したら、競争が激化しそうですね。今までこのようなことはなかった」
そして口元を緩める。
「楽しみです。あの二人がどのような競争を繰り広げるのか」
義彦の言葉に微笑みを浮かべ、頷く慶太。
「私もです!」
ファーストのレギュラーを掴むのはどっちだ。
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