第六話 監督ならではの大変さと辛さ

 四月二十日。



 「あの難しいバウンド、よくさばけたな。翔太」



 休憩中、仁が笑顔で中川翔太なかがわしょうたに言葉を掛ける。翔太は謙遜するように首を横に振る。



 「まだまだですから」



 仁の言葉にそう応え、タオルで顔の汗を拭う翔太。


 その後、二人は野球の話題に花を咲かせる。二人の姿をしばらく見つめ、慶太は一塁側ベンチへ腰を下ろし、ボードへ挟んだ一枚の用紙と睨めっこする。


 

 「翔太君も良いものを持っている。あのバウンドをいとも簡単にさばいてみせた。いろんな選手を見てきたが、ああいった打球を上手くさばけたのは翔太君だけだ。一也君との連携は上手くかみ合っていたし。さあ、誰を固定しようか…」



 自然と腕を組む慶太。


 仮の段階でセカンドに一也、ショートに健輔という二遊間。しかし、他の選手のプレーも見て決めるという自身の考えから、シートノックで一也と翔太で二遊間を組ませた慶太。


 二人の連携は見事なまでにかみ合っていた。



 「バッティングは健輔君には劣るけど、それをカバーする選球眼がある。出塁する確率は高くなる。二番もいけるかもしれないな…」

 


 しかし、まだ固定すると決めたわけではない。


 

 「次は、誰と誰を組ませようか…」



 そう呟きながら、慶太はボールペンを走らせた。



 

 「ありがとうございました!」



 午後二時過ぎに練習が終了。慶太は一塁側ベンチへ腰を下ろし、ボールペンを走らせる。その途中、シートノック時の健輔とセカンド候補の吉岡幸一よしおかこういちのプレー映像が慶太の頭の中で流れる。



 「健輔君と幸一君の二遊間も見事だった。初めて二遊間を組んだと幸一君は話していたが、それを感じさせない動きだった」



 その言葉と同時に、走塁練習中の幸一のベースランニングの映像が慶太の頭の中で流れる。



 「あの足の速さは天下一品だ。出塁率を上げれば驚異の一番バッターになる。足で相手を揺さぶれる。得点のチャンスは更に広がる」



 その言葉からすぐ、ボールペンの動きが止まる。慶太はボールペンを置くと、視線をセンター方向へ。



 「二遊間はもうちょっと考えよう…。次はセンター…」



 フェンスを見つめていると、この日の聡の動きが慶太の頭の中で流れる。


 


 義彦が打ち上げたボールは左中間へ。その瞬間、聡の大きな声が。



 「オッケー!」



 彼の声で息が上がるようなスピードで駆けた亮一の足は徐々にスピードを落とす。それから間もなくして、落下点に入った聡のグラブにボールが収まった。


 亮一達にとっては聞き慣れた聡の声だが、慶太は聡の声からあることを感じ取った。



 「『ここは俺に任せろ』そういった気持ちが伝わってくる。亮一君の負担を軽くしようと」



 その言葉からすぐに、義彦が再びボールを打ち上げる映像が。



 

 「任せた!」



 聡の声で落下地点に入り、構える亮一。そして、悠々と捕球し、健輔へ送球。


 聡のサインに帽子を取って応えた亮一はポジションへと戻った。



 「聡君の声掛け、いや、判断力が選手同士の交錯を未然に防いでいる。先週の紅白戦でもそうだった。そして、ライト、レフトへ的確な指示を送っていた。ああいった選手がセンターにいると、ライト、レフトも心強いはずだ」



 小さく頷いた慶太は用紙に描かれたフィールドのセンターの位置に「大城」と記した。



 「ボールに追いつく足の速さもある。センターは聡君でいくぞ」



 再び小さく頷いた慶太の視線はライト方向へ。



 「ライトに凛太郎君。あの強肩を活かすにはもってこいだ」



 その言葉と同時に、この日の練習で凛太郎がノーバウンドでホームへバックホームする映像が。


 ボールが孝之のキャッチャーミットを叩く音が再生されると同時に、用紙のライトの位置へ「高浜」と記した。




 「キャッチャー、センター、ライトは決定。さあ、残りのポジションをどうしようか…」



 僅かに笑みを浮かべながらそう言葉を発した慶太はゆっくりと腰を上げる。


 視線の先にはスコアボード。



 「良い守備を攻撃へ繋げる。相手のスコアボードに『0』を刻み、自分達のスコアボードに『1』以上の数字を刻むために」



 そう言葉を発し、慶太は一塁側ベンチを出た。



 

 

 午後三時三十七分。



 「おかえり」



 飯処渡のドアを開けた慶太を幹恵が出迎える。



 「順調?チーム作りは」


 「ああ。順調だ。絶対強いチームに作り上げる」



 幹恵の問いに笑みを交え答えた慶太は食器を取り出す駿太と史俊を見つめる。



 「チームの勝たせるには誰を起用すればいいのか。監督にとっての大きな悩みだ。監督の決断が一人の選手を絶望へと突き落とすことだってある。だが、チームを勝たせるためには時に心を鬼にしなければならない。大変で辛い役職だよ、監督ってのは…」



 一瞬だけ辛い表情を浮かべた慶太はキッチンへ。そして、心の隅にある辛さを見せまいと、駿太と史俊に笑顔で言葉を掛けた。




 四月二十七日。


 用紙を挟んだボードとボールペンを持ち、シートノックを見守る慶太。その中で、視線の先に映る選手の連係プレーに唸るように息をつく。

 


 「やっぱり、一也君と健輔君。この二人の連携に勝る二遊間はいない」



 その言葉と同時に、一也がグラブトス。難なく捕球した健輔は素早くファーストへ送球。


 ボールがファーストミットを叩くと同時に、慶太は何かを確信するようにゆっくりと頷く。


 そして、用紙のセカンドの位置に「上原」、ショートの位置に「高橋」と記した。



 用紙を眺め、小さく頷く慶太。


 

 「最高のセンターラインが完成した。さあ、次は…!」



 そう言葉を発した慶太の視線はサードへ。そして、心の隅にある辛さをごまかすように選手を鼓舞し、シートノックの続きを見守った。

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