第五話 それらを達成した先にあるもの
四月十三日。
「いいぞ!」
守備走塁コーチ、鈴川義彦の声がグラウンドに響く。捕球した外野手の
「次!」
そう言葉を発し、外野へボールを打ち上げた。
慶太は一塁側ベンチの前で外野手の動きを見つめる。
「センターか…」
慶太の声と同時に、
義彦は一つ頷くと、再びボールを一つ。
「次!」
そして、ボールを打ち上げる。
慶太は小さく数回頷く。
「紅白戦で見てからだな。足は速い。あとは、判断力とリーダーシップ。それを確認したい」
しばらく外野手の動きを見つめ、慶太は投球練習場へ歩を進めた。
「パンッ」
ボールがキャッチャーミットを叩く音で慶太の足は止まる。マウンド上の右腕は左腕で汗を拭うと、両足でプレートを踏む。そして、ワインドアップのフォームから右腕を振り下ろす。
「パンッ」
力のあるストレートはブルペンキャッチャー、
自然と腕組みをする慶太。
旭はボールの握りを隆へ示し、プレートを両足で踏む。そして、モーションへ入った。
「パン」
右バッターの膝元へ沈むようなボール。慶太が「おお……」と言葉を漏らす。その数秒後に仁が慶太の元へ。
「旭は『シンカーが一番自信のあるボール』と話していた。実際にシンカーを見たら納得する。フィールディングにも
慶太が小さく数回頷くと、旭はモーションへ。そして再び、シンカーを右腕から繰り出す。
今度は真ん中低めへ沈む。
旭がボールを受けると、仁が尋ねる。
「中継ぎか?」
慶太は唸るように息をつく。それからすぐに、旭は別の変化球の握りを隆へ示し、プレートを踏む。そして、モーションへ入った。
「パン」
旭の右腕から繰り出されたチェンジアップが隆のグラブへ収まると同時に、慶太は頷いた。
「中継ぎエース。場合によっては、ロングリリーフ」
慶太が答えると、仁は微笑み、小さく頷いた。
十一時半過ぎ。
「紅白戦をします。チームは振り分けてある通りです」
三イニングのみの紅白戦を実施。ベンチには選手のみを入れ、慶太をはじめとした首脳陣、スタッフはバックネット越しに戦況を見つめる。
「やはり、センターですか?」
義彦が問うと、慶太は「はい」と答える。そして、センターのポジションに就いた凛太郎を見つめる。
「凛太郎君と聡君は別チームにしました。センターでの動きをじっくり見極めるために」
慶太の言葉からすぐに、紅組の一番、一也が打席に入った。マウンド上には左腕の
ヒット性の当たり。しかし、落下地点には既にあの選手が。
「キャッチャーが構えたコースで打球方向を予測したような動きだな」
慶太の言葉からすぐに、フライを捕球した凛太郎は健輔へ送球した。
二回裏、白組の五番、凛太郎が左バッターボックスへ入る。足場を作ると構え、視線をマウンド上の旭へ。マウンドの更に奥にはセンターを守る聡。
サインが決まり、旭は静止。そして、モーションへ入る。同時に、聡の足が僅かに動く。
慶太はそれを見逃さなかった。
「お…」
慶太の言葉からすぐ、バットが白球を叩く。
打球はセンター方向、やや左。
慶太が打球を目で追い始めたと同時に、一人の選手の声が。
「オッケー!」
その声はセンター方向から。
「もうそこにいたのか…」
慶太の言葉からすぐ、ボールがグラブに収まる音が。
「相手バッターの特徴を掴んでいるからこその動き…」
その言葉と同時に、慶太は監督就任初日の練習を思い出す。頭の中で流れてきたのは慶太にアドバイスを求めてきた選手の姿。
その選手は聡だった。
「今まで、あんな動きみせなかったのにな、聡。でも、大事だぞ。バッターの特徴を掴むことは」
義彦は腕を組みながら微笑む。
彼の言葉を聞き、慶太も微笑む。
試合は一対一の引き分けで終了。グラウンド整備を終え、整列した選手の前に立った慶太。
「お疲れ様でした。この紅白戦で皆さんの武器をより知ることができました。その武器は持ち続けてください。絶対に活躍をもたらします。そして、このクラブの躍進を。私はこのクラブを山取に残したい。山取の発展に微力ながら貢献したい。そして…」
慶太はその先の言葉を飲み込む。
彼の左隣に立つ仁は一瞬だけ、慶太へ視線を向ける。
その後、慶太が締めの言葉を述べ、練習が終了。選手、コーチはバッグを持ち、グラウンドを出る。
ホームベース付近で彼らの背中を見届けた慶太と仁。
「あの時、何と続けようとしたんだ?」
仁が問うと、慶太は僅かに口元を緩める。それからすぐに、やさしい風が二人の頬を撫でる。
慶太は腕を組むと目を閉じ、答える。
「今の段階では二の次、三の次。クラブを全国へ導き、存続させることが最優先。俺が言おうとしたことはそれらを達成した先にある」
その言葉を聞き、今度は仁が腕を組み、目を閉じる。
そして、口元を緩め、小さく頷く。
しばらくし、仁は目を開ける。そして、慶太の左肩を軽く「パン」と叩き、グラウンドを出る。
無言のやり取り。しかし、慶太にはある言葉が心に伝わった。それは、高校まで苦楽を共にしてきた仲間だったからこそ分かること。
慶太はグラウンドを出る仁の背中を見つめ、小さく頷く。そして、仁の無言のメッセージに笑顔でこう応える。
「ああ、約束するよ…!」
強くなった日差しは慶太が着用する赤いユニフォームを照らし、とても鮮やかな色彩を生み出した。
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