第四話 「名監督になれ」

 「ありがとうございました!」



 午後三時時過ぎに練習が終了し、選手、コーチはグラウンドを出る。慶太は一塁側ベンチに腰を落とし、ノートにこの日の練習の記録をつける。


 しばらくして、ボールペンを置く。



 「キャッチャーは孝之君。考えすぎちゃうところはデメリットかもしれないけど、それだけピッチャー、野手のことも思ってるということ。とりあえず、キャッチャーは確定かな…。守備からリズムを作って、攻撃。そのためにもまずはセンターラインを固定したい…」



 その言葉からすぐに、ベンチに置いた一枚の用紙を自身の膝の上へ。



 「二遊間は仮の状態だけど、一也君と健輔君。他の子の動きも見て、正式に決定…。あとは、センター…」



 慶太はセンター方向へ視線を向ける。



 「足が速く、判断力に長け、リーダーシップのとれる選手。俺の考える理想のセンター。その選手を見つけていかないとな…」



 この段階ではまだ候補はいない。ここから適性のある選手を見つけていく慶太。


 小さく頷くと、慶太の視線はマウンドへ。



 「ピッチャーはもう決めている…!」



 その言葉からすぐに、慶太の口元が緩む。



 「先発は渉君、抑えは寿君…!」



 渉を後ろで起用することも考えていた慶太。しかし、彼の球種の豊富さなどを評価し、先発での起用を決定した。


 そして、抑えは寿。


 

 「寿君はメンタルを鍛えれば絶対的な守護神になる。メンタルを鍛えるためにはまず、寿君の意識を改善する必要がある。そのためには…!」



 その先の言葉を心で発した慶太は小さく頷き、立ち上がる。そして、グラウンドを出た。




 午後四時十七分。



 「おかえり」



 慶太が飯処渡の暖簾をくぐると、幹恵が出迎える。キッチンでは駿太と史俊が食器洗いをしている。


 「ただいま」と応えた慶太は二人の姿を見つめながら言う。



 「人を育てる、人を使うってのは難しいこと。使われた身から使う身になってそれを痛いほど実感した。誰をどこで使うか。それが組織の今後を大きく左右する。二人がこの店の従業員になって、売り上げが伸びた。愛想と手際が良い。二人にとってはぴったりだったのかもな」




 駿太と史俊はともに、二十七歳。料理人として同じホテルで働いていた。しかし、続く残業で体を壊し、休職。そして、退職。料理人としての就職を望み、採用試験をいくつも受けるが上手くいかず。そんな日々を過ごしていた二十五歳のある日、二人は同じ店に面接へ訪れた。その店が。




 「面接に来た時に感じたんだ。『この二人が客を更に呼び込む』って」



 飯処渡だった。




 「お疲れ様です」



 駿太がキッチンを出て、慶太の元へ。



 「おお」と応えた慶太は駿太を見つめ、微笑む。同時に、駿太と史俊が入ったばかりの頃を思い出す。



 「ありがとな、うちに来てくれて」


 「ど、どうしたんですか。今日で店を閉めるみたいに」



 どこか心配そうに応える駿太。慶太は目を閉じ、口元を緩める。



 「マスター?」



 駿太が尋ねると同時に、慶太はゆっくりと目を開ける。



 「今日も頼むぞ!」



 笑顔でそう言葉を掛け、俊太の左肩に手を置く慶太。そして、キッチンへと入った。



 「ありがとな、フミ。うちに来てくれて」


 「ちょっと。どうしたんですか、マスター」



 史俊の心配そうに尋ねる声と同時に、慶太は笑みを浮かべ、棚から鍋を取り出した。



 

 翌日、午前十一時七分。



 「慶太が監督か。いつかなるんだろうなと思っていたんだ。そして、遂にその日が」

 


 渡家の近所にあるコンビニエンスストアの外で慶太は一人の男性と言葉を交わす。彼はコンビニエンスストアのオーナー、大川幸秀おおかわゆきひで。慶太の高校時代からの友人だ。


 二人は高校時代、同じ硬式野球部員として汗を流した仲。だからこそ、幸秀は慶太の凄さを知っている。



 「高校は弱かったけど、慶太が指導した後輩が皆、大学、社会人で活躍した。そりゃ、仁が慶太の元を訪れるわけだよ。あれだけの指導力があるんだから」


 「俺は自分が持っている知識を伝えただけ。ただそれだけだよ」



 幸秀の言葉に謙遜するように顔を僅かに俯け、首を横に振る慶太。



 「それが指導者だぞ、慶太。やっぱり、向いてるんだよ」



 幸秀の言葉に顔を上げる慶太。


 幸秀は微笑み、腕を組む。そして、慶太にこう言葉を掛ける。



 「名監督になれ、慶太。山取という地名を全国に広めてこいよ。誰が何と言おうと、俺は応援するぞ!」

 


 そして、慶太の左肩を軽く「ポン」と叩き、幸秀は店内へ。レジに立つ幸秀の姿を窓越しに見つめる慶太。



 「俺に『名監督』なんて言葉、不釣り合いだよ、幸秀…。でも、ありがとう…!更に力が湧いてきた。応援に勝利で応える。そして、山取の存在を全国に…!」



 窓越しに幸秀と目が合うと、慶太は小さく頷く。まるで「ありがとう」と伝えるように。


 幸秀は慶太からのメッセージを受け取り、口元を緩める。


 そして、小さく頷いた。


 レジでバーコードをスキャンする幸秀の姿をしばらく見つめた後、慶太は自宅へ歩を進める。



 「どれほどの監督になれるかは分からない。でも、このクラブを全国へ導ける監督にはならないといけない。そして、クラブを存続に導ける監督に。絶対になってやる。見守っててくれよ、幸秀…!」



 

 しばらくし、慶太の背後からやさしい風が吹き抜ける。その風は慶太にとっての追い風となるだろうか。

 

 

 

 

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