第三話 納得の配置と予想外の配置

 四月七日。慶太はバッティングケージ越しに打球音に耳を澄ませる。バッティングケージ内の左バッタ-ボックスに立つのは上原一也うえはらかずや。前日に慶太にアドバイスを求めた内野手だ。


 一也は快音を響かせ、白球を左中間へ飛ばす。打球の行方を目で追うと、足場を作り直し、構える。そして、再び快音を響かせる。白球はセンターのフェンスを直撃。


 センターの田中亮一たなかりょういちが返球。同時に、一也はバッティングケージを出る。


 慶太は一也がベンチに入ったと同時に、歩を進める。



 「上位か中軸か…」



 そう言葉を発し、投手陣の元へ。



 「パン!」



 ボールがキャッチャーミットを叩く音とともに、慶太の視線はマウンドへ。目に映るのはサウスポーの鎌田寿かまたひさし。孝之からボールを受け取り、マウンドをならす。そしてプレートを踏み、ワインドアップから左腕を振り下ろす。



 「パァン!」



 ボールとキャッチャーミットが音を響かせる。


 孝之からボールを受け取る寿。そして、視線を慶太へ。その表情にはどこか緊張のようなものが慶太の目に窺えた。


 慶太は「気にせず投げて」と寿にジェスチャーを送る。寿はそれに応えると、少しリラックスした表情に。そしてプレートを踏み、モーションへと移る。


 そして、快速球が孝之のキャッチャーミットに吸い込まれる。


 寿を見つめ、小さく頷く慶太。



 「ピンチになった時、どう気持ちを保つか」



 慶太が呟くと同時に、寿は左腕を振り抜く。そして、鋭く曲がるスライダーが。



 「その武器をメンタルが邪魔する恐れもある。メンタルをどう鍛えようか…」



 寿がボールを受け取ると同時に、彼の隣で投げ込む右腕、吉野渉よしのわたるのピッチングを見つめる慶太。渉は表情を変えることなく、南野弘和みなみのひろかずのキャッチャーミット目掛けて右腕を振る。


 

 「パァン!」



 渉の右腕から振り下ろされたストレートは弘和が構えた場所に吸い込まれる。「おお…」と言葉を漏らすように口を僅かに開く慶太。


 渉がボールを受け取ると、自身の顎を右手人差し指で撫でる慶太。



 「いいな、このストレート…!」

 


 慶太が言葉を漏らしてからすぐ、渉はセットポジションから左足を上げる。そして、右腕を振り下ろす。



 「パァン!」



 再び、弘和が構えた場所にストレートは吸い込まれる。ボールを受け取る渉。そして、セットポジションから左足を上げる。


 今度はストレートと同じくらいの速度で落ちるフォークボール。ワンバウンドのボールを難なくさばいた弘和。


 慶太は小さく数回頷く。



 「どこでもいけそうだけど、後ろに控えていたら心強いだろうな。メンタルも強そうだ」



 その言葉を聞きつけたように仁が慶太の元へ。



 「ピンチになっても全く動じない。投手陣のリーダーと言ってもいい。頼りになる男だよ。これまでは中継ぎエースを務めてきた。でも、先発も抑えもできる。どこで起用するかは慶太次第だよ」



 仁の言葉からすぐに、渉の右腕から振り下ろされたシンカーが弘和のキャッチャーミットを叩く音が。渉のピッチングを見つめ、どこで起用しようか考える慶太。



 「球種が多い。後ろもいいけど、先発としても起用してみたいなあ…!」



 渉がストレートを投げ込んだと同時に、慶太は歩を進めた。




 十時半過ぎ。休憩に入り、慶太は一塁側ベンチに腰を落とし、ノートにダイヤモンドと扇の形を描く。そして、そこに文字を記していく。


 数秒悩み、文字を記す。これを何度も繰り返す。



 およそ五分後。



 「ポジションはこんな感じか…」


 

 慶太が記していたのは選手の名前。就任初日、そして、この日の途中までで慶太の頭の中で浮かんだ選手の適性ポジションだ。


 用紙を膝に置くと、腕を組む慶太。


 

 「センターラインは早い段階で固めておきたい。二遊間は誰と誰を組み合わせれば一番連携がかみ合うか…」



 唸るような声を上げる慶太。そこに、仁が。そして、慶太の右隣に腰を落とす。



 「二遊間か?」



 仁の問いに頷く慶太。



 「セカンドはこの子でいこうかなと思ってるんだ」



 そう話した慶太は用紙を仁へ見せる。仁は用紙を見つめ、小さく数回頷く。



 「一也か。まあ、守備は上手いし、器用なバッティングができる。確かに起用したくなるよな」


 「うん。でも、ショートに誰を置けば連携が一番かみ合うのかなって。昨日の練習を見てだけど、一番可能性が高いのはこの子なんだ」



 用紙へ記した選手名を丸で囲む慶太。



 「健輔けんすけか。まあ、確かに一也とは息が合ってるように見える。実際、去年はこの二人が二遊間を組む試合が多かった。良い組み合わせだと思うぞ」



 頷く仁。


 

 「二遊間は今の段階ではこの二人って感じか?」


 「今のところはね。でも、全てを見たわけじゃないから、選手の動きをしっかり見極めて、誰を配置するか考えるよ」


 

 再び頷く仁。


 慶太も頷く。そして、用紙を裏返す。そこには、投手陣の配置が。



 「投手陣も配置を考えてみたんだ。俺の希望も入ってるけど、今の段階ではこんな感じだ」



 用紙へ視線を落とす仁。すると、抑え投手の名前に目が留まる。



 「寿が抑え…?」



 驚いた表情を浮かべる仁。彼にとっては予想外の配置だった。


 仁は慶太へ視線を向ける。



 「本気か?」



 仁の問いに、慶太は。



 「本気だ。弱点を克服すれば、絶対的な守護神になるぞ!」



 僅かな笑みを浮かべ、力強くそう答えた慶太の視線の先にはマウンド上で純一からアドバイスを受ける寿の姿が映っていた。



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