第二話 「有名な選手がいない。それがどうした」

 「ありがとうございました!」



 監督就任後最初の練習を終え、ベンチに腰を落とす慶太。グラウンドを眺めながらこの日の選手の動きを脳内で再生する。


 

 「良い選手ばかりだ…。まだまだ伸びる。どう鍛え、どう起用するか…。それをしっかり考えないといけないな…」



 すると、一人の選手のプレーが慶太の脳内に映る。


 彼はキャッチャー。練習中、慶太は彼のキャッチングなどをじっくりと見ていた。


 際どいコースのボールをストライクに見せる技術、ワンバウンドのボールを難なく捕球する技術、二塁へのブレない送球、バント処理の技術…。彼のプレーは慶太を目を引いた。


 すると、慶太の視線の先にその選手の姿が。チームメイトと言葉を交わす姿は真剣そのもの。ピッチャーの相談に答えると、彼の左肩に手を置く。


 しばらく、彼らを見つめる慶太。その姿を見て、仁が慶太の右隣へ。



 「良いキャッチャーだろ?東孝之あずまたかゆき。二十四歳だ。平日は山取市内の建築会社に勤めている。高校は浜渡はまわたり、大学は隼仙しゅんせん。『ど』が付くぐらい真面目な性格だよ」



 慶太は小さく数回頷く。



 「それが災いして、考えすぎちゃうのが弱点。そこをどう改善してあげるかだね」



 続く仁の言葉に一つ頷く慶太。



 しばらく孝之を見つめる慶太。やがて、その視線は徐々にセンター方向へ。



 「まずは、センターラインをどうするか…」



 慶太が呟くように言葉を発すると、仁は頷く。



 「そこが一番の課題なんだ。今の段階で固定できてるのは孝之だけ。セカンド、ショート、センターは毎試合のように入れ替えている。だけど、入れ替えばかりしていたら連携が深まらない。固定できるほど選手が伸びてくれたらいいんだけど…」



 仁は渋い表情を浮かべる。


 慶太は腕を組み、一つ息をつく。



 山取ベースボールクラブはセンターラインが長年の課題だった。毎年選手が加入するが、レギュラー獲得とまではいかず、ポジションの固定に悩まされていた。


 正捕手の孝之ですら、前年まで先発と途中出場を繰り返していた。


 

 「ミスが増え、それがバッティングにも影響を及ぼし、貧打に繋がった。まず、改善すべきは守備。そこを改善すれば、バッティングにも良い影響を与えてくれると俺は思っている」



 そう続けた仁は視線を慶太へ。



 「だからこそ、慶太にオファーを出したんだ」



 慶太の視線は仁へ。



 「後輩を強豪から『欲しい』と思わせる選手にまで成長させたお前の指導力を。そして、伝える力を買って」



 仁の目をじっと見つめる慶太。彼の目に映る仁の眼差しは真剣。


 話していたことは嘘ではない。それを確認した慶太は視線を孝之の背中へ。



 「キャッチャーとピッチャーは経験してないから、そのポジションに関して俺は何も教えることはできない。でも、内野と外野は経験してきた」



 慶太の横顔を見つめ、小さく頷く仁。



 「今の俺にできることはそれくらいだ。采配は指導する中で勉強していく。そしてそれをクラブ存続に繋げる」



 仁は目を閉じる。



 「有名な選手がいない。それがどうした。有名な選手がいれば必ず勝てるわけじゃないだろ」



 慶太はゆっくりと腰を上げる。



 「見てろよ…!」



 慶太のその言葉と同時に目を開けた仁。彼の目に映るのは戦場へと向かう兵士のような友人であり、監督、渡慶太の背中。


 慶太は選手の元へ赴き、言葉を交わす。その中で、一人の選手が慶太にアドバイスを求める。


 それに対し、慶太はこう答える。



 「相手バッターの特徴を掴むといいよ」



 慶太が贈ったアドバイスは大きな意味を持っていた。





 午後五時五十七分。飯処渡のドアを開けた慶太を笑顔で出迎える幹恵と男性従業員二人。そして、常連客。



 「おお、監督!」



 常連客の声に笑顔で応える慶太。


 それからすぐ、男性従業員、石川駿太いしかわしゅんたが水の入ったグラスを慶太へ手渡す。



 「お疲れ様です。どうでした?初日を終えて」



 駿太が問うと、慶太はグラスを右手で受け取り、喉を潤す。グラスの水を一気に飲み干し、一つ息をつく。



 「まあ、大変だが、とてもやりがいはある。選手の動きを見ていると。まだ、初日。ここから知識を深めていく。クラブを全国へ。そして、存続へ繋げる。それが俺の役目だ」



 駿太はグラスを受け取り、小さく頷くと、カウンター内へ戻る。


 慶太は料理を運ぶもう一人の従業員、手塚史俊てづかふみとしを見つめる。



 「史俊君も野球してたんだよね?」


 「ええ。でも下手ですよ。高校はずっと補欠でした」



 史俊と常連客の会話を耳に入れながら、慶太はふと呟く。



 「他の選手より劣っているからこそ、その選手を凄い選手に育てたいという気持ちがより強くなるんだ…」



 それからすぐ、幹恵が慶太の元へ。



 「運命だったのかもね。お父さんが指導者になること」



 その言葉で慶太は口元を緩める。そして、視線をあの席へ。


 丁度、空席のあの席。



 「あいつとの出会いもな」



 あの日、監督就任のオファーを運んできた仁が座ったあの席を見つめ、慶太が言葉を贈る。



 「絶対、クラブを全国へ導く。そして、存続させるからな…!今まで散々言ってきた奴らをぎゃふんと言わせてやろうぜ…!」



 店内の時計へ視線を向ける慶太。針はあの日、仁が飯処渡の訪れた時刻の六時丁度を指していた。

 

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