第4厄 かくし飴

 ごきげんよう、アビスです。


 此度の幸福者こうふくものは――、


 ――伊藤賢太郎さん。十五歳。

 【特徴】は、顔を覆い隠した長くて綺麗な前髪になります。


          *


 いつからだろう。

 俺は自分の醜さに気付いてしまった。


 一般的な容姿とは明らかに違う醜さ。

 気付いたら、俺の心には、闇よりも深い、真闇まやみがぐるぐると渦巻くようになっていた。


 こんな容姿だ。

 人は俺に近寄ろうとしない。

 居ても居なくてもどうでも良い存在だ。


 むしろ、俺なんていない方が良いんじゃないかとも思う。


 しかし、俺は別にそれで良いと思っている。

 

 俺は俺の顔を見られたくない。

 さらに言うなれば、俺という存在を見られたくない。


 神さま。

 嗚呼、神さま。

 どうかどうかお願いです。


 居ても居なくてもどうでも良い存在なら、いっそのこと俺の姿を見えなくしてください。


 いつか見た漫画のように、俺は〝透明人間〟になりたい。


          *


 透明人間に思いを馳せながら、気怠げに下校していると、俺は不審者と遭遇した。

 不審者は、顔にシックなペイントを施しており、その風変わりな相貌は、どこかおぞましい。

 身を包んだド派手な衣装からは、凡そ一つのことが窺い知れる。

 目の前の異常は、道化――ピエロを模しているようだ。

 警戒する俺をよそに、ピエロは慇懃な態度で一礼し、朗らかな笑みを浮かべる。


「うふふ。わたくし、魔法使いのアビスと申します。あなたにピッタリな、幸せの魔法ありますよ。お一つ如何ですか?」

「……魔法? 手品か何かのことか?」


 忽然と現れたピエロの意味不明な言動に、俺は鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。


「――透明人間。あなた、透明人間になりたいと仰っていましたね」

「は!? 何故それを……!?」

「細かいことはいいじゃありませんか。それよりも、もし良かったら、これをどうぞ」


 そういうピエロの手には、黒い小袋が握られていた。


「……それは?」

「この小袋の中には、〝かくし飴〟と呼ばれる、珍しい飴が入っています。奇妙奇天烈摩訶不思議ななその飴を舐めれば、あなたは透明人間になることが出来ますよ」

「そんな馬鹿な話、俺が信じると思うか?」

「信じるか信じないかは、あなた次第です。ただ、あなたは今のままでもいいのですか?」

「今のままって……」

「うふふ。それはあなた自身が一番よく分かっていることでしょう」


 ピエロは背筋も凍る不気味な笑みを浮かべる。


「……最後に、一つだけ警告をしておきます」

「なんだ?」

「かくし飴は、必ず舐め切ってください。途中で噛んでしまっては、絶対に駄目ですよ」

「途中で噛むと、どうなるんだ?」

「……そうですねぇ。きっとあなたは、××を保てないでしょう」

「え? なんだって?」

「リリカル☆マジカル☆パヤパヤパ☆」


 目の前で突如閃光が走る。

 目を開けると、そこにはもうピエロの姿はなかった。


「白昼夢でも見ていたのか俺は……」


 しかし、手にはしっかりと、黒い小袋が握られている。


「かくし飴……ねぇ……」


 訝しげに独りちると、俺は再び、ゆっくりと帰路に就いた。


          *


 その日の夜――。

 俺はベッドの上で、かくし飴と、にらみ合いをしていた。


「う~ん……。見れば見るほどに怪しいな……」


 かくし飴は、無色透明な――丸い形をした飴であった。


「本当にこんな飴なんかを舐めて、透明人間になれるんだろうか……?」


 得体の知れない奴にもらった飴。

 そんなのを食べるなんて、普通に考えたら、誰だって怖いに決まってる。


「まぁ、これで死んでも、本当の意味での透明人間になるだけか……。そう思うと、気も楽だな。……よし! 舐めてみよう」


 俺は恐る恐る、かくし飴を口に運ぶ。


「……味は普通だな。何というか、少し甘ったるい感じ」


 かくし飴を舐めてから、しばしの時間が経った。


「あのピエロが言ってたことが本当なら……」


 少々の期待を寄せながら、疑わしげに鏡を見ると、自分の身体が少しずつ透明になって行くのを感じた。


「うおっ! これは……!?」


 ピエロの言っていたことは本当だった。

 かくし飴を舐めてから、しばらくして、俺は透明人間となった。


「――やった! これで俺は誰にも見られない! もう劣等感を抱く必要もないんだ!」


 俺は欣喜雀躍する。

 そして、そのまま部屋を飛び出すと、一目散に外へと駆け出した。


「あははははははは! 俺は自由だ! 誰にも縛られない透明人間だ!」


 奇声を上げながら、家の近所を走り回っていると、目の前で車が通り過ぎて行った。


「おっと、俺の姿は相手からは見えないんだ。車とかには気を付けないとな」


 ふと冷静に我に返ると、俺は再び、夜の街へと駆け出すのであった。


          *


 ――翌日の朝。

 俺はまだかくし飴を舐め続けていた。


 不思議なことにかくし飴は、舐めても舐めても、無くなってしまうことはなかった。


「こんなに舐めても無くならないなんて、本当におかしな飴だな」


 ずっと舐め続けているなんて、正直とても面倒くさい。


 ――いっそのこと。


 〝食べてしまったら〟


 ふと、そんなことが頭に思い浮かぶ。


「俺はもう、ずっとこのままでいい」


 念願の透明人間になった高揚感から、俺はまともな思考回路じゃなくなっていた。


 そして、俺は――、


「あの時、ピエロが何か言ってたけど、いいや。もう食べちゃおう、この飴」


 不気味な笑い声を発しながら、俺は勢いよく、かくし飴をかじった。


 ――すると、


 頭から血の気が引いて行く感覚が俺を襲った――。


「――あれ? 何だか意識が遠のいていく」


 ちょ……、ちょっ、まっ……!!


          *


 ――おい。


 おまえはおれのすがたがみえるか――?


 おれはだれなんだ?


 もし、おれのすがたがみえるのなら――、


 〝おまえもおれのなかまにしてやる〟


 もし、おれのすがたがみえないのであれば――、


 〝おまえもおれのなかまにしてやる〟


 だれでもいい。


 〝お れ を み ろ〟


          *


 わたくしが彼に授けた――奇妙奇天烈摩訶不思議なかくし飴。

 それは、〝自我を希薄〟にする恐ろしい飴でした。


 うふふ、この世から消えたいでしたっけ?

 そんな思いは、あなたが〝人である限り〟不可能でしてよ。


 それだけ、人という生き物の〝業〟は、底無しの穴のように、とてもとても〝深い〟のです。


 自我が崩壊した彼は、いったいどうなったのでしょう――。


 わたくしと繋がっている、賢明な〝あなた〟には、もう分かっているかもしれませんね。


 ――彼は、

 うふふ、これ以上は言わない方がいいですね。


 お気を付けなさい。

 時に人は〝怪物〟となります。


 〝わたくし〟がそうであるように、〝彼〟も〝あなた〟も、みんなが〝そう〟なりる可能性があるのです。


 ――きっと彼は、


 うふふ。

 さぁ、どこにいるのでしょうね。


 おや、あなたの後ろに、〝誰か〟の息遣いを感じませんか?


 うふふ、まぁまぁ落ち着いてください。

 どうか決して振り返ってしまってはいけませんよ。


 この〝幻想怪談〟は、あなたを不幸にしつつ、まだまだ続くのですから――。

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深淵の魔法少女は世界の幸福をわらう 木子 すもも @kigosumomo

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