拳とダイナマイト
ファラドゥンガ
拳とダイナマイト
「山田さん!」
背後から突然の声、僕はびくりと肩を上げた。僕の苗字は確かに山田だ。だが世間に山田は八十万人くらいいる。きっと人違いだ。
「山田さんってば!」
肩をバシッと叩かれる。なるほど、思えばこの通りには僕たちだけ。そして声の主はきっとご近所さんの……。
振り返ると、やはり近所に住む主婦、安藤和子さんだ。
「ちょっと、人違いかと思ったじゃない。山田さん、お元気?」
「ええ、まあ」
安藤さんは近所でも有名なおしゃべりである。知り合いを見つけては、こうして所かまわず話しかける。クソ、面倒なことになった。
「聞いたわよ。山田さん、資格試験に合格したんですって?」
まだ親にも伝えていないのに、なんて地獄耳だ。
「いやはや、自分は運が良かっただけでして」
「何言ってるの!皆に自慢すべきよ!あたし、うらやましい!」
「ハハハ、恐れ入ります。それでは」
安藤さんは帰してくれなかった。立ち去ろうとする僕の腕を取ると、
「なんて言ったかしら、あなたの取得した資格。ほら、火薬取り扱いなんとかって」
「えっ?」
「火薬を扱えるのよね、確か」
そう言うなり、安藤さんは顔を近づけて、ひそひそ声で、
「それで、何を爆破する気?
安藤さんはなぜかその場でシュッ、シュッとシャドー・パンチを繰り出し、見えない何かと闘っているような
やれやれ、ここまでばれているなら、仕方がない。
「安藤さん」
「なに?山田さ……!」
彼女が絶句したのも無理はない。上着を脱いだ僕の姿は、大量のダイナマイトを上半身に巻きつけていたのだから。
「安藤さん。あなたのような気さくで優しい人が、どこでどうやって僕のことを知ったのかは分かりません。しかし、知っている以上、ただで帰すわけには——」
そのとき、ひゅっと、何かが頬をかすめた。僕は思わず目をつぶり、再び開けた時、身体に巻きつけていたダイナマイトがバラバラと足元に散らばり落ちた。
安藤さんは左脇を締めて、拳を僕の顔の前に突き出していた。よく見ると、彼女の手の内にガムテープが握られている。ダイナマイトを巻きつけるのに使ったものだ。
「あたしはね、うらやましいのよ」
安藤さんは静かな、しっかりした口調で言った。
「こんなおばちゃんの歳では、プロのライセンス取れないんですって。せっかく早く打てるようになったのにね。あなたは、まだ若いじゃないの」
彼女の拳が開き、ガムテープがふわりと、ダイナマイトの上に落ちた。彼女は僕の足元に散らばったものを、悲しそうに見つめていた。
僕にはそれだけで十分だった。
「自爆は、止めます……」
「そう!よかったわ!それじゃ、とりあえず」
物陰から、バタバタと機動隊員たちがたくさん現れた。
安藤さんは号令をかけるような大声で、
「確保ぉー!!」
彼女は、一体!?
とにかく、ご近所の情報網には要注意である。
拳とダイナマイト ファラドゥンガ @faraDunga4
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