第13話 消える復讐
しばらくして世の中では、「いじめそのものを撲滅する必要がある」という声が高まっていった。復讐の連鎖が社会に混乱をもたらし、被害者が加害者に、加害者が新たな被害者になるという悪循環が、社会全体にとっての警鐘となっていた。世論は「いじめ撲滅こそが根本的な解決策だ」という方向へと動き出し、教育機関や企業がいじめ防止のための施策を次々と打ち出すようになった。
草野は、静かに世間の動きを見守っていた。彼が目指した復讐が社会全体のいじめ撲滅運動へと変わり、やがて「いじめは許されない行為」という意識が浸透していく様子に、彼は確かな手応えを感じていた。
「これで…いじめはなくなるかもしれない」
草野の心には、かすかな安堵が広がっていた。自分の行動が社会に与えた影響が、やがていじめの根絶へとつながる可能性があると感じたからだ。だがその一方で、胸の奥には微かな違和感が残り続けていた。
テレビでは、学校や企業が「いじめは絶対に許されない」という方針を掲げ、内部でのいじめやパワハラの根絶に向けた新しい取り組みを発表していた。かつての草野のように声を上げられなかった被害者たちが、堂々と意見を言える社会を作ろうとする動きが、着実に広がりを見せていたのだ。
草野はその様子を、どこか安堵の気持ちで見つめていた。復讐を果たすことで、社会全体がいじめの根絶に向かって動き出したことに、自分の行動が意味を持ったように感じていた。
「これで、俺の目的は達成されつつあるのかもしれない」
その思いと共に、草野の胸の中にあった復讐の炎は、徐々に小さくなり始めていた。自分が期待した以上に社会が変わりつつあり、草野が抱いていた苦悩と憎しみが、少しずつ和らいでいくのを感じていたのだ。
草野は、自分が引き起こした復讐の炎が社会全体を揺さぶり、いじめに対する意識を変えるきっかけになったことを静かに実感していた。彼の心には、長い間抱え続けた怒りと憎しみの影がまだわずかに残っていたが、その重さは次第に和らいでいった。
遠くに子供たちの声が聞こえてきた。草野は視線を向け、笑顔で遊ぶ子供たちの姿を眺めた。彼らの笑顔には、いじめられることを恐れたり、怯えたりする影はまったく見えなかった。未来の世代が、いじめのない平和な日常を手にするかもしれない。そう思うと、草野の胸には一筋の安堵と共に、これまでにはなかった希望が芽生えていた。
「これで、いじめはなくなるはずだ」
そう心の中で確信すると、草野は静かに息をついた。社会が自らの行動を通じて変わり、未来の世代が同じような苦しみを経験せずに済むかもしれない――その希望が草野の胸を満たしていた。
自分の心に刻まれた過去の傷は、決して消えることはないだろう。それでも、この傷が無駄にならなかったと信じられるのなら、彼はこれから先も歩き続けることができる。草野はそう感じながら、目の前に広がる未来を見据えた。
しかし、「また、何かが返ってくるかもしれない」という一抹の不安は、再び草野の心を蝕みつつあった。それは、これまでの復讐を実行に移す時にはなかったものだ。
復讐は連鎖する。その連鎖は、誰にもコントロールできない。
草野は一貫してその当事者であり続けきたのだ。
「俺がやったことは正しかった…はずだ」
草野はそう自分に言い聞かせるが、その言葉が胸にしっくりと収まることはなかった。自分の復讐が社会に波紋を広げ、善悪の境界を曖昧にし、復讐の対象を超えて無差別に恐怖を与えたことに対する罪悪感が、草野の心を少しずつ蝕んでいたのだ。
「あいつらは、俺を許してくれるだろうか…?」
それが、草野がその時初めて感じた復讐に対する不安だった。
そして同じ頃、草野をいじめた者たちは、こう考えていた。
「草野は、俺たちを許してくれただろうか…?」
(終わり)
復讐の同窓会 馬宮いち丸 @ken1kawa
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