第12話 復讐の残像


 ある日、草野が公園のベンチで一息ついていると、見慣れた人物が遠くから歩いてくるのが見えた。かつての学級委員だった直樹だ。草野は驚きと共に彼の姿を見つめた。直樹の表情にはやつれが浮かび、目の下には黒いクマができている。かつての堂々とした学級委員の姿はなく、どこか怯えたような雰囲気が漂っていた。


 直樹は草野の前に立つと、深く息を吸い、ゆっくりとその場に膝をついた。周囲の視線も気にせず、彼は涙を浮かべながら静かに口を開いた。


「草野…、本当に…すまなかった」


 その一言から、直樹の声は震え、言葉を紡ぐたびに涙がこぼれた。彼は学級委員としての責任を果たすことなく、草野が苦しんでいる様子を見て見ぬふりをしていた。その事実が、今も彼を苦しめているのが草野にも伝わってきた。


「君がどれだけ辛かったか…俺はそれを知りながら、何もしなかった。自分が大事だったから、面倒ごとから逃げただけだったんだ」


 直樹の声には、重い悔恨が滲んでいた。彼の声は次第にかすれ、過去の自分に対する怒りさえ感じられた。涙を拭いもせず、何度も草野に謝罪の言葉を繰り返すその姿は、かつての無関心な学級委員とはまるで別人だった。


「俺があのとき、君を守る勇気さえあれば、こんな風にならなかったのかもしれないって…ずっと考えていた。ずっと…」


 草野の心の中で、複雑な感情が渦巻いた。直樹が過去の過ちをここまで悔やみ、謝罪をしてくるとは思わなかった。かつての復讐の対象であった人間が、こんなにも真摯に謝罪する姿を見せていることに、草野の心は揺れた。復讐を果たしていく中で感じていた憎悪と怒りが、直樹の姿によってほんの少し和らいでいくようだった。


 それでも、草野は何も言わなかった。謝罪を受け入れる言葉も、直樹を許す言葉も浮かばなかった。ただ、心のどこかで、復讐の意義について一瞬考えさせられる自分がいることに気づいた。


 草野は無言で立ち上がり、直樹に背を向けてその場を離れた。彼の心には、言葉にできない複雑な感情が残り、復讐への執念がどこか曖昧なものへと変わり始めていた。


 復讐の炎が全国に広がる中、その影響がさらに思いもよらない形で拡大していった。ある日、ニュース番組が伝えたのは「報復の連鎖が生んだ悲劇」だった。


 草野と同じようにいじめに苦しんでいたという男性が、かつての加害者に復讐を試み、加害者を追い詰めて自殺に追いやった。しかし次には、その加害者の家族がさらに復讐心を抱き、今度はそのいじめの被害者に対して同じ方法で報復を行ったのだ。いじめの被害者が加害者に変わり、そして残された家族も加害者になったのだ。


「報復が報復を生み、暴力の連鎖が止まらない――」


 ニュースキャスターがそう伝える声に、草野は静かに耳を傾けた。彼が始めた行動が、いじめの加害者たちを追い詰めるだけでなく、新たな復讐の連鎖を生み出していたのだ。しかも、その連鎖は止まらず、いじめがいじめを生む状況をも生み出していた。

「俺の目的は、自分をいじめた奴らに仕返しすることだったはずだ」


「いじめられたのは俺だ。俺は被害者だ。俺は悪くない。やり返さなければ、俺だけが不幸だ。泣き寝入りなんかするものか。相応の仕返しがなければ、いじめられた方が悪になるじゃないか!」

 自分が引き起こした行動が、予期せぬ方向に向かっていることに気づきながらも、草野は必死に自分を正当化しようとしていた。

「10やられたら10を返せばいいだろう。同じことだ。やったらやっただけ報いを受ける。やったもの勝ちの世の中に生きる価値はない。やられた者が馬鹿を見るのか?ふざけるな。」


 だが世間では、復讐が復讐を生んだ。復讐の連鎖は誰にもコントロールできない。草野は葛藤する。


「10に11を返したらどうなる?1だけまた俺のもとに帰ってくるのか?構わない。そしたらその分だけまたやり返してやる。」

 草野は自分の復讐を思い返した。そこに後悔はなかった。

「俺は十分に苦しんだんだ。俺は何も悪くない。俺は、俺がされたことをやっているだけなんだ。」


「復讐じゃない、ただの仕返しだ…」

 草野の葛藤は止まらない。彼は、自分が苦しんだことを思えば、仕返しは当然だと言い聞かせていた。

「そうだこれは仕返しだ。」

そう思うと、少しだけ心が落ち着いた。

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