第11話 制御できない復讐
復讐の炎が広がるにつれて、草野が感じる感情に少しずつ変化が生まれ始めていた。
ある日、草野はニュースで、かつてのいじめ加害者が自殺したという報道を目にした。彼は過去にいじめを行っていたことを告発され、社会的に追い詰められ、最終的に命を絶ったという。草野はそのニュースを見た時、最初は何も感じなかった。「いじめは人格の否定だ。殺人と同じだ。その報いを受けただけだ」と、自分に言い聞かせた。
社会の混乱はそれだけでは終わらなかった。個人的な恨みを持つ者が、さもいじめがあったかのように振る舞い、事実に基づかない誹謗中傷や脅迫が行われるケースも出てきた。交際を断られた女性に対する腹いせに「あの女はいじめの加害者だ」と個人情報や写真を晒すような例も枚挙にいとまがない。それらのアカウントには「報いを受けろ」「お前も苦しむ番だ」といった、見知らぬ人々からの怒りや嫌悪のコメントが大量に寄せられていた。その光景に、草野は一瞬、背筋が寒くなるのを感じた。元いじめっ子たちだけでなく、いじめに携わっていない者たちも、自分が濡れ衣を着せられないか、中傷を受けないかを恐れ、誰もが疑心暗鬼に陥っていたのだ。
草野の胸に何かつっかえるものが出てきつつあった。
その違和感を言葉にすることができなかったが、草野は何か腑に落ちないものを感じ始めていた。自分が広げた復讐の炎が、もはや自分の手に負えなくなっているのではないかという不安が、心の片隅に芽生えていた。成人式まで中止され、社会全体が恐怖に支配される状況は、確かに草野が望んだものではあったが、それがもはや自分が制御できるものでなくなっていることに、一抹の不安を感じていた。
「いまは何が起こっているんだ?」
草野は再びスマホを手に取り、SNSを確認した。「#いじめ加害者に報いを」というハッシュタグがトレンドに上がり、全国で次々と加害者が追い詰められている様子が報告されていた。模倣犯たちは、草野の手法をさらに過激にし、報復の対象を無差別に広げていた。草野自身が予想していなかったほどの広がり方だった。
自分が憎むべき加害者たちに対する復讐が、ここまで無差別に広がってしまうことを本当に望んでいたのだろうか。彼が始めた行動は、もはや草野の手の届かないところで、自らの意志とは無関係に、社会全体を狂わせ始めている。
草野は何度もSNSを見返したが、目に入るのは誹謗中傷や報復の報告ばかりだった。
画面を見つめながら、草野の心に焦りが広がった。
「もう俺の手には負えない…」
彼が広げた復讐の炎は、もはや彼の手の中で燃え続けているわけではなかった。無関係な人々が巻き込まれ、復讐の名のもとに無差別な攻撃が行われる様子に、彼は自分の復讐が社会に与えた影響を理解し始めていた。
草野は、内心で何かが揺らいでいくのを感じていた。復讐は成功している。そしてそれは草野が望んでいたことだ。それは確かだ。だが、その復讐の炎が無差別に燃え広がり、自分の手に負えない状態で進行していることが草野を困惑させる。
そう感じた瞬間に草野の胸に生まれたのは、復讐の快感ではなく、何か取り返しのつかない事態を引き起こしてしまったかもしれないという不安だった。次第に収拾がつかなくなる状況に、自分がどう向き合うべきかを考え始めていたが、草野にその答えは見つかっていなかった。
俺の復讐は成功している。一方で、社会では草野の知らないところで次々と報復が行われ、いじめに関わっていない人々に対する無差別攻撃が広がっている。その様子を、草野はただ見つめるしかなかった。
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