第4話 魔王と聖女

 山を越え、大地を駆け、風と共に走る。魔物の目を潜り抜け、いくつもの街や村を経由し、そして丸二日ほど掛けてミラグア聖国の首都・ヴァスカループへ。

 門兵と軽く挨拶をかわし、リリカはその足で聖女の居る聖堂へと急ぐ。


「ロニア、何処に居るの!?」

「リリカ……?」

「ロニア! ただいま、じゃなかった……大変な事になったかも知れない! どうしよう!?」


 聖堂で聖女である彼女と相対し、開口一番にリリカは魔王との会話を含め、自分の知りうる情報を彼女へと伝えた。

 ロニアが生きている事がバレた事、密かに魔族の戦力を削っていた事、リリカがスパイとして命懸けで魔王軍の情報を流していた事、そして『光の柱』の正体がロニアの神聖魔法だと言う事、その全てを。


「そう、全て知られてしまったのね。仕方ないわ、今後の作戦はそれを前提で考えましょう!」

「……ごめんね、ロニア」

「気にしないで。むしろリリカ、今まで有り難う。さぁ、ここまで来るのに疲れたでしょう? 奥のベッドでゆっくりと休んでちょうだい」

「ありがとう、そうさせて貰うね。何かあったら呼んで、直ぐに駆け付けるから!」

「えぇ、その時はお願いね」


 去り行くリリカの後ろ姿を見送り、聖女は聖堂の外へ出た。少しずつ復興してるとは言え、魔族から受けた被害は決して軽くない。

 人的被害こそ少ないものの、建物の多くは無惨に壊され、住民達は冷たい夜風に身を晒しながら眠っているのが現状だ。

 次にいつ攻めてくるか分からない以上、住民達の不安は募るばかり。中には、新たな英雄の登場を待ち望む声も挙げる者も珍しくない。


「一体、これからどうしたらいいのかしら……」





 同時刻、魔王はヴァスカループの手前にあるテムランの街で配下の魔族から話を聞いていた。ちなみにこの世界での魔物と魔族の定義は容姿に関係なく、知能があるかどうかである。


 言葉を話す事ができ、様々な事を考えられる存在を魔族とし、言葉を話す事も考える事も出来ぬ存在を魔物と呼ぶ。

 従って、同じ種族でも魔族と魔物が存在する。また、魔族は二足歩行が出来る者が多いのも特徴の一つである。


「報告ご苦労。貴様らは暫し休息を取り、体を休めよ」

「り、了解しました!」

「さて、我も本来の目的を果たすとするか」


 魔王がこんなわざわざ何も無い街に来たのには理由がある。一つは配下に詳しい状況を聞くこと、そしてもう一つは『聖女の殺害』である。


 神託は聖女にのみ、与えられる。

 既に世界中に英雄召喚の情報は共有されており、聖女を殺した所でどうにもならない。

 だがしかし、これから与えられる神託は別である。

 この世界にいる聖女と呼ばれる者はロニアだけ。彼女を殺せば神族からの余計な邪魔は入らない、魔王はそう考えた。


「ふむ。ここが《聖女》ロニア・センテがいると言う、ミラグア聖国の首都・ヴァスカループか」


 皆殺しする事は造作もないが、魔王が選択したのは魔法で人間に変身しての潜入だった。なぜ彼が潜入などと言う面倒な手段を取ったのかは不明だが、表情は不敵な笑みを浮かべている。


「目的を果たす前に人間の生活とやらを見てみるか。もしかしたら国の発展に役立つ物があるやも知れぬ」


 街中に入り、魔王は周囲の様子を窺う。戦時中だからか、外に居るのは鎧を纏った巡回中の兵士が多く見える。


「くそ、これでは兵を退かせた意味がないではないか!」

「あの、どうかされましたか?」

「チッ、貴様か……」


 この世界で唯一、神聖魔法を扱う事が出来る人間。神託を授かり、神の声を代弁する者。

 桃色のウェーブがかった髪、神を模したと言われる金色の瞳。

 魔王は小さく溜め息を漏らした。


「何かお困りですか? 私で良ければお手伝いをさせて下さい!」

「貴様に出会った事が『お困りごと』だ。こうなっては仕方ない、街を見て回るのは諦めるほかないな」

「それはどういう……」

「黙れ、神の犬ごときが口を開くな」

「えっ……?」


 次の瞬間、 ロニアの胸に抉り取られたように大穴が出来た。そして魔王の手には赤く、まだ身体と繋がっていると錯覚し、脈を打つ心臓。言わずもがな、彼女の物である。


「リリカが異変に気付いてこちらに向かって来たら面倒だ。さっさと退散し、証拠隠滅の為に殲滅させるとしよう」

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魔王、世界を支配する クロスケ@作品執筆中 @kurosuket

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