第3話 光の柱

《賢者》リリカが魔王の配下となり、半年。

 世界は魔王の意思に反し、均衡を保ち続けていた。突如、人間達が息を吹き返したのである。

 その勢いは凄まじく、魔王軍は圧倒的な戦力差なのにも関わらず、どうにも攻めあぐねていた。


「ゴーシュ、これは一体どういう事だ?」


 魔王は玉座に座り、目の前で平伏するミノタウロスへと視線を向けた。

 占領した街や村のいくつかは既に人間達に奪い返され、魔物達にも甚大な被害が出ている。狩る側と狩られる側、立場が逆転しつつある現在の状況に魔王は危機感を募らせていた。


「に、逃げ仰せた者の中には『光の柱を見た』と報告してくる者もおり、現在は更に詳しい状況を調査中であります!」

「そうか……では新たな事が分かり次第、我に報告せよ。報告ご苦労だった、下がってよいぞ」

「ハッ! ですが魔王様、その前にお耳に是非ともいれて置きたい事がございます。少しばかり、お時間よろしいでしょうか?」

「何だ、言ってみろ」






 ◆




「ほう、思っていたよりも強いな」


 玉座の間を後にした魔王が向かった先は闘技場だった。闘技場は魔族に取って神聖な場所であり、己の力を周囲に誇示する為の場所でもある。

 当然、ここに来るのは強さに飢えた獣達。強者を倒し、名声を手にしようとする者達が今日も命懸けで戦っている。


 そんな闘技場で、三ヶ月ほど前から連勝記録を伸ばし続けている者がいる。

 茶髪のサイドテールにライトグリーンの瞳。異界より英雄として召喚され、今は魔王の側近として人間達と相対する者。その名は──。


「見事な戦いだった。だが、魔法だけに頼っていては真の強者には程遠い。強くなりたければ、更に精進する事だ」

「肝に命じます。それを言う為にわざわざ私の所へ来てくれたんですか?」

「いや、今日はお前に話がある」

「話……?」

「単刀直入に言う。リリカ、お前が闘技場で戦い始めてから闘技場での死者数が一気に増えた」


 闘技場での死者数は以前と比べ、今は三倍近くにまで膨れ上がっている。その八割近くにリリカが関わってるとなれば、もはや言い逃れは出来ないだろう。


「案ずるな、ルールの範囲内だ。別にその事に関しては咎めはせぬ」

「じゃあ、何でそんな事を……」

「そこに我が軍の戦力を削ろうとする意志が無ければ、の話だがな」


 その瞬間、リリカの身体が石のように固まった。額からは冷や汗が溢れ、呼吸が僅かに荒くなる。


「四煌天すら欺く幻術とはな、我もすっかり油断していた。どうやら我自身、色々とお前を侮っていたようだ」

「何の事でしょうか?」

「それならハッキリと言ってやろう。お前はあの時、聖女を殺してなどいない。そうだな?」


 喉元に突き付けられた不可視の刃。実際には何も存在しないが、仮に一歩でも動けば、次の瞬間にはリリカの首と胴は《勇者》の時のように二つに切り離されていた事だろう。周囲は緊迫した空気に包まれていた。


「それに最近、我らの被害が顕著なのもお前が原因だな。魔族を謀るとはな、何とも恐ろしいヤツだ」

「私を殺すの?」

「殺しはせぬ、今はな。だが、お前をこのままこの場所に置いておく訳にも行かぬ。ただいまを以て、貴様は我が軍より追放する! どこへなりとも消えるが良い!」


 牢に閉じ込めても彼女の力なら簡単に脱出できる。監視の為に無駄な人員を割くのならば、最初から追放した方が賢明な判断と言える。

 魔王が下した判断は実に合理的だった。


 だが、この時すでに魔王は確信していた。

 そう遠くない未来に人間と言う存在に絶望し、少女が自らの意思で戻って来る事を。


「……魔王様」

「ゴーシュか、何の用だ」

「失礼ながら申し上げます。本当に殺さなくて良かったのですか? ご命令頂ければ、今からでも私が──」

「放っておけ。それより『光の柱』の正体が分かった。戦場にいる部隊は速やかに占領している街へと下がらせるようにアイゼンに伝えよ」

「ハッ、ただちに!」

「我はこれより英雄召喚を行ったミラグア聖国へと向かう。ゴーシュ、その間の留守は貴様に任せる」

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