第2話 英雄達の死
勇者の死は大々的に世界へと報じられた。
《勇者》と《魔剣士》と言う、二人の英雄の死に揺れる人類。人々の期待は残る最後の英雄である《賢者》の少女へと一手に注がれた。
「さぁ、絶望の始まりだ!」
そして彼女への期待が最高潮に達した
敵陣とは言え、突如として戦場へ現れた英雄の姿に沸き立つ兵士達。彼らは彼女が自分達の味方である事を信じて疑わなかった。
これで勝てる、これで魔物の脅威から救われる。彼らからは、そんな感情が見て取れた。だが、しかし──。
「……ごめんね」
現実はいつも残酷だ。
少女の一筋の涙が頬を伝い、地面へと落ちる。そして少女の小刻みに震える手で持つ杖が、かつての仲間だった兵士達に向けられる。
「エクスプロージョン」
次の瞬間、地響きと共に大きな爆炎が街の外で剣を構えていた兵士達を瞬時に消し炭へと変えた。欠片も、灰も、跡形すら残さず、それは全てを無に帰した。
「おやめください! 貴方はそのような事をするような方では無かったはずです!」
街の誰もがその衝撃に生命の危機を感じ、恐怖から逃れる為に家に閉じこもって息を潜める中、走って街門から戦場へと現れた女性が声高に叫ぶ。それは、今回の標的の一人でもある聖女だった。
「……本当にごめん」
指で涙を拭い、少女は聖女に杖を向けた。
「そうか、国王と聖女は死んだか」
「はい、確かにこのゴーシュが見届けました。間違いございません!」
「賢者の裏切りは直ぐに世界中へと知れ渡る。万が一にも寝首をかかれぬよう、皆に警戒を怠らないように伝えよ」
「はっ、かしこまりました!」
魔王の予想通り、彼女の裏切りは僅か三日足らずで世界を駆け巡った。世界は新たに《賢者》リリカを魔王に与する敵として認定し、彼女は瞬く間に非難の対象となった。
その頃、ランドラ帝国の帝都・リンドヴォルンでは《賢者》の暗殺計画が内密に進められていた。
「ただでさえ化け物みたいな強さだと言うのに、魔王に与するとは……くそ、これでは暗殺しようにも出来ぬではないか!」
前回の英雄召喚の際、神は聖女に英雄を召喚するにあたっての制限事項を伝えていた。
その一つが『召喚された英雄が一人でも生存している限り、新たに英雄召喚を行う事が出来ない』と言う制限である。
その制限のせいで新たに英雄を召喚する事が出来ない。
世界の意思は、魔王討伐よりも《賢者》リリカの暗殺へと少しずつ傾き始めた。
その夜、戦場から無事に戻って来た少女は魔王城の自分の部屋に隣接されたバルコニーの手すりに腕を乗せ、物思いに耽っていた。
西の果てにある山脈のこちら側は海と山脈に囲まれた閉ざされた世界。
城下の街では独自の生態系を築き、魔王の放つ瘴気によって更なる進化を遂げて魔物となった者達が楽しげな声を挙げている。
「眠れないのか?」
真下から声を掛けられ、少女は声の主を探した。そして見つけた、目立たぬように紫のローブを身に纏い、フードで顔を隠している彼の姿を。
「魔王、様……?」
「眠れないなら丁度いい。今から我に付き合え」
「えっ、何を……きゃぁぁぁ!?」
次の瞬間、魔王が人差し指を曲げたと同時に少女の身体が宙へと浮く。咄嗟に魔法を解除しようと少女が杖を構えるが、何度やっても魔法を解除する事は出来なかった。
「は、離して!」
「安心しろ、最初からそのつもりだ」
魔王はゆっくりと指を動かし、リリカを優しく地面に降ろした。そして懐から大量の金貨が入った袋を取り出し、彼女に見せびらかせながら言う。
「街の視察のついでに飲みに行く。お前も付いて来い」
「私、未成年なんですけど!」
「未成年……とは何だ?」
「前に居た世界では飲酒は二十歳にならないと飲んではダメと言う決まりがあるんです。だから、私はまだ飲めません!」
「ふむ、異界には変わった慣習があるのだな。まぁいい、酒以外にも飲む物はたくさんある。お前はそれを飲むが良い」
魔王は金貨の入った袋を懐へと戻すと、彼女に背を向け、夜の街へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます