霧雨の魔法使い
ある霧雨の日のことだった。夜は更け、空は雲に覆われていたが、時々顔を出す月のお陰か、辺りはそれほど暗く感じられない。ただ、常にもまして、冷え込みが酷かった。
頼りなさげに揺れるガス灯の光が、煉瓦の壁際にかろうじて温かそうな場所を作っている。
その僅かな空間に、一人の小さな客が来ていた。
夜色の上着を身に纏うその客は、ガラスの瓶を足元に置いて座り、膝に頭を埋めるようにして、大切な誰かが通りかかるのを待っていた。
……それから何時間経った頃だろうか。
静まり返った辻の向こうから、とある人物が姿を現した。
いつからか降り始めていた霧雨は、一向に止む気配がない。時々顔を出す月の光も、今は夜の寒さを強調しているだけだった。
そんな夜道を、丈の長い上着を着た人物が一人歩いていく。寒さのためかフードを深く被っており、表情はわからない。
とある辻を曲がったとき、突然、その人物は立ち止まった。少し離れた明かりの下に、うずくまる人影を見つけたのだ。顔は膝の陰になっているためによく見えないが、見ているとどこか親近感を感じる雰囲気の少年だった。
見えない力に引かれるように、丈の長い上着を着た人物は、その人影に近づいていく。そして、空っぽのガラス瓶を間に挟んでしゃがみ込み、声をかけた。
「……ねえ、きみ」
膝にうずめられていた頭が少し持ち上がり、くすんだ金髪の奥から澄んだ碧色の瞳がのぞく。少年は、目の前の人物を見ると、目を丸くした。
「魔法使い、さん……?」
最初、その人物は少年がなぜ自分のことを知っているのかわからずに困惑しているようだったが、しばらくすると俯いて、言った。
「……ごめんなさい」
いつの間にか霧雨は止んでおり、月の光はガス灯の光を超えんばかりに白く、明るく輝いて見えた。
魔法使いの一日 梣はろ @Halo248718
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