宵闇の魔法使い
魔法使いと少年が出会ってから、一週間が経った頃。
机で本を読んでいた魔法使いに、少年が声をかける。
「魔法使いさん。夜ご飯のパン、買ってくるね」
「うん、ありがとう。気をつけてね」
「うん。行ってきます」
小屋を出ると、辺りは夕焼けで一面真っ赤に染まっていた。水面に光が反射して、川はまるで黄金の糸のように輝いている。
少年は目を細めてその景色を見ていたが、ふとやるべきことを思い出すと、駆け足で街へと向かっていった。
日の暮れかけた街は既にガス灯で照らされており、分厚いコートを着た人々が、石畳の道を忙しなく行き交っている。
少年は急いで人混みを抜け、閉店準備を始めようとしていたパン屋に駆け込んだ。
「すみません、大きい丸パンを一つください」
少年が言うと、太った店主は無愛想に、大きな硬い丸パンを包んで渡す。
「はいよ、一ポンド」
「ありがとうございます」
少年はお金を払い、店主に笑顔でお礼を言う。そして、大切そうにパンを抱え、再び人混みの間を縫って帰っていった。
閉店を邪魔されて少し不機嫌そうだった店主だが、そんな少年の後ろ姿を見て、思わず笑みを浮かべてしまう。
それは、ガス灯に照らされる冬の街に相応しい、温かな光景だった。
少年が川岸の小屋に戻る頃には、あたり一面を染め上げていたはずの夕焼けも、すっかり姿を消していた。
川はタールのように黒く沈み、段々と濃くなっている雲の向こうで、中途半端に欠けた月がぼんやりと光っている。
「ただいま――」
少年は小屋に入ろうとして、動きを止めた。
「……魔法使いさん?」
暖炉には火が入っておらず、部屋の中は外と同じくらいに冷えていた。机の上に開かれたままの本が置かれているのが、窓からの月明かりで辛うじて見える。
ソファには――眠っている、魔法使いの姿。
「……!!」
少年は思わず小屋に背を向け、当てもない夜の街へと一目散に駆けていった。
また、霧雨が降り始めていた。
そして、少年が何の考えもないままに街を彷徨い、とうとうどこをどのように通ってきたのかさえもわからなくなった頃。
少年は、煉瓦の壁を照らすガス灯の下に、見覚えのあるガラス瓶を見つけた。
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