第3話 Numbers
気づけば硝煙の香りの中にいた。
「おい‼ 撃て‼ なぜ撃たない? 撃て‼ 撃て№……」
そこで目が覚める。
時折視る夢、俺の子供時代の記憶…遠い記憶。
引き金を弾くときには汗なんてかかないのに、この夢を視て目覚めると汗ばんでいる。
結局、一番怖いのは自分自身なのかもしれない。
シャワーで汗を流して無駄に広い庭を眺めながら冷えた紅茶を飲む。
俺のために用意された家、いや閉じ込めておくための広い箱庭だ。
この付近の家はすべて協会の人間だ。
全員が互いを監視しているような地域。
「牢屋と何も変わらないな…」
日本の夏は嫌な季節だ、少年の頃に暮らした中東とは違う。
俺の両親はNPO活動で中東に派遣されていた。
キャンプがテロリストに襲われ、数人の子供は弾除けの兵士として育てられた。
その後、内紛で組織は崩壊、俺は生きていくためにしばらくは傭兵部隊で暮らし、戸籍を売って密入国で日本へ戻った。
しばらくはヤクザのヒットマンとして飼われていたが、そのヤクザを抜けるために組を潰して逃げた。
野良の殺し屋になったが報復から追われる日々に疲れて協会に身を寄せ保護を頼んだ。
夢に視るのはテロリスト時代だ。
相手が武器を持っているのなら殺すに躊躇いはない…民間人を無差別に殺すのは何か違う。
その小さな良心が俺の心の中に未だに燻っている。
泣きながら引き金を弾いたあの時の俺が…。
死体を前に呟いた。
「あと何人殺せばいい?」
そこで目が覚める。
何のために引き金を弾くのか、今も解らない。
解らないから引き金を弾けるのかもしれない。
協会に入ってからは、特にそうだ。
野良の頃は、自分の正義があったように思う。
少なくとも選ぶことはできた。
今は…。
協会に入って最初の仕事は、とある企業のCEOだった。
簡単な仕事だった。
通りすがりに引き金を弾けばいいだけ秒で終わる仕事。
報道でCEOの葬儀の様子が流された、そのときに彼の孫が涙をこらえて棺桶を見据えるような姿に、あの時の自分を重ねた。
両親の死体を見ていた自分にだ。
仕事を終えると、とある男の前に連れていかれた。
「まだ若いな…いやそう聞いていたが…思った以上に幼い顔だ」
日本人は幼く見えるらしい。
男の顔は暗くて視えない、俺だけが広い部屋でスポットライトで照らされている。
しかし、そこにいることは間違いない。
気配は感じる。
音声だけではない。
そこにいる。
「声で位置を探れるのか? それとも気配か?」
男は愉快そうに笑った。
「気に入った面倒をみてやろう…そうだな経歴は調べさせたNo36か……サブロー?いや…弥勒でいいな」
まるで飼い犬に名を与えるような感じで俺は、この夜から『弥勒』となった。
「名前なんて…記号みたいなもんだ」
今でもそう思う。
だが俺は…俺の名は…。
もう2度と呼ばれることのない幾度も上書きされた名前。
もう、あの時の両親の歳を超えた今、その名に意味はない。
ただ記憶に、こびり付いた錆みたいなものだ。
時折、巡る思考に雑音を響かせるだけ。
そんな夜に、あの夢を視る。
結局、今も『No36』のままということだ。
シャワーを浴びてガレージでキャンディレッドのS-30を眺めながら煙草の煙を燻らす。
紫煙の向こうの車は現実、俺と車の間で揺らぐ煙こそ今なんだろうなと思う。
酷く危うい、すぐに消える煙。
殺し屋なんて最後は消されるだけだ…。
長いこと飼われている、今まで始末されていないことが異例なのかもしれない。
長いこと、こんなことを続けていれば時折、他の殺し屋とすれ違うこともある。
教官まがいのことを頼まれることもある。
何を思って、こんな世界に入ってくるのか?
俺には理解できない。
一度、首輪を付けられれば自分では外せない。
首を落とされない限りは…。
煙草の吸殻を灰皿に捨て、地下で銃を手入れする。
不思議と、銃をバラシて組み上げていると落ち着くのは不思議だ。
組み上げた何丁かの拳銃を撃つ。
使い慣れた銃とそうでもない銃とでは命中精度が変わる。
オートマチックは好きじゃない。
連射でブレる。
戦場じゃないんだ、数撃てばいいってもんでもない。
少ない弾で仕事を終えれば掃除屋も楽だろう。
硝煙の匂いを纏ったまま俺はS-30で海岸沿いを走る。
窓を開け放ち風を車に送る。
海風に満たされた車内。
海の香りは気持ちが沈んだときに嗅ぐと死臭に近いような嫌な気持ちにもなる。
今日はそんな気分だ。
あえて車内を海風で満たして深呼吸する。
死に囲まれている、現実を忘れないようにだ。
車から降りて煙草に火を点ける。
正直、煙草の銘柄なんてなんでもいい、煙がでてればそれでいい。
美味いと思うこともない。
血と硝煙…そして死をかき消してくれればそれでいい。
殺されるような奴も…殺す奴も救われねぇ。
誰も救えねぇ…殺したとて依頼主を救ったなんて思えない。
「弥勒菩薩…そんな大層な名前は皮肉なだけだ…」
『マイトレーヤ』慈しみの意なんだそうだが、俺とは真逆じゃねぇか。
誰にでも、そう目の前の海で遊ぶ子供にだって俺は依頼があれば銃口を向ける。
死んで救われるなんてことはない。
生きて報いを受け死んで救われる…そんな簡単なもんじゃないだろ?
開けっ放しの窓から漏れる着信音
PiPiPi…使い捨ての携帯が鳴っている。
「ミロク…仕事だ」
俺はまだ人殺し…死んで救われるのは俺みたいな奴だけだ。
「あと何人殺せばいい?」
Barrett 桜雪 @sakurayuki
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