第2話 Tattoo
一生消えない傷。
誰の身体にも小さな傷はあるだろう。
大した怪我でもなかったのに傷跡だけは残っている…傷っていうのはそういうもんだ。
その傷がついた理由を覚えていなくてもな。
………
「始末をお願いしたい…」
協会のサイトに依頼が入る。
当然、すぐ請けるわけではない。
依頼主の素性、動機を念入りに調べ、依頼内容の信ぴょう性で判断する。
協会で雇っている殺し屋は極めて少なく、時に入れ替えもある。
入れ替え…当然、殺される側に回るということだ。
依頼主は女性、教会のシスターである。
裏では裏金の資金洗浄を生業としている。
顧客は多数、ターゲットは、その顧客の一人…どうやら尻尾を捕まれかけているらしい、その前に始末したいとのことだ。
表向きはジムを経営している女社長、脱税だけで満足していればよかったようなものを反社の男に惚れてクスリの売買に手をだした。
警察がクスリで逮捕するだけなら構わない、しかし脱税まで露見すれば自分の身も危うい…捕まるだけならまだしも、命ですら危ういということだ。
シスターの顧客は、そういう輩も含まれている。
いや…大半といってもいいのだろう。
2週間、調査に費やし協会は、この依頼を請けた。
シスターが出した条件がひとつ
「彼女の身体には金庫のキーとなる数字が彫られている…だから身体には傷を付けないで遺体を引き渡してほしい開錠後に遺体の始末も頼みます」
………
PiPiPi…使い捨てのガラケーが小さく音を立てる。
「ミロク仕事だ」
協会に属している以上、仕事は選べない。
まぁフリーでやっていた頃から俺は主義者ではない。
ただ…自分で選ぶことはできた。
今は、選ぶこともできない。
いつものように寂れた駅の錆びついたコインロッカーに向かい、依頼内容を読み、ターゲットの写真を頭に焼き付け、灰皿で焼却処分する。
前金を助手席にポイッと置いて家に戻る。
期限は1週間、依頼内容に、ここ2か月のターゲットの行動が細かく書かれていた。
判で付いたような生活を送っている者、無作為に行動する者、人それぞれだが、今回のターゲットは生真面目なようで安心した。
始末する日時が絞りやすい。
遺体の処理は別班がやる、俺は始末するだけだ…できるだけ速やかに静かに荒らさずに…。
ただ…今回の依頼は条件がひとつ付いていた。
『身体に傷をつけないこと』
ヘッドショットで仕留めろということだ。
「なぜ?」そんなことは考えない。それが雇われの殺し屋というものだ。
家に帰りS-30にワックスをかける。
特注のキャンディレッドのBODYに小さな傷がつくことも嫌だ。
乗らなければいいって?
いや…乗ってこその車だろ?
傷をつけるのが嫌なんだろ?
そうさ…大切なモノだからこそ飾るだけじゃ満足しないものだ。
矛盾しているのが人間の愛ってものだ。
ガラケーから俺は仲介人に電話を入れた。
「水曜日、午後10時…ジムから出た時に始末する…」
「了解した…」
俺はガラケーを小さなプレス機で潰した。
3日後の水曜日、俺はビルの屋上にいた。
念のためドアが開かないように外側からノブを固定し窓も塞いだ。
『レミントンM24』を三脚に固定しスコープに目を当てる。
ボルトアクション式で1発撃つと次弾を手動でセットしなければならないアナログな銃だが命中精度は信頼できる。
俺からすれば長距離というほどの距離でもないのだが、頭部を1発で仕留めるとなると距離より命中精度が求められる。
有効射程700m このビルからジムの従業員出入口までの直線距離は目算で300mほど軌道上に障害物はなく、側頭部を撃ち抜けば頭部以外は破損しないだろう。
頭部は…原型を留めないだろうが。
狙えるのは20秒もない。
ターゲットがカギを掛け終えてから大通りに出るまでの30mほど歩いている的を狙撃する。
ドアを閉める前だと血や吹き飛んだ骨肉の始末が面倒になる。
何よりセキュリティに通報が入る危険がある。
施錠後、コレは絶対条件だ。
「戦場で向かってくる相手を撃つ方が楽だ…」
ポツリ…ポツリ…
まさか?
雨が降り出した。
俺は思わず舌打ちした。
傘をさされると頭部が見えなくなる。
雨は激しく降ってきた。
「ダメか…」
時間もない…
俺はライフルを置いたままビルの非常階段を駆け下りた。
ターゲットは施錠を終え傘を開いた。
俺は小走りにターゲットに近づき、すれ違いざまに側頭部にデリンジャーを突き付けトリガーを弾いた。
激しい雨音で銃声はかき消され、ターゲットは膝からガクンッと崩れ落ちた。
間髪入れず数人の処理班が遺体を袋に詰めワゴン車に積み込んだ。
一人の男が俺に近づいてきた。
他の男は手際よく路上の痕跡を消している。
「ご苦労様…ギリギリでしたね」
イントネーションに嫌味を含んでいた。
「向かいのビルの屋上…ライフルの回収も頼む」
「了解…」
俺はコートを頭から被り大通りに出ようとした。
「ミロクさん…コレどうぞ」
男は俺にターゲットが広げた傘を差しだした。
派手な柄の傘だ。
「冗談だろ?」
「フフッ…」
男は楽し気に笑い傘をたたんでワゴン車に放り込んだ。
「雨の日はいい…掃除が楽だ」
そう言うと軽く会釈してワゴン車の助手席に乗って走り去った。
俺はバス停で雨宿りしながら煙草に火を点けた。
紫煙がフワリと揺れて消える。
「いずれ俺も、あいつ等に掃除されるのだろう…」
この紫煙のように香りだけ残し消されていく。
その香りさえいずれ…。
俺の指先に1点の血痕、俺は雨で指を洗いコートで拭った。
コンビニでビニール傘を買って歩いて家に帰った。
S-30は明日取りに行こう、シートを濡らしたくない。
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