Barrett

桜雪

第1話 弥勒

 広いガレージにキャンディレッドのS30、その下に潜り込んでカチャカチャと慣れた手つき工具を動かすオイルで汚れた白いツナギの男。

 ガレージの床に置かれた使い捨てのガラケーに手を伸ばす、と同時にPiPiPiと小さな着信音、解っていたようなタイミングで着信ボタンを押してガラケーを耳に当てる。

「……ミロク、依頼だ」

 男は無言で電話を切り、S30の下から出て身を起こしガレージの隅に置いてある小さなプレス機でガラケーを潰してガレージから家の中へ戻った。

 汚れたツナギを洗濯機に放り込み、シャワーを浴びる。

 白髪が目立つ髪、細身の体躯にはいくつかの傷跡、弾痕と思しき跡もある。

 安いスーツを纏いガレージからS30で出ていく。

 2つ隣の市、さびれた駅前に置いてあるコインロッカーを開ける。

 札束が2つ、その上にメモとポラロイド写真が1枚。

 男はその場でタバコに古いジッポで火を点け吸いながらメモを読み、写真をジッと見つめる。

 タバコを吸い終わるとメモと写真に火を点け凸凹に歪んだ古い駅の灰皿に捨てた。

 S30に座りキーを回すとボソリと一言呟いた。

「自分の手でね…」

 大きくため息を吐き男は自宅へ戻った。


 翌日、高速を走るキャンディレッドのS30、車の助手席には20歳前の少女が腰かけていた。

「あの…」

 少女は男に話しかけようとしたが男は少女の言葉を遮るように、こう言った。

「後悔はないんだな?」

 数秒の間を置き少女は答えた。

「…はい」

 男はスーツの内ポケットから小さな銃を取り出し掌に乗せて少女に渡した。

「銃?なんですか」

「デリンジャー…弾は1発、それで頭を撃ち抜けばいい…俺のことはミロクと呼べ…呼ぶことがあればだが」

 少女は男から渡された小さな銃の引き金に恐る恐る指をあてた。

 ゴクッと唾を飲み込み銃を膝に置いた小さなバックにしまった。

 横目でチラリと見ていたミロクは正面を見ながら静かに口を開いた。

「アンタの父親は、妻と娘を奴に売った…」

 ミロクの言葉に一瞬ビクッと体を強張らせた少女がミロクの話を遮った。

「そして父は殺されました…だからなに‼」

 少女の荒げた声にミロクは一呼吸おいて話を続けた。

「連中のような輩に家族を売った父の復讐なんて意味があるのか?」

「違うわ‼ 私の復讐よ…自分のための…復讐」

 ミロクがチラリと横目で少女を見ると、その眼には涙が浮かんでいた。

「そうか…ならば遂げるのだな、自分の手で…な」


 田舎町に似つかわしくない白く高い壁に囲われた屋敷、海岸沿い建てられ周囲に他の家はない。

 このあたり一帯の土地を所有しているのだろう。

 誰も近寄らなそうな屋敷には不自然なほどにカメラが備え付けられている。

 その屋敷の前に堂々とキャンディレッドのS30を停めた。

「後戻りはできないぞ」

「えぇ…」

 2人は車を降りて正面玄関の前に立つ。

 呼び鈴を鳴らす前に強面の男が数人、2人の前に現れた。

「なにか……」

 パシュッ…

 威圧するように言葉を発した男の額に穴が開いた。

 パシュッ…パシュッ…

 続けて2発、サイレンサーに抑えられた銃声が小さく鳴り、3人の男が倒れた。

 無言で屋敷に歩を進める男の後を追う少女。

 そのまま屋敷の中に入り静かに銃を放つ度、バタバタと死体が転がった。

 イージーモードのゲームのような光景、どこか現実感が失われた光景に少女は恐怖を感じていた。

「誰だ?」

 奥の寝室、窓のない部屋、ドアとベッドの間にはガラスが張ってある。

 パシュッ…カィンッ…

 ミロクが放った銃弾をガラスが弾いた。

「ハハッ…ハハハ…そんな豆鉄砲では傷もつかんよ」

 防弾ガラスの向こうで一瞬たじろいたはずの小太りの男が笑う。

 ミロクは無言で上着の内側からリボルバーを取り出す。

 コルトパイソン、357マグナム弾を6発装弾できる命中精度の高い銃だ。

 片手でスッと構えて引き金を弾く。

 ドンッ…ビキッ‼

 防弾ガラスに小さく蜘蛛の巣のようにヒビが入る。

「ハハッ…貫けんよ、バズーカでもなけりゃなぁ‼」

 ドンッ‼…ドンッ‼…ドンッ…‼

 続けて3発

「まさか…」

 ヒビがどんどん広がる。

 ミロクのはなった弾丸は寸分のズレなく同じ場所にHITする。

 ドンッ‼…ガラッ…ガラッガラッ‼

 分厚い防弾ガラスが砕けて床に散らばった。

「……ひっ‼」

 小さく悲鳴を上げる小太りの男。

 ベッドから転がり落ちた男の額にコルトパイソンの銃口を当て、ミロクは少女のに話しかけた。

「撃て…」

 少女は思い出したように小さなバックからデリンジャーを取り出し男に近づき額に突き付けた。

「アンタに犯された場所…母も…私も‼ココで‼」

 少女の頬を大きな涙がつたい床に落ち絨毯に吸い込まれた。

 少女の人差し指がピクリ…ピクリと動くたびに男の瞼がピクリと動く。

「一つだけ言っておく…」

 ミロクは銃を男に突き付け男から目を逸らさずに少女に話しかけた。

「その引き金を弾けば、アンタは俺と同じ場所に立つ…俺は依頼があれば誰でも殺す、そこに善も悪もない、事情にも興味はない…だが復讐で引き金を弾いたことはある…弾けば後戻りはできない、俺がそうであるように…その覚悟があれば弾け、最後の選択だ」

 数秒間、静かに時が流れ、少女の人差し指が引き金から離れた瞬間。

 ドンッ‼

 ミロクは男の心臓を銃で撃った。

 ビクンッ…男の体が後方に弾かれグタリと死体に変わった。

 ミロクは少女の手からデリンジャーを取り上げポケットにしまった。


 S30に戻り助手席に座ると同時に少女は大きな声を上げて泣いた。叫ぶように…。

 ミロクは無言でエンジンをかけた。


 1週間後…

 あのコインロッカーの中に札束が3つ、そのうえにポラロイド写真が一枚置いてあった。

 ミロクはタバコに古いジッポで火を点け紫煙越しに写真を見てフッと笑った。

 タバコを吸い終わると灰皿に火を点けた写真を放り込みS30で去っていった。

 緑色の炎にゆっくりと焼かれていく写真には、友達とキャンパスで笑う少女が写されいた。



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