6.さらば悲しき人よ(アロキュス)
公立の市民ホールは、休日のわりに、人が少なかった。別館で特別展、外庭で室内楽をやっているから、一般市民は、そちらに集中していた。
それでも人が多い所に、罠を仕掛けるのは、本来は避けるべきだ。だが、ローデサの市民ホールには、ローデサで唯一、チューヤの外貨を扱う、ラッシル国際銀行の窓口がある。クラマーロは、ここにやってくる。いろいろ計らって、そう仕向けた。
そして、必然のようにそうなった。
「動くな!待て!」
ナドニキが叫ぶ。僕はホイッスルを二回吹いて、表のサンスキー部長の部隊に合図を送る。
ジョゼの銃が火を吹いた。追尾効果のある弾は、弧を描いて、クラマーロに命中した。
※ ※ ※ ※ ※
クローディアさんが亡くなって一年たった時に、クラムール家の信託財産のうち、クローディアさんの分は、親の遺言に従い、クラマーロの物になった。受け取れるのは、相変わらず利息だけだが、クローディアさんに対する殺人については、奴は無罪なので、相続権はなくならなかったからだ。とはいえ、受け取りに出向けば、その場で逮捕だ。
その他については、クローディアさんは、生前、遺言状を作っていて、結婚してもしなくても、財産をジョゼに残していた。ジョゼは、最初は放棄しようとしていたが、放棄したらクラマーロの物になるかもしれないと、グリーム先生に言われて、相続した。
このお金で、奴を誘き出せれば、と考えたが、そう簡単には行かなかった。クラマーロは譬え馬鹿でも、一度捕まりかけているから、用心する。新聞広告の手はもう使えない。奴はあちこちで足跡を残したが、いつも旨く掻い潜っていた。
プランを検討している所に、一つの知らせが来た。ジョゼの幼馴染み、つまりはクラマーロとも同郷のランスロさんが、王都でクラマーロを見掛けた、と言うのだ。
ランスロさんは、実家のパン屋とレストランを継ぐべく、最初はクーベルで修行していたが、その時は王都の料理学校にいた。彼の母は、本場クーベルで一、二を争う有名な菓子職人の娘だ。若い頃、父親の弟子だった男性と、彼の郷里に駆け落ちした。彼の腕がそれほどでもないので、反対されたからだった。息子のランスロさんを修行に出す時点で、一応、和解したのだが、ランスロさんは、厳しい祖父の教えに、根を上げてしまった。元々、家を継ぐための修行より、都会に出たいという気持ちが強かったかららしい。
ただ、彼は、地元に婚約者がいたので、彼女と結婚して、店を継ぐ意志はあった。
それで、まず、もっと原点に帰って学んでは、という話になり、王都の料理学校を受験した。落ちれば故郷に回収され、婚約もどうなるか、と言う中、特訓して、合格は勝ち取った。
その王都暮らしの中、休日に友人達と出掛けた時、クラマーロを見た。王都の「訳あり通り」の、ある屋敷に入る所だった。
「訳あり通り」は、貴族や富豪の「別宅」の集中する通りだ。通常の繁華街とは離れていて、一応住宅街なので、何故ランスロさんがそんな所にに出入りしていたかは、最初は謎だった。実は、通りには、別れた「出資者」から、屋敷を貰った女性が、個人的に運営している「夜のサロン」がいくつかあり、ランスロさんは、たまに出入りしていた。婚約者のいる手前、共通の友人であるジョゼには、一定以上詳しい話をしたがらなかった。ジョゼは、
「ギゼラ(婚約者)には黙っておくから、正確に話してくれ。」
と言って、あらかた引き出した。(ランスロさんの細かい事情は、その時に聞いた。)
そういったサロンは紹介制か会員制だというし、普通の料理学校の学生に、そんな金とコネがあるのは意外だったが、同期に、学校に出資している、メイストン男爵が後見をしている男性(庶子らしい)がいて、ランスロさんは彼の取り巻きらしかった。
クラマーロが入っていったのは、トスカンシャ男爵という地方貴族の屋敷だった。ランスロさんが足しげく通っていた館は、三軒離れた、同じ通りになる。屋敷には、よく若者が集まっていた。ランスロさんは、
「そいつらは、雰囲気が何か違うんで、ティオ(メイストン男爵の縁者)に聞いたら、
『いわゆる懐古趣味な政治サロン、というやつだ。まあ、俺は関わりたくないね。王様に不満はないし。爺さん世代のやるこった。』
と言ってた。毎日…仮に、俺達が毎日、訳あり通りに通ったとすると、その屋敷に、人が集まって、賑やかにしていたのは、週に一回程度の頻度だった。奴を見掛けたのは、人が集まっていない、静かな日だった。最初は自分の目が信じられなくて、見間違いだと思うようにしたけど、気を付けてたら、また静かな日に、玄関先で誰かと話していた。しばらく話してから、中に入ったから、横顔をじっくり見た。
あれは、クラマーロだ。」
と説明した。
クラマーロが旧い政治に関心があるとは思えないし、借り主の男爵との関係もわからないが、国際指名手配が堂々と王都をうろついている事、僕達には、それだけで充分だ。
本来なら、ここで王都の警察に連絡を取り、手順を踏んで捕り物に構えるべきだ。だけど新任のサンスキー部長が、秘密裏にやることを決断した。
丁度、イシアの祭典で、国王陛下だけでなく、重要人物がこぞって都を留守にする。王都の警察は、その対応に追われているし、直ぐの全面協力は渋るだろう。貸し主の男爵の調査を先にしたがるだろうが、偽名かもしれない物に無駄な骨折る時間が惜しい。調べても、恐らく大したものは出ない。ランスロさんが偶然にも王都にいるわけだから、ジョゼが友人を連れて休暇で会いに行った時に、偶然見掛けたという設定で、捕まえてしまおう。
サンスキー部長の計画は、こういうことだった。
ランスロさんは、休暇は故郷に帰る予定だったが、「友人が王都に来るから。」と、学校に残留届けを出してくれた。
この作戦は旨く行くはずだった。ランスロさんも、クラマーロには、色々と恨み辛みがあるらしく、喜んで協力してくれた。ジョゼと僕、ナドニキは、期待に満ちて旅支度をした。
だが、この旅は、実現しなかった。
クーデターが起きたからだ。
ランスロさんは、この時に行方不明になった。彼だけではなく、友人のティオさん含む数名もだが、彼らは、間もなく見つかった。騎士の友人について、ヘイヤントに逃げていた。ティオさんは、
「騒ぎになった時は、ランスロも一緒だったように思うが、王都から逃げ出す時には、見た記憶がない。」
と言った。
ここから永らく、捜査は中断した。クーデターは、タルコース領までは波及しなかったが、隣のクロイテス領では、騎士団長でもある伯爵が、しばらく行方不明だった事もあり、暴動が飛び火した。プラティーハのお屋敷の庭に乱入した一団が、旧い聖女コーデリアの彫像を破壊してしまった。だが、王都と異なり、地元の連中だったせいか、それで頭が冷え、直ぐに解散して収まった。
ジョゼは、ランスロさんの事があるから、暫く故郷に帰っていたが、間もなく復帰した。僕たちの当面の任務は、タルコース家が取った、避難民の受け入れ対策の補助だった。
タルコース領までやってくる人達は、たいてい地元に知己がいるから、身元はしっかりしていた。クラマーロがどさくさに紛れて、戻ってくるかもしれないと思って、身元紹介は念入りに行った。たが、該当者はいなかった。
捜査本部が本格的に再結成されたのは、クーデターから、一年以上後だった。タルコース伯爵は、クーデター前は、最優先で予算を回してくれていたが、クーデター後は、そうは行かなかった。ハムズス副署長補佐も働きかけてくれていたが、簡単には行かなかった。軽視されていた訳ではないが、伯爵様には、課題が山ほど増えたからだ。サンスキー部長は、最近多発している、誘拐や誘拐未遂事件も調べ、奴の手口との共通点を挙げて、説得材料にしていたのだが。
このまま、立ち消えになるのでは、と一時は危ぶまれた。だが、ラッシルの国境近くの港街サイベリア(小規模な貿易港だが、クーデター後から急速に発展。一番近い都市はコーデラ側のシラル。)で、ソニア・レイミルという、女子学生が襲われた。彼女は、小柄だったが、格闘技をやっていた。物盗りと思い、技を掛けて、犯人を取り押さえようとした。しかし、横からウィンドカッターを撃ってくる者に阻まれ、逃げられた。
勇敢なソニアは、犯人の顔を見ていた。指名手配のクラマーロに似ていると気が付き、通報した。
再結成の運びになったとはいえ、クーデター後の混乱で、有益な情報が集め辛く、一進一退だった。シラルの学校を卒業したソニアが、新人として加わったり、新しい展開はあるにはあったが。
ジョゼは、以前の予定通り、金で誘き出す作戦をやりたがったが、どこにどういう仕掛けをしたら、クラマーロが引っ掛かるかは、課題だった。
しかし、ある時、いきなり、匿名の手紙が捜査本部に届いた。細かい丁寧な文字で、外国人が書いたような、かっちりしたコーデラ語で書いてあった。
手紙の主は、自分は、港湾都市のタンブルで、さる裕福な人物に仕えているが、雇い主が正体を知らずに、クラマーロを雇っている、という書き出しで始め、今のうちに捕まえてくれ、と終わっていた。
クラマーロは、雇い主や同僚には、シィスンに移民して土地を貰って落ち着くために、旅費を稼いでいる、と説明していた。何の仕事をしているかは書かれていなかったが、ラッシル国際銀行に偽名で口座を持っていた。
そこに金を貯めているが、必要な分には少し足りない程度には貯まったようだ。奴は、雇い主のお伴の一人として、タンブルを拠点に、あちこちを行ったり来たりしている。
たまの休暇に、ローデサにいる「親戚」の所に行く。ローデサでは、まだ新たには何もしていないようだが、以前、シラルで事件が起こった時は、雇い主はポルトシラルに用事があって、一日滞在していた。
手紙には、この他、行方不明事件と滞在先が、いくつか上げてあった。仕事場での奴の偽名が「マールー・クラムリ」であることも。
皆は、これに色めき立った。クーデター前に計画していた、金で釣る手が使えると思ったからだ。
しかも、当時は、クーデターの影響で、シラルなど、一部の隣接地域を除き、ラッシルとコーデラの行き来は、やや厳しくなっていた。特にシィスンまで行くには、エカテリンの転送所から乗り継いでクーベルに行くか、タンブルの港から、ナンバスに向かい、シィスン近郊の港に行くルートがあるが、それぞれ、クーベルかナンバスの管理所でチェックされる。
シィスンに網を張る計画が立てられたが、僕とジョゼは異議を唱えた。ジョゼは、クラマーロがシィスンを目指す、というところを疑っていた。シィスンは、狩人族との歴史的経緯から、コーデラ領ではあっても、王家への反発の強い地域だ。逃亡者が身を隠してしまえば、確かに見つけにくい。
だが、これは、見知らぬ土地で、「真面目に」やり直そうと考えた場合の利点だ。奴にはそんな精神はない。そういうのは、わずかにでも、殺人に罪悪感のある、普通の人間の考える事だ。恐らく犯罪は継続するはずだ。
しかし、シィスンで、大都市と同等の犯罪をやったら、余所者のクラマーロは、多少証拠不足でも、直ぐに捕まる。さらに、奴は故郷の農家や牧場の人達を、たとえ豪農でも、見下していたそうだ。農地を貰っても耕さない移民なんて、犯罪をやらなくても怪しまれる。
ジョゼは、シィスンよりはラッシル側のほうが捕まえやすいと考えていた。彼は、奴はラッシルを出る気はないだろう、と考えていた。
ただし、以前、ラッシル警察の不手際で取り逃がした事があったため、クーデターの混乱を加味しても、出来ればコーデラ側で、という気持ちが、皆にはあった。
僕もシィスンは疑っていた。ただし、ジョゼとは反対の理由だ。僕は、クラマーロは、もっと遠くに、例えばシュクシンかチューヤに逃げるつもりでは、と考えた。確かにシィスンでは、狩人族の子孫には、土地を与える制度があるが、クラマーロは狩人族ではないからだ。
奴には資金源があることは確定だと思う。今の雇い主、というのは、その事を指している可能性が強い。知らずに雇っているのではなく、クラマーロにやらせたい仕事があり、その合間の「趣味」を大目に見ているのではないか。それを快く思わない「誰か」が、手紙を書いた。
手紙の主は、タンブルの主人が罪に問われることは避けたい、逮捕劇にも関わりたくない、だから、ローデサで捕まえるよう、誘導しているのだと思える。
手紙がまるきり信用できるか不明だが、信用しなければ、現状は変えられない。網を張るなら、ローデサだと思う。
サンスキー部長は、僕に賛成してくれた。彼は、ローデサにクラマーロが行くのは、市民ホールにある、ラッシル国際銀行に行くためだろう、と考えたからだ。同じ銀行の支店なら、タンブルにもある。だが、ローデサの支店では、シーチューヤだけでなく、シュクシンの通貨を扱っていた。たびたびローデサに行くのは、少額ずつ、チューヤで通じる通貨に換えているからだろう。
「クラマーロは『厳しく』なったはずの、ラッシルとコーデラ間の移動を、難なくやっている。雇い主に着いて出入りしたからだろうが、それなら、雇い主とやらは、ただの金持ちではなく、政治的な力のある人物の可能性もある。正体を知らない、というのは考えにくい。そんな御仁が、なんであんなのを雇っているかわからないが、国境での捕り物は避けたい。取り逃がす可能性より、解っていながら、何もできない状況にされるのは避けたい。」
サンスキー部長の決断で、網はローデサに決まった。現在のローデサ伯爵は女性で、女性の人権問題に力を入れていた。このタイプの犯罪や、人身売買への取り締まりを強化しようとしていたため、話を持っていくと、即決で協力してくれた。サンスキー部長の知人に、ローデサ伯の護衛隊長がいたので、その伝で話を持っていった。
折りも折り、クーデター後の「窓口の港」には、国境間の移動を、より厳しくするかどうかで、議論中だった。いわゆる「最右翼の厳格派」からは、コーデラを含めた、外交を暫く全面禁止にしよう、という案が出ていたが、これは非現実的すぎる。
しかし、トエンの一部を除くチューヤ各国と、ヒンダとの外交を取り締まり、往来を厳しくしようという世論は、意外に支持者がいた。
コーデラを仲介すれば出入国は自由だが、それを制限し、今現在、ローデサを含め湾岸の一部で行われている、チューヤとの自由な貿易も、全面的に国の管理下に置こう、という案だった。また、チューヤ方面からの密輸の件も問題になっており、取り締まり強化の法案も検討中だった。
この流れを利用する事にした。
冬の終わりに、密輸対策で、チューヤやシュクシンとの、通貨の交換を制限し、希望者には信用調査が入るという法案が、春に成立するという話を、ローデサの新聞が大々的に乗せた。
また、折よく、コーデラ経由でシュクシンやチューヤに向かうルートを、安易に取れないように、国が「何か」策を(税金関連で)高じるらしい、という話も聞こえていた。ここから、チューヤ方面で心機一転を考えているなら、今年中に行動した方が、色々と得をする、という話を、経済と社会情勢に絡めて、大衆誌中心に流した。
だが、奴が動くまでには、かなりいらいらさせられた。奴の口座名までは分からなかったから、銀行が今一つ乗り気でないのも苛つく所だった。無理もないかも知れないが。
タンブルでは、原則はチューヤの通貨は扱っていなかった(タンブル支店に予約を入れれば別だが。)。が、貿易の街として、ローデサへの対抗意識が強く、同等のサービスを望む声が一部に高かった。タンブルはアドロキ辺境伯爵の飛び地で、風土は拘束の少ない自由な都市だが、そのぶん、僕たちは手を回しにくかった。奴が逃亡準備を、タンブルで完遂してまったら、打つ手がないからだ。
だが、アドロキ辺境伯爵は高齢で病気勝ち、主に代理の長男は、保守的すぎる性格で、タンブル都市議会とは仲が悪かった。それが幸いしたのか、クラマーロは、タンブルのラッシル国際銀行支店(口座名はチューヤ人の名前だった。)に、通貨交換の予約を入れようとした。だが、身分証がいると言われて、直ぐに取りに帰る、と去りま、今度は公共の通信から、「クラムリ」を名乗り、「チューヤから移民した時に、前の名前で作った口座を解約したい。」と連絡した。しかし、口座はローデサにあるので、タンブルで行うには、移民証明書か就業証明書、改名証明書がいる、と言われて、通信で逆上し、切った。
これを不振がった担当者は、すぐ上司に報告し、上司は、支店長に「犯罪がらみかもしれないから」、と報告をした。「クラムリ」の名をチェックしていた支店長は、ローデサの支店に連絡をいれた。
僕達は、集結した。ナドニキは、念のためにとエカテリンの支店に、ジョゼはタンブルにいた。僕はベルラインにいたが、サンスキー部長のいるローデサに駆けつけた。
※ ※ ※ ※ ※
会館の入り口に、奴が現れた時、先ず、サンスキー部長が、アレクとエリーネと供に、さっと近づいた。ナドニキとソニアはハスキンと一緒に入口のほうに、僕とエメリは、ザエルと隣の展示室に行く道を塞いだ。
サンスキー部長が、奴の名前を確認した。土の拘束魔法が使えるアレク、風魔法使いのエリーネが、奴を拘束しようとした。
その三人が、弾き飛ばされた。何かが爆発したのだ。軽いもので、火や爆煙、ガスはない。風船を思いきり爆発させたような音。僕は拳銃、エメリは長剣を構えつつ、駆け寄った。立ち上がりかけたエリーネは、クラマーロに思いきり蹴飛ばされ、さらに弾き飛んだ。ジョゼが一早く、彼女を受け止めた。彼女は、
「私の魔法、吸い込まれて。」
と切れ切れに言う。アレクが、伏しながらも、奴に拘束魔法を放とうとするが、
「駄目だ、出ない…。」
と呟いた。
「落ち着け、魔法系武器は使うな。第二作戦に移れ!」
サンスキー部長の声に、僕は銃を持ち替えた。
クラマーロは、奥に向かった。他所への出入り口を塞いだから、奥に行くしかなかった。しかし、そこは行き止まりだ。窓口の前には、銀行の警備がいる。ローデサ伯爵の雇った人達だ。逃げ込んでも捕まるだけだが、奴は、ステンドグラスの飾り窓を吹き飛ばし、庭に逃走した。奴が、まっすぐ走っていくのが、砕けたガラスの向こうに見えた。
「エリーネ!頼む!」
ジョゼが、エリーネを揺すった。僕は止めた。外傷はないが、骨の損傷があるかは分からない。ジョゼは、「分かってる」と僕に言い、さらに、エリーネに頼んだ。
エリーネは、力を振り絞り、
「大丈夫。二度と逃がさないわ。」
と言い、ジョゼに抱きつくようにし、転送魔法を使った。
ジョゼとエリーネは、クラマーロの正面方向に出た。エリーネは倒れてしまい、動かない。
クラマーロの足は止まる。ジョゼは、金属弾の銃を構えた。
僕は、ジョゼの名を呼んだ。援護しろ、とサンスキー部長の声が被さる。
ジョゼは、クラマーロのせいで、大切な人、クローディアさんを無くした。姉のマリィさんも、未だに苦しんでいる。他にも、僕に言ってないだけで、山のようにあるだろう。
そのジョゼが、銃を持って、クラマーロの正面にいる。
「ジョゼ!僕達は!」
警官だ、と叫ぼうとした。その瞬間、クラマーロは、後ろに吹っ飛んだ。
ジョゼは、銃は使わず、クラマーロの胸を、渾身の力を込めて、蹴飛ばしたのだ。
「これは、皆の分だ。」
そして、倒れた襟首を掴み、顔を殴った。
「これは、マリィの分。」
クラマーロは、踞りながら、何か言っていた。ジョゼは、それ以上は手も足も出さず、
「クローディの分は、監獄で払え。」
と、言い放った。
大柄なナドニキが先導し、ソニアとハスキンが、物理的に奴を拘束し、サンスキー部長の所に引っ張っていった。エメリはエリーネを助け、ザエルはアレクを運んだ。
僕は、ジョゼが、
「なんて顔、してんだ。」
と言った時、馬鹿みたいに呆けて突っ立っていた。
「俺が、奴を殺すと思ったのか?」
にも、答えられずにいた。ジョゼは、答えを待たずに、
「『虫を食らう花は、虫の毒では死なない。だが、人を食らう者は、人の毒に当たって死ぬ。』」
と言った。
「クローディが専攻してた。最北の古典劇、人形芝居だ。
難しい話はわからん、と言ったら、少しむくれていた。
こういう話を、もっとしておけば良かったな。今になって、思う。」
僕はかける言葉がなかった。だが、ようやっと、
「怪我は?傷は?」
と言った。
「もう、ない。」
ジョゼは答えた。
「これで、ようやく全部治る。」
柔らかい陽の光に、ジョゼはわずかに、微笑んでいた。
こうして、クラマーロ、クラムール、すなわち、ラッシルとコーデラを震撼とさせた、連続殺人犯は逮捕された。
勇者達の翌朝・新書 回想(中編) L・ラズライト @hopelast2024
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