某リンゴ社のスマートフォンは、私にとっては無情であった。

千瀬ハナタ

スマホのパスコードを忘れた!

 あなたは、スマホのパスコードを忘れたことはあるだろうか?


 私はある。


 パスコードというのは、別にユーザーとしてのIDに紐付けされるやつではなく、単にスマホの画面を開くためにあるほうである。


 高校二年生の夏が過ぎ、少しずつ気温が下がる頃。そう、ちょうど今頃だっただろうか。


 ある朝、突然スマホのパスコードが分からなくなった。これは、非常にまずかった。


 私は当時ソフトテニス部に所属していたのだが、夏に出た大会で捻挫していた。当然、体育祭を見学者としての参加。だから、兼部している写真部の競技写真撮影に全力を注いだのである。


 その写真のバックアップがまだ済んでいない。とにかく焦りに焦った。


 パスコードを連続で間違えると、某リンゴ社のスマートフォンは一定時間ロックされるという仕様がある。


 気がついた時点では十回の回数制限のうち三つを消費していた。


 高校生の余裕のない朝はあっという間に過ぎ、仕方なくロックされたスマホをカバンに入れ、登校する。


 朝からの事の顛末を友人に話すと、面白半分、心配半分という感じでコメントを頂いた。ソフトテニス部の後輩には笑われた。(写真部の部員には言えなかった、怖かったので)


 いろいろな友達に、私という人間はどんなパスコードを設定していそうか聞いてまわったのを今でも覚えている。


 皆が口を揃えていうには、


 “誕生日”


 だった。


 ……いやいやいや。これでもかなりセキュリティには気を使っているほうである。まさか、誕生日なんて。


 いや、あるな。


 生来忘れっぽい性格の私だ。自分じゃない誰かの誕生日を設定している可能性は十二分にある。


 それから、三日ほどかけて私はロックされるスマートフォンと格闘した。


 6桁のパスコードは、母のものでも、父のものでも、七年ほど前に亡くなった祖父のものでもなく、小中高とずっと登校路を共にする親友のものでもなかった。


 とうとう、再びスマートフォンのロックが開かれることはなく、私の渾身の体育祭写真はデータの海に消え去ることとなる。


 写真部員には言えなかった。いや、なんなら今も言えていない。このまま墓場まで持って行こうと思っている。


 ところで……。


 今も私は考える。あのとき私が忘れたパスコードは、結局のところ何だったのだろうか、と。


 もし、誰かの誕生日なのであったら。


 私は、誰のことを忘れているのだろうか。

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某リンゴ社のスマートフォンは、私にとっては無情であった。 千瀬ハナタ @hanadairo1000

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