監督、死す
高台にて邂逅し、簡易な労働契約を結んだ二人は向き直り。
「さて、と。それではわたしの家に向かいましょうか。カタリさん」
「そうですなぁ。いつまでも
伝わらないだろうな、と思いつつも付けたした問いに返ってきたのは意外な言葉だった。
「いえ、ここからず~~~~っと離れた街にありますね」
「ず~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っと」
ず~を伸ばしながら、カタリは辺りを見渡した。聳え立つ高台の上から見える地平線の先まで、森林地帯は続いていた。世界は森であり、木だった。
「森林浴リフレッシュにはよいかもしれませんが、まともな装備も地理の知識もない現状、私単独では脱出するまでで納期を過ぎてしまいそうですが、何か打開策はおありで?」「はい、ちょっと失礼しますよ~」
「お?」
ロミアリアはカタリにおもむろに近づき、抱きかかえた。いわゆるお姫様抱っこと呼ばれる体勢だ。そして、そのまま高台から高らかに飛び降りた。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
異世界転移直後に襲い来る濃厚な死の気配と重圧感のある重力によって、カタリの絶叫が縦に伸びていく。落下から数秒経つというのに、地面との衝突はまだこない。代わりというように緑の絨毯が彼女らを出迎え。
木々の枝が軽快な音を立てて折れていく。その音を響かせ、木の葉を舞わせ、落ちる。カタリの目に高速で流れるように映った木々は、どれも樹齢数千年といった大樹の類ばかりであった。
そこから更にたっぷり数秒を使ってようやく。
「…………次からは、このようなことをする際には一言いただきたいものですな」
「あ、す、すみません!急に抱っこしちゃって。わたしたち会ったばかりなのに、嫌でしたよね……」
「いえ、大事なのはそうではなく」
「ごめんなさい!もうカタリさんの間合いには入らないので嫌わないでください」
ロミアリアはザザザッと曲者のような高速移動でカタリから離れる。
「ガイドに離れられては遭難してしまうのですが……」
ズシン。
離れたロミアリアは、巨大な足に踏み潰された。
「はあ?」
カタリの口から間の抜けた声が漏れる。目の前に見える足は、足といっても人間の物ではない。それよりもはるかに巨大で、形状はどちらかというと鳥類の物に近く。逆三角形に鉤爪が備わっていた。
というよりも、木々の間からぬっと現れたその姿は恐竜であった。Tのレックスである。異世界なのでEのレックスかもしれないが。
「IかAではありませんかなあ。しかし、異世界転移直後に雇用主が死亡し、モンスター存在と相対とは、異世界転移モノとしてもなかなかハードではありませんかな。何か状況を打開できる──」「ありますよ!」
窮地に陥ったカタリの耳に、聴き慣れたというには出会いが真新しすぎる声が届く。
「ロミアリアさん。ご無事でしたか」
「ええ。それよりも、わたしがいるからには大事なスタッフには牙一本届けさせませんよ」
「それ届いたら死にますからな。しかし、よかった。一体どのような術理を使ったのかは定かではありませんが、確実に死んだと見えた状況を一瞬で抜け出した実力は相当。頼りにさせていただきましょうか」
「はい!」
ロミアリアから勢いのよい返事が返り。そのまま彼女は恐竜?に喰われた。
「…………………………………」
「ムッシャムッシャッムッシャ」
無常に響きおるわ咀嚼音。先ほどまでロミアリアがいた位置には人体の胴体より下だけが残されている。逆テケテケ状態だ。これが何を意味するか。
(今度こそ何の役にも立たず完全に亡くなられましたな……)
死者の名誉の為に付け足すと、一連のやりとりの際にカタリは恐竜存在から一瞬で身を隠し、現在は物陰から状況を伺っている状態なので囮にはなった。よかったね。
(視界から外れたとはいえ未だ恐竜?とは近い距離。聴覚がどの程度かわからない以上うかつに音は立てられますまい。とはいえ、鼻がよいなら近くこちらを探し当ててくる可能性も……おや?)
観念して正面から倒す算段を頭の中で立てていたカタリは不可思議なものを見る。いや、正確には不可思議なロミアリアだ。
服までまとめて元通りとなった彼女は辺りを見渡し、あることに気づく。
「か、カタリさんが……いない!?!ウワー!!」
(ウワーと言いたいのはこのホラー光景を見ている私なのですが……)
冷ややかなカタリの内心とは対照的にロミアリアは恐竜?が目に入っていないかのように慌てふためき、周囲を探る。そして目当ての姿が見えないと分かり、頭を抱える。
「ギャー!カタリさんが食べられたか誘拐されたかどうかは知らないけどとにかく消えた~!どうしよ~!」
「ガウ?」
どうしようと言われてもよ。というような鳴き声を上げる恐竜?に構わず続ける。
「なんだかわかりませんがアナタのせいですね!一度ならず二度までもわたしをぐちゃぐちゃにしたことに飽き足らずカタリさんまで。絶対に許しません」
有罪、有罪、冤罪。最後の比重が明らかに重い語気でロミアリアは言い捨て、彼女は前に向かって手を翳した。
「ロゼス!」
瞬間。彼女の前方が爆ぜ、衝撃と爆炎を無からまき散らした。恐竜?はその直撃を受け、大きく後退し、怯えている。その威を成した者は、拳を強く握り、打ち震えていた。
「カタリさんは……希望なんです。全部全部無くして失ったわたしに残った最後の一番大きな希望。それを……絶対奪わせたりしません!あなたがカタリさんを出すまで爆破し続けてやりますよ」
「あの~、盛り上がっているところ申し訳ないのですがロミアリアさん」
「ロゼス!」
「えっ」
「ロゼス!ロゼス!ロゼス!ロゼス!ロゼスゥ!」
カタリが茂みから姿を現し声をかけるがテンションが上がりブレーキをぶち壊したおバカさんには通じやしない。彼女が呪文のようなものを唱えれば唱えた分だけ周囲に爆発が生じる。そう、爆発主がカタリの存在を把握していない状態で。
「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
至極当然、爆発に巻き込まれかけるカタリ、それも一度や二度ではない。
「ロゼス!ロゼス!ロゼス!ロゼス! ロゼス!ロゼス!ロゼス!ロゼス!ロゼス!ロゼス!ロゼス!ロゼス!ロゼス!ロゼス!ロゼス!ロゼス!ロゼス!はあ……はあ……ロゼス!ロゼス!ロゼス!ロゼス!ロゼス!ロゼス!おえっ、ロゼス!ロゼス!ロゼス!ロゼス!ロゼス!ロゼス!ロゼッ……ロゼス!ロゼス!ロゼス!ロゼス!ロゼス!ロゼス!ロゼス!ロゼス!」
爆発の大連鎖により、辺りはあっという間に更地になり。恐竜?はさっさと逃げ出してしまった。そして当の本人はというと。
「ぜぇ……ぜぇ……ひゅう……ひゅう」
息も絶え絶えになっていた。彼女は少し呼吸を落ち着かせ。荒廃した世界の代わりに感情を爆発させる。
「うわ~ん!カタリさんが居なくなっちゃいました~!!」
「ええ、危うく居なくなるところでしたねぇ!」
「ぐぇ~!!!」
浸ってた人は居なくなった人が放った後頭部への蹴りで吹き飛ばされ、息絶えた。
「はい、さっきまでのこれぐらいじゃ死なないのわかってるんですからね。早く立つ」
「はぁい……カタリさん!?今までどこにいたんですか!?」
「爆心地に。それはそうとして、色々とお尋ねしたいことが一気に増えてまいりましたな……異世界の方はみなこうなので?」
「こう……とは?」
カタリはらしくないというように頭を掻いて尋ねなおした。
「何もないところを爆発させたり、死ななかったり、ということです」
「ん~~~~~?」
意味の取り間違えがないように、長考の後に出た答えは。
「さっきの爆発はわたしだけですね。みなさんそれぞれやれることが違います。でもその……カタリさんみたいな異世界の人って、死んじゃうんですか?さっきのアニモスみたいに」
「はい、割とあっさり死ぬときは死にます。その答えから察すると、例外があるかどうかは置いて置いて、あなた方は基本的に不死と捉えてよさそうですな。寿命というものもなさそうだ」
「そうですね…………ってことは、カタリさんは死んじゃう可能性があるってことはさっきの状況ってめちゃくちゃ危なかったんじゃ!?」
「お分かりいただけましたかな?」
にこやかかつ不気味な笑みを向けると土下座が飛んできた。
「最終的には無傷で終わったので、まあよしとしましょう。こちらもすり合わせが足りませんでしたからなぁ」
「以降、こういうことはないようにいたしますので……何卒」
「はいはい」
ロミアリアは地面に顔を付けたまま大声で宣言を続ける。
「カタリさんのこの世界での安全はわたしが保証しますので!全力で守ります!」
「なんだか逆に不安になってまいりますなぁ。そのあたりにしてそろそろ顔を……」
「そして!」
一層大きな声でそれは為される。
「カタリさんはわたしが幸せにします。こっちに来てよかったって。絶対そう思わせてみせます!わたしの我儘に付き合わせただけでは……終わらせませんから!!」
「…………」
思わず、言いかけていた言葉が止まった。カタリは言葉を投げない代わりに、しゃがみこみ、その両手でロミアリアの顔を掴んで自分の顔に向かせた。自分が今、どのような表情を作っているかわからない。それでも言うべきことがある。
「今の宣言、嘘偽りなく、履行していただけるものと受け取っても結構ですかな?」
「もちろん!」
「…………そーですか」
処理に困った感情をまとめて吐き捨てるように言葉として不格好に零す。
「それでは、こちらも全力を尽くさなければなりませんなあ」
「はい、期待していますよカタリさん!というか本当お願いします、このままだとわたしどん底のままでぇ……」
「まあ、その辺りは後で伺うとして」
カタリは縋りつくロミアリアから視線を外し、更地となった一帯を眺め。
「とりあえず、ここ抜けましょうか」
ロミアリア一座。絶賛遭難継続中。
異世界ドラマトゥルギー 見門正 @3kado
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