異世界ドラマトゥルギー
見門正
第1話 脚本家、異世界で泥船に乗る
「あ、あの……!」
「はい」
緑。一帯を植物で覆われた森林地帯を見渡すようにぽっかり浮き出た高台にて、女が二人、向き合っていた。
始めに声をかけたほう。緊張しているのか、普段は力の抜けているであろう顔をギュッと強張らせて、もう片方に向き合うピンク髪の女は緑の衣装に包んだ身を縮こめ、勢い任せにこういった。
「わたしと……ドラマ撮影してくれませんか!?」
「はい」
対する女。物延カタリは場違いともいえる唐突な問いに対し、即座に、平易に答えた。 これほどの快諾は予想外だったのか。問いかけ主は改めて問い直す。
「わたしと、テレビドラマの撮影を、”脚本家“として、一緒に作ってはいただけないでしょうか」
「ですから。はい、と。疑問ではなく肯定、同意の用途でのはい。ですよ」
「う、ぇぇぇぇぇ!?あの、いいんですか?正直、かなり無理をいっていると思うんですけどぉ……」
「そうですかな?」
「だって……あなた……」
まるで生物が蠢くようにうねった黒髪に、赤く淀んだ瞳、黒の毛糸のゆったりとしたカーディガンの上から薄青と青の縞半纏を重ね着た、ズボンスタイルの女、物延カタリは、
「異世界からこっちに来たばっかりですよね?」
「十分経ったかどうかといったところですなあ」
物延カタリは異世界人である。翻ってみれば、眼の前の女こそがカタリにとっては異世界人であり、見渡す限り広がる景色こそが純度百パーセントの異世界とも言えた。
彼女の故郷は地球という、やたら水の多い惑星だ。彼女はこれまた水ばかりで構成された人間という生命体の一員として生まれ、育ってきた。
日本社会という、平和ながらも魑魅魍魎が闊歩する社会で生活していたカタリは、自室でメールチェックを行っていたところ、この世界に飛ばされた。
本当はここに来るまでによくわからん部屋に通されて、変な女と一言二言交わしたがまあ、あまり大したことではないだろう。異世界の情報全然もらってないし。
(相手方が使用しているのは全く未知の言語であるにも関わらず、意味が理解できるし通じさせることもできる。奇怪ではありますが、ありがたいことでありますなあ)
言語の習得には数時間を要するかと身構えていたが手間が省けて何よりである。ともあれ言葉が通じるのであればやっておくことがあります。
「それでお嬢さん、貴女様が監督ということでよろしいのですかな?」
「は、はい!わたしが監督……に、なります。…………いや、ですか?」
「いえ別に?それでは監督、まだ貴女様のお名前を伺っておりませんので、私にお教え願いますかな?」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?そうだったそうだった!わたしったらなんて失礼を」
朝の鶏よりもうるせえ叫びを、カタリは気にするなというように涼しい顔で流して。
「いえいえ、お気になさらず。こちらこそ名刺も持ち合わせがなく恐縮ですが、私は物延カタリ、物延でも、カタリでも、脚本家でも、おい異世界人、とでもなんでもご自由にお呼びください」
「モノノベカタリさんですね。ちょっと長い……う~んそれでは、カタリさんで!わたしはロミアリアです。よろしくお願いします!」
「おっと。こちらこそよろしくお願いします」
ロミアリアのおこなった勢いある百八十度近いお辞儀の攻撃範囲から横に逸れることで逃れたカタリは確認しておくべきことを確認していく。まずは、
「世界の危機に際して異世界の人間を呼び寄せる。というのは物語として定番でありますが、この世界はそういった事情を抱えておられるのでしょうかな?ドラマ撮影したらエネルギー問題が解消されるとか、世界を侵略する魔王が改心するなど」
「えぇっ!?ご、ごめんなさい……そんな大層な理由ではなくてぇ~。そのぉ~すっごく個人的な理由といいますかぁ」
「まあ、そうでしょうなあ」
特に意外でもないという風に言い捨てる。実際に世界規模で問題が起きており、その為に呼んだのであれば、世界の命運を左右する交渉役に目の前の女は絶対に置かんだろうな、というのがある。
仕方なくするならどれだけ人材不足なのか。それに居合わせたのが一人だけというのもそうだ。こういったことは機嫌よく働いていただくために形だけでも大勢で歓待するのがベターではあるのだ。それがこのだだっ広い自然の中にぽつんと二人。世界から見ると大事ではないのは最初からわかっている。だが、
「でも、わたしにとっては……ほんとに。大事なので」
「ええ、承知しております。でなくば人目を忍んでこのような手法はおこないますまい。ゆえに私、全身全霊で貴女をハッピーエンドに導いて差し上げますとも。それで、」
カタリは鷹揚に包み込むように両手を広げた。
「件のドラマの最速の納期は何時頃でしょうか。今から脚本家を確保するということは制作準備段階とみておりますが、そうなると半年後?急ぎなら三カ月後ぐらいですかな?いかがでしょう?」
「い、一週間後です」
「はい?」
「そういうわけなので……何卒よろしくお願いします!」
広げて両の手を掴まれて強く祈るように握られてしまったが。問題はそんなところではなく。
「同意のはい。ではなく疑問のはい?なのですが。一週間後、と言われたような気がしますが聞き間違いですかな?」
「間違い……ございません」
「一週間とは、七日後ということでしょうかな?」
翻訳されているとはいえ、カタリの元いた世界とこの世界で基準となる単位が大きく異なる可能性はまだある。まだ助かる。
「七日後、です」
「一日とは二十四時間の経過ですかな」
「経過ですぅ……」
「一時間とは……一分を六十回分繰り返すことであり、一分とはこの手のカウント毎の時間を示していると思っても?」
「遺憾ながら…………」
「…………」
この世界は異世界。当然
(私の仕事内容から考えるに撮影は一切進んでいないと考えてよいでしょう。脚本、俳優の選定、美術、撮影、編集全てを一週間で終わらせるのは普通に考えるとどうあっても無理。泥船企画もいい所ですなぁ。おまけに私は世界の部外者と来た)
とはいえ、投げ出す気は毛頭ない。それが自分がこんな場所まで呼ばれた理由であるというのなら、動き出した物語を完遂するのは当然のことであり……。
「や……やっぱり……ダメ……です、よねぇ……?」
呼び出してからたっぷり十分も使って、ガチガチの体をなんとか動かして、要件を伝えてきた彼女を見て。
「一度お受けした仕事を投げ出すことはありませんよ。それに、必要なのでしょう?どうしても」
「はい」
「では、やりきりましょう。普通に考えて不可能、などという次の展開を思いつかなかっただけの三流脚本家のような本は私、決して書きませんゆえ。お付き合い願いますよ。お覚悟を」
「はい!全てを爆破し、更地にします!」
「しなくていいです。それでは」
会話の最中、一度離された手を今度はカタリから握りなおす。
「果てまでいきましょう。”監督“」
「みんなまとめて連れていきますよ!”脚本家“さん!」
握り返された手の感触を確かめ、思う。「力つよ!」ということと。
(少なくとも、一週間は退屈しないで済みそうですしな)
ということだ。
さて、こうして手を取り合った二つの世界の住人。その撮影結果がどのような影響をこの世界に与えるのか。それはこの時には全く想像も及ばないことだったのでした。
「などとモノロいで締めます」
「え、モノロってなんですか?なに聞き逃しましたか!?」
「いえ、お気になさらず」
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