第4話 旅は道連れ

 炎が収まり、辺りが元の明るさに戻る。びっくりしている少年は、ぼさぼさの荒れた尻尾をボワリと膨らませていて、まるで驚いた猫のようになっていた。



少年を地面に下ろし、トランクを開いた青年は、その中にステッキを収める。明らかにトランクの大きさが足りていないのに、何故かステッキがするすると収まっているので、少年は驚きすぎて顔をひきつらせた。物理法則を軽く無視している。なんだんだこの人間は。というか本当に人間なのか?



「……アンタ」

「うん? 俺かい?」

「一体何なんですか、そのデタラメな力は。暴れまくったかと思えば、すごい炎出したり、ボスまで殺しちゃうし……」

「あー、いや、殺してないぞ」

「は??」



再び驚いて青年の方を見れば、青年は悪戯が成功した悪ガキのような笑顔で、少年を見つめ返す。いや、ボスを殺してないって言われても。思いっきり炎に包まれてたし、あれで死なないならボスまで化け物って事になるじゃないか。ただでさえ化け物みたいな青年がここに居るというのに。



「青と紫の炎があっただろう? あれはな、酸素で燃えてる訳じゃないんだ。もっと概念的な、世界のエネルギーみたいなものを使って燃えてるんだよ」

「でも、燃えてるなら焼けるだろ。焼けたら生き物は死ぬんですよ」

「あー、例えが悪かったな。燃えてるって言ったが、本当は熱くもなんともないんだ。ただ、あいつからエネルギーを吸い取りまくったから、エネルギーが足りなくなって、結果的に気を失ったって事だ」



燃えているように見えて燃えていない? ボスはエネルギーを吸い取られたから倒れたに過ぎないって? 言っていることが分からない。頭の中でぐるぐると言葉が回っていて、意味をうまく噛み砕けない。驚きすぎて脳が疲れているのだろうか。



「ま、ボスは喉が渇きすぎて倒れたような状態ってことだ。だからまだ死んじゃいないよ」

「……でも、そんな魔術は見た事も聞いた事もないですよ。なんなんだ青と紫の炎って。炎は普通、橙色でしょう」

「それは俺がすっごく強くて、すっごく変な存在だからとしか言えないなぁ。世界は広いんだぜ? 少年」



ぱちりとウインクをする青年。顔は中性的で美人なのに、なんでこう、仕草がうざったいのだろうか。そこはかとなく、胡散臭いような気がする。得体が知れないとも言えるが。



「というかアンタ、僕をどうしたいんですか。なんで盗賊あいつらみたいに倒さなかったんですか」

「だって君が盗んだのは、俺のトランクが初めてだったんだろう? 俺の他に被害者が居ないじゃないか」

「結局あんたの物を盗んだ事には変わりないだろ。それに僕は盗賊の仲間なんだぞ? いずれもっと悪い事だってする」

「そりゃあ悪い奴らしか周りに居なくて、悪い事をしなきゃナメられるような環境じゃ、君もそうなるだろうな」



青年が、真っ直ぐ少年へと向き合う。その顔は初めて見る、真剣そのものといった顔で、少年は思わず唾を飲み込んだ。





「人間は多かれ少なかれ、周りの影響を受ける生物だ。どんなに善良な者だろうと、悪党ばかりの所に居たら、少しずつ、少しずつ、悪い方向へ引っ張られる」

「……」

「受けた影響はなかなか変えづらい。人格は歯並びみたいなもんだ。生きた時間が増えるたび、直すのが難しくなるからね」



青年はしゃがみ込んで、少年に目線を合わせる。そして人差し指でずびしと少年を指差して、落ち着いた言葉を続けた。



「だが君は子供だ。まだ柔らかい新芽で、どの枝に蔓を伸ばすか迷っている段階。周りから知識を吸収し、常識を固め、自分を形成し始めている時期にすぎない。だから俺は、君の選択肢を増やそうと思う」

「選択肢……? なんだそれ。アンタが僕なんかに何をしようって言うんですか」



すると青年はニコリと笑って、少年に手を差し出す。意図がよく分からず、少年がうろたえていると、青年は、はっきり言ってのけた。



「俺と一緒に、旅をしないかい?」

「……は」



少年が、目を真ん丸にする。そして、一瞬場に静寂が訪れたかと思うと、次に少年の動揺した声が響いた。



「はぁ!!?」

「駄目かい?」

「いや、駄目も何も! 僕とアンタは初対面ですよ!? 今日会ったばかりで、僕は盗人! アンタはその被害者!!」

「俺が許すって言ってるんだからいいんだよ」

「しかも許すのかよ訳わかんねぇよ!! え、僕がおかしいのかこれ……? 僕の常識がおかしいのか??」



初対面で、自分のトランクを盗んだ張本人の、盗賊のちびっ子を。こいつは許し、挙句の果てには一緒に旅をしないかと勧誘している。あまりにも怪しい。行動が理解不能で突拍子もなさすぎる。



「俺はこっちに来たばかりで、常識とかを何も知らないんだ。君みたいな人が同行してくれれば、すごく助かるんだが……食事も一日三回あるし、おやつも食べられるし、毎月お小遣いだって渡しちゃうんだけどなぁ」



少年、悩む。明らかにこいつは怪しい。だって自分は見ず知らずの小汚いガキだぞ。盗賊で、まともな生き方なんて知らないし、友達だって、親だって居ないのに。誰かと旅なんて、そんな上手くやっていける自信もない。



「……だめかい?」



盗賊だから。悪い奴だから。こんな顔、知らない。

今までに何度も見てきた顔なんて、周りを見下している顔か、自分が下にならないように気を張っている、変な表情ばかりだったから。

こんなにやわらかい表情かおなんて、知らない。

こんなに、眠くなってしまうような、落ち着いた声は、知らない。



こいつと別れたら。大人しく、騎士団について行ったら。この顔も、声も、二度と会えなくなるのだろうか。



「…………いいんですか」

「うん?」

「僕はただの悪党だ。あいつらと長いこと一緒に居たんだから、きっと根っこだって腐ってますし。アンタが僕を引っ張って、剣を避けさせてくれた事に、何を返せばいいのか分からないんですよ。きっと僕は、アンタがくれる恩に、この先ずっと何も返せない」



俯いて、少年が呟く。自信なさげに零れた小さな言葉を、青年は一つ一つ頭に入れて、おかしそうに笑った。



「笑うな」

「はは、ごめん。君が真面目すぎてつい。こんな子が盗賊やってたのかって思うと、似合わなさ過ぎておかしくなっちまった」



青年はしゃがみ、少年の顔を見上げた。

青年は、どこまでも優しげで、慈しむような顔をするものだから。きっと優しい親が居る子供ってのは、何度もこういう顔を見て育ったのだろうなと思い。想像の中の知らない子供が、なんだか無性に羨ましくなる。



「恩には恩で、善行には善行で返すのが当たり前だと考えている子なんだ。君が君に自信を持てなくたって、俺は君を信じるさ」



それに、と付け足して、青年が少年を抱き上げる。急に視線が高くなって、目を丸くする少年に、青年は春先の太陽のような顔で笑った。



「恩の返し方なんて、すぐ分かるようになる。だって目の前に、こんなに優しい奴が居るんだからな!」



少年はびっくりした後、表情をゆるめて、気が抜けたように声を震わせて、子どものように笑ったのだ。



「自信満々すぎるだろ……!」

「そりゃあ自信があるからな!」

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世渡り竜と澄清の空 五条燐堂 @aunnokitune920

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