第3話 炎天のようなもの
「ね、そこの少年」
「ひぇっ、こ、殺さないで!!」
「殺さない、殺さない。こいつらだって気絶させてるだけだぞ?」
振り向いた青年に怯え、少年は両腕で顔を隠す。
きょとんと目を瞬かせ、あっと気づいた青年は、笑いながら自分の後ろを親指で指差した。
その先には、相も変わらず倒れている盗賊の群れがある。しかしよく耳を澄ませてみれば、小さく呻き声や、悔しそうな唸り声が聞こえてきた。確かに殺してはいなかったようだ。
「ここの頭領……ボス? まぁ、一番偉い人の居場所は知っているかい?」
「い、いや、僕はそんなことっ、知らされてませんし」
「そうか? ならいいや。自分で探しに行くか」
この青年は、どうやら盗賊のボスまで倒そうとしているようで、目の上に手をかざしながら、くるくると周囲を見回す。どうしていたら良いのか分からず、少年が挙動不審になりながら、青年のことを見つめていると__
「おっと」
何かに気づいたらしく、僅かに眉を動かした青年が、少年の首根っこを捕まえて、ぐいっと自分の方へ引き寄せる。べらぼうにびっくりした少年が、縮こまって肩を丸めた瞬間、さっきまで少年が居た所に、よく磨かれた刃が突き刺さった。
「ひえっ、け、剣!? どこから!!?」
「ほらほら落ち着いて。俺が避けさせてあげるから大丈夫」
危なかった。本当に危なかった。青年が引き寄せてくれなかったら、少年は今頃串刺しになって、熟れすぎたザクロのようになっていただろう。
かわいそうなくらいに真っ青になって、少年は思わず青年の背中にしがみつく。盗人が被害者の背中に隠れるなんておかしな光景だが、それを指摘する者はここに居ないようで。夜風が木々をざわめかせ、一人の人間が、暗闇から姿を現した。
「ようやっと、頭領のお出ましか」
「おいガキ。後をつけられて侵入を許すとか、お前バカか?」
「も、申し訳ございません……」
心底ダルそうに登場したのは、深くフードを被っていて、顔が見えない人間。怯える少年を睨みつけ、威圧感を乗せた声で声を発せば、少年は更に小さく縮こまった。
「こら、あまり責めてやるなよ。可哀そうに……怯えてるじゃないか」
「散々僕の手下をボコしてたお前が言うな」
「だって殴りかかってきたし」
「先に回し蹴りしたのはお前だろうが」
「なんだ、見てたのか。なら話も早い」
たはは、と悪びれも無く笑って、緑髪の青年は一歩前へ進み出る。そして赤紫の目で盗賊のボスを見つめ、手を差し出した。
「大人しくお縄につかないか? 君たちを全員騎士団へ引き渡したいんだが」
「お前、はいそうですか、って応じると思ったのか? 天下の盗賊様が?」
「いや、全然。むしろ抵抗してくれた方が楽しい。だが痛いのは嫌だろう? 誰だって」
「それはお前が僕に殺されるって意味か」
「さてなぁ」
ピリ、と空気が張り詰める。動けない少年はただ小さく震え、ボスと青年の顔を交互に見る。すると青年は少年の方を振り向いて、そのふわふわした柔らかい頭を、ポンと撫でた。
「危ないから、下がってて」
そう言い残して、青年は少年から離れ、ボスの方へと近づく。少年は大人しく後ろへ下がり、急いで物影に身を隠した。
「じゃ、せいぜい楽しもうぜ」
「いいからさっさとくたばれよ、よそ者の侵入者が」
笑う青年と、ため息を吐いたボスが、同時に強く地面を蹴った。
青年の脚が振りかぶられ、ボスは咄嗟に身を屈めて躱す。そのまま地面に落ちていた大剣を拾い上げ、ボスが青年の胴体を狙うが、その刃が何かに阻まれる。大剣を防いだそれを見れば、いつの間にか青年の手に、すらりとしたステッキが握られていた。
「良い反応速度じゃないか!」
「チッ」
ぱちりとウインクをする青年に、ボスは舌打ちをする。そのままくるりと身を翻した青年は、一度距離を取ってから、再びボスに接近する。ボスはそれを睨みながら、手をかかげて何かを呟いた。
するとボスの手の先に、何も無かったところから炎が現れ、燃え盛りながら青年めがけて発射される。それを青年は難なく避けるが、次に圧縮された空気と砂利が、刃物のような形になって、青年めがけて飛んで行く。
「ははっ、君、魔術が使えるのか!」
「こんな能天気な奴に、手の内なんざ明かしたくないがね!!」
高速で飛んだ空気の刃は、青年の緑の髪を少し切ったものの、青年はちっとも怯まずに、後退するボスを追いかけ、ステッキを振りかぶる。が、そこでボスがニヤリと笑った。
「何も考えず突っ込むとか、頭が足りないんじゃないのか? お馬鹿さんよォ!!」
青年が、何かに気づいたように笑みを消す。その瞬間青年の体を、大量の水の塊が覆い尽くした。
「な、なんだあの水の量……!?」
物影に隠れて見ていた少年が、思わず独り言を零す。先程の炎や風の刃とは、比べ物にならない規模の量。無重力空間で塊になった水のように、それは青年の体を丸々閉じ込めて、きらりと月光を反射した。
「クソ、消耗するから使いたくなかったが……その状態じゃあ、身動き一つ出来ないだろ? お得意の速さも通じない。そのまま溺死しちまえ、不用心な侵入者め」
はぁ、と息を吐くボスは、確かに少し息が荒い。消耗する、というのが何の事なのかは分からないが、魔術の大きさが違う分、きっと何かしらの負担がボスに掛かっているのだろう。それに物陰から見守っている少年も、あの水の魔術だけは一度も見た事が無かった。ボスのとっておき、必殺技といった所か。
「おい、ガキ」
「ひっ、は、はい。何でしょうか」
「お前もこのまま死ね」
「え」
少年の元へ向かって、ボスが大剣を持って歩み寄る。戸惑い、顔を青くした少年が後ずさるが、ボスは足を止めない。
「使える魔術を知っている奴は少ない方がいい。どこから情報が騎士団へ知られるか、分かったものじゃないからな」
「お、教えません! 僕、誰にも言いませんから……!」
「お前にその気がなくても駄目なんだよ。尾行されて、アジトの場所をあの男に知られたのは、一体どこのどいつだろうな?」
後退する少年、それをゆっくり負うボス。途中で少年は抉れた地面につまづいて転び、男はそこで足を止めた。
はっ、はっ、と少年の呼吸が短くなる。浮かべた涙がぽたりと零れ、男が大剣を振りかぶる。その景色が、全てスローモーションになって……
二人の頭上で、何かが爆発した。
次の瞬間、盗賊の手めがけて何かが飛んでくる。大剣を弾き飛ばし、そのまま地面に突き刺さったそれは、緑髪の青年が使っていた、ステッキだった。
「いたいけな少年を殺すとか、いい趣味してんな盗賊さんよぉ!!」
突然の眩しさに目を細め、男は声のした方を見る。そこには、轟轟と音を立てて燃え盛る、青と紫の、炎の奔流があった。
「お前ッ……!!」
「あの水は蒸発させてもらったよ。質より量を優先してたんだろう? おかげで簡単に消えてくれたから助かった」
赤紫の目が、ギラリと光る。魔王もかくやといった、おっかない笑みを浮かべた青年は、己を見上げる二人の元まで急接近する。恐怖で硬直している少年を抱え上げると、一瞬にして、ボスから距離を取った。
「君がとっておきを見せてくれたんだ。俺も、とっておきで答えなくちゃなァ!!」
青と紫の炎がほとばしり、まるで嵐のように勢いを増す。夜空が照らされ、一帯が昼間のように明るくなり、その眩しさは太陽のようだと言っても相違ない。
「さぁ、歯ァ食いしばりな!!!!」
少年を片手で抱え直し、もう片方の腕を高くかかげる。すると炎がてのひらの上に集まって、ぐるぐると渦を巻いた。
大きく振りかぶって、手を一気に振り下ろす。炎の渦が空気を焦がし、一気に突き進むと、一切の容赦なく盗賊の体を覆い尽くした。
炎の中で、暫くたたらを踏んでいた盗賊だったが。最後には立っている力すら無くなったのか、静かに、悲鳴を上げる間も無く倒れ伏した。
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