聖女に追放される予定の王女様から「召喚やめろ」と脅されたので国を出ていくことにした
古杜あこ
聖女に追放される予定の王女様から「召喚やめろ」と脅されたので国を出ていくことにした
「わかっているでしょう?」
幼い子供に確認するような口調でその女は僕にそう問いかけてくる。
とはいえこの状況全然幼子との対話には向いていないと思う。そもそも僕は幼子ではない。
「お前はただうなずくだけでいいの、簡単でしょう?」
レースでできた扇子で口元を隠しながら高貴な女性は、こちらから覗くことが唯一許された目元を細めて優しい口調で再度問いかけた。
内容はとても『簡単なこと』じゃない。
うなずいたら国の重大問題になりかねない。
魔法の縄で両手両足を拘束され、女性の目の前にひざまずいている僕の左右を屈強な肉体をした二人の男が固めとても逃げるのは不可能な状況。そして、拒否したら故郷の村を滅ぼす、と既に告げられていて――。
どうしてこうなるんだろうなあ? と疑問に思う気持ちが半分。
もう半分は――目線をもう一度あげて、こちらを薄ら笑いを浮かべてみているその女性を見やる。
「心は決まったかしら?」
甘ったるい可愛らしい声音を無理やり低くして僕を見る目の底には嘲りがある。
うっわ、たまらん!
絶対に漏れてはいけない思考で頭の中が埋め尽くされた。
悪女っぽく振る舞う第二王女様って、いい! すっごおおおく、いい!!
両脇を固める王女専属の騎士たちも絶対そう思っているはず。
いつもの清楚な王女さまとは違う悪役感! これにしびれなきゃ男じゃない! 違う?
「はい! もちろんです! 女王様!!」
脅されている事実も忘れ、僕は力いっぱい返事をしていた。
「あ、いえ、王女様!!」
大きな声で呼ぶなと怒られたけど、その怒り方も結構ツボだ。この王女様、どうも男の悦ぶツボをわかっているというか。
僕の感情が漏れ伝わってしまったのか、王女様が僕を見る目に脅えが混ざったように見えた。
いけないいけない。紳士にだ。村を出たときにばあちゃんに約束させられたじゃないか。
都会にいったら紳士な振る舞いを忘れるな、と。
こんなに心は打ち震えているが、別に王女様に対して懸想めいた感情はちっとも抱いてはいない。
ただ胸を熱くし、心を揺さぶる要素を兼ね備えている人、というだけ。だがそれだけで十分だった。
そんな方の命令を聞くなというほうが野暮じゃなかろうか。
「王女様がそうまでおっしゃるのであらば、わたくしは王女様に従うまででございます」
「……い、いい、判断ね?」
そう、それでいい。高飛車に、それでいて高貴さを失わず、上から目線でお願いします。
こっそり両脇の騎士たちを交互に観察すれば、二人ともまるで奇異なものを見るような目で僕を見ているのがわかった。二人ともだ。
あれ? 悪役王女様に対するパッション足りなくない? 僕がおかしい?
僕があまりにもあっさり了承してしまったことに拍子抜けした様子で、王女様はいとも簡単に僕を開放してくれた。
もうちょっと拘束がきつくても全然大歓迎だったし、王女様のサディスト的な表情ももっと眺めていたかった。
こんなにすぐに了承したのは戦略的失敗だったかもしれない。もう少し抵抗をしていたらもっと楽しめたのかも。
「さっさと行けよ」
王宮の裏口から追い払われるように解放されて、魔導士協会の建物へ向かって走る。
王女様に命令をされて、やることは決まっていた。
夜逃げだ。
どういうわけだか、多分すっごくそそられるもの見たせいだと思うが、心底わくわくしていた。
最低限の荷物だけを手持ちの斜め掛けバッグに詰めていく。といってもそんなに大きいバッグじゃないから、着替えが1セットと下着を数枚、その程度。
魔法関連グッズは現地調達も作り出すこともできるから持って行かない。反対に現金は多めに持っていく。魔法じゃ作り出せないものだし。
それだけ入れれば準備完了。
さらば我が家よ。ってまあ寮だけど。
元々僕はこの王都から遠く離れた街道沿いからもはずれた小さな村の出身だ。
何もない村だけど、近くにある山が城の騎士専用の特訓場になっていた。年に二回特訓場を訪れる騎士様がうちの村を宿泊場として利用するためその時期だけは村が賑わった。
僕はその騎士様ご一行の一人に魔法の才能を見出され、魔法を学ぶために王都に連れてきてもらった。
その当時僕は5歳。村で何をしていたかというと、滞在中の騎士様が使う大量の水を魔法で作りだしていたぐらいしかしてなかったんだけど。
「この子は大魔法使いになるに違いない!」
と、今は後見人でありこの王都での父代わりになっている騎士様が叫んだのが早とちりにならなくてよかった、と、こっそり思っている。
そんなわけで物心がついたかついていないかの頃に父ちゃんとばあちゃんに別れを告げてはるばるここにやってきた。母ちゃんがいないのは察してほしい。父ちゃんが浮気疑惑を払拭できなくて逃げちゃったから。父ちゃんは口下手だ。
環境がよかったのか、めきめきと力を伸ばし、気づけば僕は『宮廷魔導士』なんて全ての魔導士が憧れる職業にに史上最少年齢で就任。天才魔導士というのが僕の代名詞となった。
でもそれは、単純に実力だけじゃなく運が非常に良いせいもあったのだろう。
タイミングよく宮廷魔導士の席が空いたり、ライバルが海外留学に行ってしまったり、僕がまだ進路に悩んでいる最中だったりとちょうど時期が良かったともいえる。
そうそう、新しい宮廷魔導士は魔法養成学校の新卒から採用するって決まっていたのも大きい。
当時、僕は騎士養成学校に編入したいという希望を持っていた。
全然向いていないことはわかっていたけど、そういう馬鹿なことをやる楽しさみたいなのに、身悶える年頃だったから。
何せ当時15歳。まだ自分の中の萌えが確立していない、様々なものに興味があった。
だけど宮廷魔導士になれば給料が貰える。
騎士学校に行けばまだお金がかかる。
悩む必要もなかった。
初給料で養父に夕食をごちそうしたら泣いて喜んでくれたので、多分僕の選んだ道は間違っていなかったのだろう。それからちょくちょく贈り物をしたり食事をご馳走したりと少しずつ養父には御恩を返し続けていて、勿論実家にもわずかながら送金して親孝行の真似事ができているのはちょっとくすぐったくてそそられる。
宮廷魔導士ともなると、たまに魔物退治に呼ばれるけど、仕事で外出できるのは楽しい。よく知ったお姉さま系宮廷魔導士の先輩と同行できるのはひとしおである。
泊り任務では普段知ることのできないすっぴんとか拝めてしまうのだ。ありがたやありがたや。
お姉さま系先輩はすっぴんでも美人という逸材だったが、だれかわからないぐらいの化けっぷりっていうほうが個人的にはもっとドキドキしたのになぁと少しだけ残念だったのは内緒だ。
魔物退治だとたまに女性騎士の方も参加される場合があって、その場合もドキドキすっぴんにも興奮するが、鎧を脱いだ無防備な様子とか、意外にがっしりとした体とか、食事の食べ方がものすごくきれいだとか、僕は意外性にものすごく弱いのだとそこではじめて知った。
意外性に弱いと知ってからは同性相手にもその心の震えを覚えることにも気づいた。
いつもと違う環境での意外性、たまらなかった! 好物だった!
気が付けば、僕は自分の仕事が大好きになっていた。
そしてそんな仕事大好き宮廷魔導士4年目を迎えた今年、はじめての大仕事を仰せつかったのだ。
ここ数年ほど、魔物が狂暴化している、という話は有名だ。
確かに、村にいたころは魔物が人を襲うなんてことなんてなかったのに、ここ数年、魔物は人を見ると反射的に襲いかかってくるようになった。
都会の魔物は根性が違うなと思っていたが、そうではなかったらしい。
そんな状況の中、国の有名な予言者が一つの予言を口にした。「魔王が復活する」と。
で、だ。
この国には勇者と聖女の伝説がある。
異世界から訪れた彼らが魔王を封印し、世界を救うという伝説。
彼らを異世界から召喚する魔法の術式は現代にも伝わっている。その術式を解読すれば並みの魔導士ならば誰だって発動させることは可能だろう。
運がいいのか、僕のかつての研究テーマが召喚魔法で、術式もすでに解読済み。
っていうかできれば一回試しに使ってみたかったんだよねーと思ってたところだ。
そんな僕が王様から直々に仰せつかったのは、勇者やら聖女やらの召喚の儀式。
初めての国家レベルの大仕事だし、どれだけ緊張するのか考えるだけでなんだかぞくぞくする心地でもうたまらん!――もとい胸がはちきれそうだったんだけど、そこで横やりを入れてきたのが、例の第二王女様だった。
魔王の復活を予言したのとはまた別の予言者から、第二王女が「異世界から召喚された聖女により破滅させられる」と予言されたため、企てたのが召喚士である僕の追放だったというわけだ。
浅はかすぎてうわあと胸が熱くなる。
解読に時間はかかるものの、召喚術自体はそこまで発動が難しいものではない。
僕がいなくなっても別の誰かがやればいいだけの話。
それをわざわざ言わなかったのは、あんなに一生懸命に悪女を演じていた王女様にぞくっと――いや王女様の一生懸命さを台無しにするのはどうかと思ったし、頑張って僕を排除したのに他の魔導士が召喚しちゃったときの王女様の絶望感を想像するだけで、心臓がバクバクと脈打つのを覚えて、ああ! 見たい! でもきっと見ることはできない! という葛藤すらも身もだえするほどで、とにかく、そっちの方が僕好みだった、とそれだけ。
そういうわけで、僕好みの展開になることを心の奥底から力いっぱい願いながらも召喚士である僕は謎の失踪をすべく、こっそりと王都を出ていくのでありました。と。
大通りの大門ではなく、協会の一番近く東門に立って王都を振り返り少しだけ感傷に浸る。
故郷の小さな村は娯楽が何もないところで、何をしても感情という感情がなかったように思う。
この人がたくさんいて、刺激がたくさんあるところへ来て初めて、僕は萌えという感情を覚えた。
そこからもう十数年、立派な「変態」へと成長したと自覚はある。
でも、あのぞくぞくする感じ。心の底からわきあがるような背徳感。たまらないんだ!
これを生涯かけて追求し続けたい。例え僕自身がエリート魔導士から野良魔導士に失墜したとしても。例え国の存亡がかかっていても。
僕は僕の欲望に忠実に生きてしまうから、きっともうここに戻ることはない。
だけど心残りがないといえば嘘になる。
僕の魔力を見出して、ここへ連れてきてくれた養父に僕は十分に恩返しができていないと思う。
一応僕の退職金は義父にと書置きは残してきたけれど、役目も果たさず逃げ出した人間に退職金なんて出るのかなと疑問も残る。
まあいいや、あの人にはこんな不義理をする養い子なんかじゃなくて血のつながった子供がいるから、少しぐらいの寂しさなんてすぐに忘れるだろう。
「で、どこに行くつもりなの? ルード」
「んー、いったことないところっていいたいところなんだけどさ、よく考えたらだいたい遠征で行ってるんだよなー。そうなると――」
聞きなれた声にいつもの調子で話しかけられてしまったせいで思わず普通に答えてしまったが、あれ、と思って言葉を止める。
見れば王都から伸びる街道の上に一人の女性が立っていた。
見れば胸当てとアームガードだけという軽装備に、裾が広がらない形ではあるがサイドにスリットが入ったスカートその上にフード付きマントを羽織った女はまるで旅人のようないで立ちだ。
父親譲りの赤い長い髪は可愛らしいビーズで作られた髪飾りで一つに束ねられている。
あれは僕が誕生日に贈ったものだけど、何年使っているんだろう。強化魔法をかけているから壊れることも汚れることもないけど。
赤みが強い茶色の双眸は好奇心の色が灯り、子猫みたいに僕をまっすぐに見据えている。
見た目はとてもかわいい女だ。が、見た目で判断するのは危険。
今は怒ってないようだが、手にしている槍は決して飾りではない。その気になれば一突きで魔物を葬り去る剛の者。
「レイシィ」
ねえ、レイシィ、とその剛の者の名を呼べば、彼女はいつもと同じ笑顔を見せる。
出会ったその日から変わらない。かわいらしい笑顔だ。
あのかわいらしい笑顔から繰り広げられる槍術は、とてもその姿から想像できないほどの壮絶さで、普段の僕だったらそのギャップに撃ち抜かれたように見悶えているのだろうけど、なぜかこのレイシィには一切そういう気持ちを抱けない。
それは、彼女が養い親である騎士様の大事な一人娘だから、だと最近までは思っていたんだけれど、そうじゃないことを今の僕は知っている。
「三日後に召喚の儀を控えたあなたがどこにでかけるというのかしら?」
「……散歩かなあ」
「嘘おっしゃい。散歩なら王都の外に出る必要はないはずだし、外に出るんだったらあなたなら魔法でひとっ飛びでしょ」
まずい、王都とのセンチメンタルな別れも萌える! は捕まるフラグだったか。
騎士の中でもトップクラスの実力者であるレイシィを振り切るにはそこそこ骨が折れる。それに義父のことを思うとレイシィに怪我をさせたくもない。
「見逃してよ、今逃げないと故郷の村が滅んでしまうんだ」
王女様の脅し文句であった、召喚術を中止しないと故郷の村を滅ぼす、これを言い訳に使わせてもらう。
きっとあの王女様じゃそれを行う度胸はないだろう。それすら僕の萌えポイントを突いてくる、あの王女様はたまらん! の宝庫か。
「ルード、どういうことよ、ちゃんと説明して」
幼馴染であるレイシィには逆らうだけ無駄だ。
僕は王女様からされたことを洗いざらい白状した。
「呆れた」
説明を終えた僕に投げられたのは冷たいその一言だった。
レイシィの言葉じゃなければ興奮していただろうその一言は、レイシィの言葉だからそうならない。
「どうせ失踪した方が面白くなる、とか思ったんでしょ」
「……バレたか」
「当り前よ。拘束されて脅されたぐらいじゃ、天才ルードが屈するはずないもん」
「……恥ずかしい」
レイシィに読まれていたと思うと正直恥ずかしい。赤面を隠すために両手で顔を覆って顔を隠す。
本当に見られたくない。
「で、私に見つかっちゃったルード君はこれからどうする?」
羞恥に身悶える僕のことなんてまるで意に介さないという様子でレイシィは僕に問うてくる。
どうするも何も、もう出てきちゃったから今から戻るのは面倒くさいしなあ。
「どこか遠くに行こうと思ってる」
「遠くって、どこ?」
「誰もいないような遠くに」
僕にこんな羞恥心を抱かせるレイシィから遠く離れたところだよ、そう言いたかった。
「子供じゃないんだから、ちゃんと行先ぐらい決めて。ここにいてもしょうがないからとにかく行くわよ」
「は?」
「だから行くんだってば。お父様からルードが出ていくときには力になってやってって言われてるの」
レイシィも一緒に出ていく?
「ダメでしょ。せっかく騎士になれたんだよ?」
「休暇届出すから。最悪はお父様のコネを使う」
……そういうズルをしようとするのは、意外性があって、僕の好みのはずなのにやっぱり興奮しない。でも――
「レイシィと一緒にいられるのは嬉しい。だけど、僕は一応男だ」
「実は女だった展開とか期待してないわよ」
くすくすと笑いながらレイシィは僕に背中を向けた。
「年頃の男女が二人きりって、いろいろ問題だって言ってるんだよ」
「……ルードが問題を起こすかしら? 三度の飯より妄想が好きなルードが?」
バレている!?
え、僕の変態度合い、レイシィにどれぐぐらいバレてるんだ?
「妄想よりレイシィのほうが好き」
「比較対象が嬉しくない」
む、難しい。
伝わらないのは言い方が悪いのか。
レイシィに関して興奮できないのは、レイシィが純粋に好きだから。
好きだから二人きりなのは、まずいでしょ。
こんな簡単な事実なのに、どうして上手に伝わらないのか。
「好きすぎて、二人きりだと思うと魔法が上手く使えない」
「あはは、何それ、私から逃げるための言い訳?」
「そうじゃなくて、レイシィが好きって方が今は重要で」
「あなたの護衛って任務でもあるんだから、ちょっとぐらいの不便は我慢してよ」
どうして伝わらないんだよ!!
「で、行くの? 行かないの?」
いつまでも動けずにいる僕に業を煮やしたのかレイシィは僕の方を振り返った。その表情には若干苛立ちの感情が滲んでいたので慌てて僕はレイシィに駆け寄った。
「行くよ!」
「召喚術は僕じゃなくても発動できるんだ」
「嘘つきなさいよ。主席魔導士様が匙を投げたって噂じゃない」
「噂なだけ。解読さえできれば誰でもできるし、解読レポートは協会に寄付してきたから僕がいなくても勇者か聖女は召喚できる」
またまた~、とレイシィは笑うけれど、どうしてこんな単純なことも伝わらないんだろう。
もどかしい。もどかしすぎて、はああと大きなため息が漏れた。全然萌えない。萌え要素がない。
レイシィは好きだけど、レイシィといると僕が変になる。
本来はこんな変になっている僕自身に興奮できるはずなのに。
「レイシィ、あのさ」
「ねえ、勇者も聖女も、とりあえず解読が終わらなきゃ召喚されないのよね?」
僕はレイシィの言葉に頷いて応える。
話をしようとすればさえぎられてしまうこと多々。もういいや。そういうレイシィも好きだ。やけくそだ。
「魔王は復活した? する? どっち?」
「した」
実をいうと数日前から魔力の流れがおかしいことに気づいていた。
魔王の居住地と言われている西の地に向かって禍々しい気配を帯びた魔力が流れてきている。これが意味するところは伝説の勇者が倒した魔王が復活した、ということなのだろう。
「今なら邪魔は入らない?」
子猫のような好奇心で満ちた目を僕に向けてくる。
絶対とんでもないことを考えている目だ。
僕が王都に連れられて行ってすぐ、レイシィはこの目をして僕に言い放ったんだった。
『お父様は私に魔導士になってほしいみたいだけど、私はお父様と同じ騎士になりたいの。だからルード力を貸して』と。
強制的に力を貸すことになったし、レイシィはちゃんと騎士にもなったし、騎士の中でも最強クラスに上り詰めたけど、あれがとんでもない発言だったことは田舎者の子供に過ぎなかった僕にだってわかっていた。
だからこの後の言葉には注意が必要だ。
適当に頷けばとんでもないことになるのはわかる。
「魔王ってどれぐらい強いのかしらね、腕試し、ダメかな?」
「ダメに決まってる!」
強さは未知数。普通に死ねるかもしれない。そんな危ないことにレイシィを関わらせたくない。
「復活したばかりの今、チャンスって感じがするのよね」
レイシィの勘は鋭い。僕もちょっとだけそう思っていた。
だからこそ勇者や聖女を召喚するなら早めにしなければならないって。
「私たちでさ、殺っちゃわない? 魔王を」
レイシィの言葉を聞いて脳裏に浮かんだのは、勇者でも聖女でもない人間が魔王を倒したと報告を受けた時の国王陛下の顔だった。
ぞくぞくぞくぞく。
背筋にいっそ心地のよい寒気が走り抜けていく。
それは、とても、見たい、かもしれない!
そして国王の近くに侍る第二王女様の青ざめた顔も続けて思い浮かべた。
ああああっ! それはたまらん! たまらん! 王女様あ!!
「や、やって、みたい……!」
この興奮に抗える術などない。
葛藤したが「レイシィを危険から遠ざける」は「王様のど肝を抜く」という選択肢にあえなく敗退した。
代わりにレイシィは僕が守る! という使命感に取って代わった。
レイシィには傷一つつけさせない。そして僕好みの展開も手に入れる。
だってこれ、堂々と城に入って、ぽかーんとする王様や王子様や王女様の様子をこの目で実際に眺めることができる。
それは、もう、想像だけで、叫びだしたくなる程。たまらんな!!うっはあ!
「やっぱりルードならそう言ってくれると思ったわ」
レイシィも興奮した様子だが、これは単なる武者震いだろう。
まあ強いものと戦ってみたいと高みを目指すレイシィは僕の足元には絶対に及ばないまでも、変態の一種であると言っても過言ではない。はずだ。多分。
そうと決まれば僕たちは西の魔王の居住地に進行方向を変えた。
楽しい道楽旅から一気に打倒魔王の旅へ。でもこっちのほうが萌える。
レイシィも一気に旅人から戦士の顔に変わった。
時間があれば槍の手入れをし、鍛錬をを欠かさなくなった。
僕も回復薬を作成しレイシィに持てるだけ持たせ、自分のバッグの中にも入るだけ詰め込んだ。もちろん回復魔法も使えるからこれは保険だ。
あとはレイシィの防具すべてに強化魔法を施しておく。これは効果はそこそこだが半永久的に効く魔法。レイシィの誕生日プレゼントに贈った髪飾りと同じである。
魔王との直接対決の直前に効果は超強力だけど、期限が短い魔法を施す予定。レイシィは何があっても守り切りたい。僕は直接攻撃の手段を持っていないし、盾にもなれない。だから唯一使える魔法で強固にしておく。
「この髪飾り、いつまで使うの?」
贈ったのは僕がまだ10歳の頃だった。自分の稼いだお金ではなく養父からのお小遣いで購入した物。
売り場で一番ピカピカ輝いていて、絶対にレイシィに似合うだろうと思った。案の定レイシィにはとても似合っていたと思う。でもそれは10歳のレイシィに、の話。
今はとなっては少しだけ子供っぽいそれはレイシィには似合っていないように思えた。
「だって、ルードからの贈り物ってそれだけしかないんだもん」
髪飾りのあとはお菓子とかお茶とか、本とか文房具とかそういう物ばかりを送っていて装飾品の類は贈っていなかった。
だって、髪飾りを渡したときに、レイシィが
『身に着けるものを贈るのは親密な関係同士だからできることなのよ』とダメだしをしてきたから。
親密じゃない僕にはそれを贈る資格はないって思ってた。
「新しい髪飾りを贈ってもいいの?」
「頂戴。だってルードは私のことが好きなんでしょう?」
当たり前みたいに言われて少しだけビビってしまった。
ああ、でも、絶対帰ったら今のレイシィに似合う髪飾りを贈ろうと心に決めた。
二人だけ、というのは何よりも動きやすい。
魔物の集団も姿が見えなくなる魔法で回避して、まさに魔王城というべき根城までたどり着いた。
「あっけないわね」
「でもここからが本番だから気は抜かないように」
余裕の表情を見せるレイシィに言葉をかけて、再び姿を隠す魔法を僕とレイシィの二人に施す。
近くを通っているのに、全然気づかない魔物にドキドキする。どうしよう、萌えるな、このシチュエーション!
魔王城って、魔物でいっぱいだけど、これは、もう興奮する。
魔王倒した後、遠くから魔王城自体を地上から消し去りたい。きっと「あれ?」みたいな表情で魔物が消えていく。それを想像するだけで興奮する!
「 魔王討伐凱旋の想像でもしてるの?」
魔物蹂躙の妄想で興奮が止まらなかったよ、とは明かせない。
この妄想だけでご飯食べられそう。魔物討伐って、かなりそそられる。
そろそろ玉座も近いのだろう。僕は妄想を頭から追い出してレイシィの防具を強化して、槍を強化して、レイシィ自身にも強化魔法をかけた。
これでどんな相手でも一撃はしのげるだろう。レイシィだけは絶対に守ると決めていた。
改めてレイシィを見れば僕の魔法にがちがちに固められていて、まるで僕にマーキングでもされているみたいに見えた。
普段の僕だったらそれにそそられたり萌えたりしていたんだろうけど、全然そう思えなかった。ただただそれが恥ずかしくて仕方ない。
「レイシィ、好きだよ」
何度目かわからない言葉を告げれば、レイシィは困ったように笑った。
「死亡フラグよ、それ」
死ぬつもりはない。
僕の目的は魔王を倒した後の国王様の反応をこの目で見ることにあるんだから。
閃光を矢の形にして魔王へ放つ。
肩を焼かれた魔王は、身をひるがえしそこをレイシィの槍が勢いよく突いた。
……弱すぎる。
どうしよう、魔王が弱い。
魔物とは格が違う魔族の王、と名乗ったそれは、僕の魔法とレイシィの槍によってもはや満身創痍である。
その手ごたえのなさには興奮すら覚えない。
でも、油断はできない。魔王だ。世界を恐怖のどん底に陥れる存在。
復活したばかりで弱っているとはいえ、なめ切ってはいけない相手。
レイシィもそれがわかっているのか、警戒しながら油断なく魔王に一撃一撃慎重に浴びせているのが伺えた。
「くらえ!」
閃光魔法を再度放ち、レイシィの槍へと同じ魔法を付与させる。
魔法と槍とが同時に人型をした魔王の腸を貫いた。
僕はレイシィの元へと駆け寄る。
とどめ、のつもりだった。が、さすがは魔王、まだ息の根がある。
もう一度だ。
魔法を構築しかけたところで魔王は起き上がった。まだ立つ力が残っている、と?
『人間が……ここまでの力をもつ……とは……!』
悔しさをにじませた声音で魔王は嘆きの声を上げる。
ま、あれだ。僕も宮廷魔道士を名乗る以上は魔法には自信がある。魔物退治の遠征に次ぐ遠征で対魔物戦のスキルもそこそこあると自負している。
そしてレイシィ、彼女も間違いなく実力者である。魔物との戦闘経験こそ少ないが、そこは父親譲りの才覚と、勘の強さでカバーできる。
そんな二人が本気を出して挑んでいるのだ。舐めてもらっては困る。
『まさか、こんなに早く、真の姿を晒すことになるとは……』
真の姿だって!?
……やばい。それはヤバい!
わくわくする! そっちの方にも僕は興奮できる! かつての少年だった頃の純粋な感情に、魔王がどんな姿と化すのか期待をもって待った。
先ずは角が生えた。二本だ。耳の上辺りから生えたのは羊の角のような三日月の形の角だ。
そして人と同じ色だった皮膚の色が変化し、瞬く間に生えた黒い毛に全身が覆われた。
額にもう一つ目が開き、全ての目の色が金色に変化した。血走った眼は僕とレイシィの姿をまっすぐに捉える。
黒い一対の翼が生えて、両手に鋭い爪、口が裂け、尖った歯がむき出しになった。
黒い悪魔。
震えているのは生理的な怯えによる震えが半分。そしてもう半分はやはり、うわ! 悪魔っぽい姿にその体を変えるとかたまんねぇええええ! あれとやりあうの!? さわっていいの!? うぉおおおお! という興奮だ。
初めて知った、僕は強い相手にも変態的に興奮ができる。
『――――――!!』
可聴域外の鳴き声と共に、突風が僕たちに襲い掛かってくる。
難なく魔法を展開し、打ち消す。
うわあ、鳴き声で魔法を発動するのか! どんな生態してるんだ。ああ、研究したい!! 解剖したい!!
そっち方面の欲もあるのかと、自分の感情に驚きつつも、レイシィに防護魔法の重ね掛けをする。
あれは強い。万が一じゃない。これぐらい強化しておかないと一撃でレイシィが死ぬ。
興奮している場合じゃない。レイシィは絶対に守る。奪われたくなんかない。たかが魔王になんて。
「レイシィ。あれはまずい。転移で外に飛ばすから城まで一人で戻れる?」
「一人って何言ってんの!? ルードはどうするの!?」
「大丈夫。何とかやれると思う。行くよ!」
魔法を構築し、文句を言いかけたレイシィを魔王城の外、なるべく離れた場所まで転移させた。
レイシィの姿が目の前から消えて、とりあえずは巻き込まれることは避けられて安心だ。
さてと、そうしたら、魔王討伐だ。
悪魔のような形でその翼で空を舞う姿を見れば恍惚という感情が湧いてくる。
変態して強くなるって、僕にもできたら最強なのになあ。
これで倒せたら、ものすごく燃えるよなあ。
空中浮遊の魔法を発動し、空に浮かび上がる。この魔法は得意魔法。だけど僕は接近戦があまり得意じゃない。
こんなことになるんだったら、宮廷魔導士の道を蹴ってでも騎士ルートに進んでいればよかったかな。なんて今更か。
そもそも騎士になろうかななんて思ったのって、レイシィの近くに少しでもいたかったなんだよな。というか、進路を決められなかったのも、どの進路を選んでもレイシィと遠ざかっちゃうからだった。
宮廷魔導士になれれば、場内にいるレイシィと偶然会えるからだったし、遠征だって運が良ければ一緒に行けるかもって。実際はレイシィが遠征に参加したことはないんだけど。
でも僕の全部はレイシィだけのものじゃなくて、僕自身の悦びのためにも使いたくなっちゃうのは悪い癖だなと思う。
出奔しちゃえばレイシィと会えないってわかってるのに、僕自身の楽しみのためにあっさりその道を選んじゃったり、今も、レイシィをあっさり逃がしてしまったりできるんだ。レイシィがいれば優位に戦えるって知ってるのに。
でも、すっごく今興奮している。
形を変えた魔王にも、魔王のつよさにも、それに一人だけで立ち向かっている自分自身の馬鹿さ加減にも。
うぁああああ、たまらん!!
破滅魔法を構築し、魔王に向かって放つ。
巧みに空を舞い、それを避ける魔王。外れた魔法は魔王城の天井を一気に腐食させた。
バッグから魔力回復薬を取り出して飲み込む。
欠けた魔力が一気に回復するのがわかった。でもあの大魔法は魔力がフルの状態で一発が限度、か。
うひいい、たまらん! ピンチなの状況ぞくっとする。ってそれはさておきだ。
苦手とか言っている場合じゃないな。至近距離でたたきつけるしかない。
興奮しているせいか疲れは感じない。恐怖も消え失せている。
魔法で剣を作り出し、浮遊魔法を操って魔王へと肉薄する。空中遊泳能力は魔王のほうが上、だが僕のほうが早い。
体当たりをするように魔王にぶつかって、衝撃に耐えながら手にした剣でその羽を狙う。
さすが魔法の剣だ。さくっと魔王の体と羽とを分断する。
羽をなくした魔王はそのまま地上へと落下していく。僕も魔力をコントロールしながら、地上を目指す。
魔王の体が床と衝突する前に、先ほどの破滅魔法を再度魔王に向けて叩き込んだ。
床が腐食し、階下まで魔王の体が落ちていく。
あれを食らってもまだ形を保てるのか。
地上へ降り立って、くふふ、と笑みがこぼれる。
そうこなくちゃなああ! ああ、もう、身悶えるほどの激しい動悸におかしくなりそうだった。こんなに興奮したのははじめてだ。やばいやばいやばい。
自分がやばい奴だと自覚はあったけど、本当にヤバイ。
斜め掛けバッグから、再度魔力回復薬を取り出して素早く飲み込む。体内の魔力が満たされていくのを確認しつつ、バッグの紐を素早く体から抜いてバッグをその場に下した。
少しだけ身軽になったせいか、もうちょっとだけ動けるような気がしてくるから不思議だ。あんまり変わらないのはどこかで冷静にわかっているんだけど。
自分が変態だっていう自覚はあるんだけど、今はいつも以上に自分が変だって思う。
自動治癒の魔法――ケガをしたら自動的に治癒魔法が発動する魔法、難易度むっちゃ高い――を自分に向けて発動。
手に持っていた魔法の剣を消して、両手に炎の魔法を纏わせた。魔王は頑丈っぽいけど炙っていたらそのうち炎上するんじゃないかな。したらいいな。頭がちょっとまともじゃないからイマイチまともに判断がつかない。
ただ、と、生唾を飲み込んだ。魔王大炎上って絵面を見たいと思っただけだ。きっとそそる、きっと魂が揺さぶられるほどの衝撃が得られるに違いない。
僕はそういうものが見たい!
まだ形の残っている魔王に向かって駆け出す。
その黒い毛で覆われた体に肉薄し、迷いなく右の拳を魔王の顔を目掛けて叩きつける。
力が弱いか!?
素早く魔法を構築し、両腕に強化魔法を施す。
もう一撃! と振りかぶれば、魔王の蹴りが僕のみぞおちにきれいに決まった。
一瞬息が詰まり、慌てて空気を求めて大きく息を吸い込み、衝撃で飛ばされた体を重力の魔法を操りながら立て直し床を蹴り魔王へと駆ける。
自動治癒魔法により圧迫された内臓も即座に元通り。だけど、痛みは消せない。――ていうか、痛みって、気持ちがいい、かも、しれない?
そっち方面も感じられるのか、僕は。
人の可能性ってやつはすごいな、本当に。
痛みが気持ちいいと感じられるなら――僕の振るった拳は、魔王の横っ面を完全にとらえた。さすが強化魔法、先ほどと手ごたえが全然違う。
魔王は足を踏ん張ることでぶっ飛ばされるのは何とか耐え、僕の顔をめがけて爪を突き出した。
痛い! でも、気持ち、いいっ!?
――気持ちいいと感じられるなら、殴っても気持ちいい、殴られても気持ちいいって、この勝負勝っても負けても僕の勝ちだ!
最後に笑うのは僕だ。って今も笑っているけれど。
魔王を殴りつけながら、殴られ、蹴られながら笑っている。
魔王もどうやら自己修復機能を備えているらしい。これはもうお互いの魔力か気力が尽きるまで殴り合うしかないようだった。
それって、結構、萌えるかも?
「うひひひひひ」
『ひぃぃいぃいいい!』
思わず笑いが漏れる僕に、魔王は情けない悲鳴をあげる。
怖いのか、魔王が僕を恐れるのか! それはそれはふひひ。
「ルード!!」
頭を殴られすぎたせいか、幻聴が聞こえる。
脳には損傷がないはずなんだけどな。やっぱりどこかおかしくなってもしょうがないのかも。
でも、聞きたかった声だ。
ずっとずっと聞いていたい声だ。
テンションは頭打ちかなって思っていたのに、更に上がったのがわかった。
レイシィ!
伝わってなかったけど、好きだって伝えられてよかった。大好きだ。
「レイシィ、大好き!」
「それはもう何度も聞いてるわよ! バカ! ホントバカ! あなた一人でどうするつもりなのよ!」
幻聴だけじゃなくて、幻覚も、か。
魔王の背後に、レイシィの幻が――
「必殺! 流星突き!!」
あっという間にレイシィの幻は魔王との間合いを詰めてくると背後から心臓を狙って獲物の槍を突き刺した。
「それのどこが流星なの?」
「寝ぼけてんの!? 早くとどめ!!」
技のネーミングについてツッコめば、レイシィの幻から怒られてしまった。
そんなに焦っても仕方ないのに、という気持ちで、いつもと同じ感覚で魔力を操って魔法を構築し放つ。
「滅びろ、魔王!!」
封じるんじゃなくて、消し去ってやる!!
体の隅々から魔力を絞り出して、僕のオリジナル破壊魔法をぶちかます。触れれば塵と化す魔法。くらえば復活もできないはず!
びくっとかすかに身じろぎして、魔王の体は一瞬で塵と化した。地面に積もった塵は炎魔法で焼き尽くして、ようやく終わりだ。
「ルード!」
レイシィの幻が僕に駆け寄ってくると、倒れかけた僕の体を支えてくれた。感触まである幻ってすごい。ついに僕の妄想はここまで進化したのか。
回復薬の入っているバッグ、さっき適当に置いてきてしまったから取りにいかなくちゃ、と足を踏み出そうとしたが力が入らなくてその場にしゃがみこんでしまった。
「ルード! しっかりして!」
「大丈夫、ちょっと疲れただけ。ちょっと休めば魔力回復するから自分で治癒魔法をかけるよ」
そもそもどこにもケガはしていない。自動治癒魔法はまだ継続しているから。
けど、無理やり魔力を何度も回復させた反動なのか非常に眠い。目を閉じかけたその時、僕の体を抱き起そうとしているレイシィの腕が目に映る。
「幻でも、レイシィに会えて嬉しい」
起きたら本物のレイシィと合流しないと。きっとものすごく怒っているんだろうな。
目を閉じたら、唇に柔らかい感触が触れた。同時に薬っぽい液体が口内に流れこんできたので反射的に飲み込む。
味でわかる、これは回復薬か。
今のって、レイシィが口移ししてくれたとか?
さすがに死にかけってわけじゃないから普通に口元に薬袋を置いてくれれば飲めるってレイシィもわかっているはず。
多分勘違いだな。
……残念。
あ、そうだ。
魔王は倒してもここは魔物の巣窟だ。レイシィが危なくないように結界を張っておこう。
少しだけ回復した魔力でちょいっと結界を作って、と。
おやすみなさい。
目が覚めたらだいぶ魔力が回復していた。
よし!
「復活!」
「わ!」
跳ね上がるように体を起こせば、僕の横に座り込んでいたレイシィが驚きの声を上げた。
……あれ? 復活したのに幻が……ってこれ本物だ!
なんで本物を幻だと思い込んでいたんだろう。やっぱり頭がちょっといかれていたのか、ハイになりすぎてた。
「あ、レイシィ、おはよう」
「おはようって、まだ二時間ぐらいしか経ってないけど」
「それだけあれば魔力回復には十分だ」
魔導士ってみんなそんなもんでしょ。
魔導士長だったら3つ数える間に全回復可能じゃない?
レイシィは転移魔法で飛ばされた後、すぐ戻ってきてくれたんだろうな。
レイシィがいない間に大規模破滅魔法を連発してたことを考えると、一時的にでもレイシィを離脱させたのは正解なんだけど。
そのままレイシィが戻ってこなくても、殴り合いにもギリ勝てただろうから、多分問題はなかったと思う。
だけど、レイシィが戻ってきてくれて、どんなに嬉しかったか。
レイシィの姿を見ただけでどれだけ力が湧いてきたのか。
どんなに言葉を尽くしても、たぶんレイシィには伝わらないのかもしれない。
でも、「ありがとう」だ。ちゃんと感謝を伝えたい。
「レイシィ、大好きだよ」
お礼より本音が先に飛び出していて、慌てて言葉を重ねようとしたが、それよりレイシィが言葉を発するほうが早かった。
「……それ、さっきも聞いたわ。知ってるわよ。ルードが私のことを好きなことは、小さいころからずっとでしょ」
あれ? なんかちゃんと伝わってるぞ?
「でも、私は全然言ってなかったね。言ったつもりになってた。ごめんね、私もルードが大好き」
…………。
「うわあ」
なんだ今、今までにないぐらいドキッとした。
いつも感じている身もだえるような、感じじゃなくて、もっと甘いうずくような動悸。
「……あなたが好きよ、ルード」
目を瞬かさせてレイシィを見る。レイシィは笑顔だ。
初めて会ったとき、「よろしくね」って言っていたのと同じ笑顔。最初に好きになったあの笑顔だった。
どうしよう、感極まって泣きそうだった。レイシィが好きだ。あの時からずっと好きだ。
「どうしよう、自分の気持ちを素直に口にするだけなのに、これって結構恥ずかしいのね」
「そうだよ。でも恥ずかしがってくれるレイシィがかわいくてうれしくて、どうしよう胸が張り裂けそうなんだ!!」
思わず頭を抱えて叫べば、レイシィは手を伸ばして僕の体を強く抱きしめてくれた。屈強の戦士であるレイシィの抱きしめは、なんていうかとても苦しい。痛い。でも、嬉しい。嬉しくて死んでしまいそうだ。
「魔王、倒しちゃったね」
「王様に報告に行ったほうがいいな、これ」
禁忌の地に勝手に入り込んだのは懲罰対象だろうが、魔王討伐でチャラになってほしい。
「『異世界の者に背負わせるのは忍びないと思いました』とかそれっぽく言っておけば大丈夫じゃない?」
「それだ! さすがレイシィ! 僕にはそういう発想ないから助かるよ! 採用!」
二人で並んで王都まで歩いて移動だ。
帰れば例のぽかーん展開が待っていると思うとやっぱりわくわくしてくる。早く王様や王女様の驚く顔が見たい。
「ルードって頭はいいのに、世渡り術みたいなのに欠けてるのなんで? 欠けてても普通に生活できてるし、宮廷魔導士にまでなっちゃうし、ほんと不思議」
「運がいいだけだよ」
「それ、人によっては嫌味に聞こえるからやめたほうがいいわよ。実力だって笑ってなさいよ」
レイシィだってやることや言うことは滅茶苦茶なこと多かったのに、ちゃんと騎士としてやっていけるのすごいと思う。
こうやってちゃんと僕に忠告してくれるのってレイシィと養父だけだし。
「ねえレイシィ、大好きだよ」
「……私も好きよ」
やっぱりいつもと違うのはドキドキするな。こっちも癖になりそうだ。
「レイシィさえよければなんだけど、結婚しよう」
「うん、いいわよ」
即答かよ! ってまあいいか。本気だったから受け入れてくれてものすごく嬉しいのは確か。
「あのね、結婚式はやりたいの。ルードのお父さんとお祖母ちゃんを招いて。ルードのカッコいいところ見てもらうんだから! それから、私の友達とか職場の同僚とかにもルードがいかに素晴らしい人かじっくりわからせたいからよろしくね」
レイシィがドレスを着てお披露目じゃないの?
「じっくり話し合いして決めよう。僕はレイシィにドレスを着て欲しいし、レイシィの好きな花で式場を満たしたい」
「うん、素敵ね」
笑顔で頷いてくれるレイシィはかわいいしやっぱりもの凄く嬉しい。でも、順番は守らないと。
「まずはお義父さんにレイシィと結婚しますって報告しないと」
「あ、そうよね。危なくなったら私も加勢するから頑張って」
やっぱり養父とは戦わなければならないのか。やっぱ、騎士になっとけばよかったのかなぁ。
その後無事に王都に帰り着いた僕たちは国王様に魔王討伐を報告。
僕の想像していた以上に茫然とした顔を見せてくれた王家の皆様に心の底から湧き上がってきたぞくぞく感を満喫できたので、僕の頑張りが報われたんだと思う。概ね満足。
でもそれよりも、レイシィとの結婚を報告した時の養父の顔を見た瞬間、魂が揺さぶられるほどの衝撃を覚えて思わず声をあげて頭を抱えてしまった。
ショックなのにどこか喜びも隠し切れない、そんな父親としての複雑な気持ちが如実に表れた養父が、やばいほど萌えた。身悶えた。
養父は最萌だし、レイシィは相変わらず愛しい。
この上なく僕は幸せだ。
終
聖女に追放される予定の王女様から「召喚やめろ」と脅されたので国を出ていくことにした 古杜あこ @ago_t
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