第49話

「まあまあ、今は生きてることに感謝するでござるっすよ。こうやって美味い飯を食える。それでじゅうぶんでござるっすよ。ほら」

 タユタは出来上がったばかりの鶏肉と根菜の甘酢煮を差し出しながら笑顔を浮かべる。

 するとどうだろうか。

 今まで沈み込んでいた空間に甘酸っぱい香りが満たされていたことに気づき、食欲を刺激されて腹の虫が叫び出す。

 

 タユタの空気を読まない能力に助けられ場の雰囲気は緩んだ。

 それに合わせたように米も炊け、一気に食事の時間となった。

 コボルト達は短い指で器用に箸を使いこなし食事をする。テンマも元々箸使いが悪い方ではないが、時々視線を感じることもあって以前よりも気を使って食べるようになっている。

 3万年の時の流れの中で、自分の知らないマナーが何かあるのかと内心ビクビクしているのだが、今のところはただの取り越し苦労で終わっていた。

 開放的なキャンプとは違い、周囲に警戒しながらの野営であるので酒を飲むようなことはないが、ゴウの里で初めて食事をした時の宴会に近い雰囲気となっていく。

「そういえば、途中にヤベェのがいるのはわかったでござるっすけど、マクラザキの様子はどうでござった?」

 タユタはユナと一緒に炊き出しを手伝ってくれていた南の集落のコボルトに尋ねていたが、これに反応したのはリーダーであるノスケだった。

「そうでござった! 思わぬ襲撃で忘れておったが、帰ったら各地に文を出そうと思っておったのじゃ! おぬしらにも関係のある話じゃ。実は、マクラザキにもシマヅノクニの手が入るようになってきているようでござる。これだけ立派な従魔がおるのであれば道中は大丈夫じゃろうが、おぬしらも気をつけた方が良いぞ」

「何じゃと!? あそこは不可侵地帯でござろう?」

 ジュウベエが驚いているが、テンマも驚いた。

 ノスケの語った人間の国であろう名が、シマヅノクニだったからだ。どう考えても、島津の国。いや、この地であれば自然なものかもしれないが、これに武闘派集団というキーワードが結びつくと不穏な想像が膨らんでしまう。

 特に、創作物やゲーム的な意味で島津が取り扱われると、下手な魔王よりもぶっとんだ連中である場合がほとんどだからだ。

「ワシらもマクラザキのエルフやドワーフに聞いて回ってみたんじゃが、抵抗し続けるのは難しいみたいじゃった。下手すればワシらの行けぬ場所に移住してしまうかもしれん」

「「「「そんな!?」」」」

 ノスケの返答はクナイ達だけでなく、南のコボルト連中も同じように驚かせたようだ。

 食事の手も止めて一斉に話し始めるものだから、収集も付かなくなる。

 

「落ち着けい! ノスケ殿の話は可能性があるというだけじゃ! しかし、そこまで逼迫しておるでござるか?」

 ドンと腰にぶら下げていたナタを自分が腰かけている切り株に叩きつけ注目を集めると、ジュウベエが一喝する。

 これにはテンマも背筋の伸びる思いがしたが、何とか悲鳴を上げるのは堪えることに成功していた。

「どうやらシマヅノクニのお殿様が代替わりしたようでな。今度のお殿様は重要NPCに任命されそうなほど強力な魔法を使われるらしい」

「それは、勢力図が変わるやもしれぬのお」

「いや。勢力図という話であれば問題はマクラザキだけの話ではないようでな。マクラザキのエルフの話ではシマヅノクニもヒノクニから攻め込まれておるようで、押されておるようじゃ。戦況次第ではワシらも……」

「なん……じゃと?」

 さすがのジュウベエもこれには言葉を失ってしまったようだ。

 あまりにショッキングな内容だったのか、楽しかった食事の時間は消えパチパチと焚火の爆ぜる小さな音だけが夜に吸い込まれていくことになる。

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魔王様は遊び足りない。 おとのり @otonori

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