【15】余話:女子会
この店は和洋中韓エスニック、何でもリーゾナブルな価格で食べられる学生向けの居酒屋で、天宮も学生時代によく利用していたのだ。
二人が店内に入ると、既に学生たちで満席状態だった。
「由紀子さん、於兎子ちゃん」
店の奥から二人を呼ぶ声がしたので、そちらを見ると、
彼女の周囲だけ、花が開いたように明るく見えるのは気のせいだろうかと、天宮は思った。
蘭花のいるテーブルに近づくと、既に〇〇大学教員の面々は全員揃っていて、天宮たちのために席が二つ空けてあった。
天宮が遠慮して末席に座ろうとすると、「今日の主役だから」と、蘭花と国松由紀子の姉である
席順は天宮の左右にそれぞれ蘭花と国松佐和子が座り、佐和子の右隣に国松由紀子、佐和子の向かいに初対面の女性、そして既に面識のある
「それじゃあ、まずは飲み物頼もうか」
蘭花がそう言うと、田村が卓上の呼び出しベルを押す。
するとすぐに学生バイトらしい男子店員が、テーブルに注文を取りに来てくれた。
各々がアルコールを注文する中で、初対面の女性だけがウーロン茶を注文する。
小柄で楚々とした雰囲気のその女性は、アルコールが苦手のようだ。
「初めまして、県警の天宮於兎子と申します。
よろしくお願いします」
天宮がその女性に挨拶すると、向こうもペコリと頭を下げて挨拶を返してくる。
「こちらこそよろしくお願いします。
薬学部の微生物講座で助教をしております、
二人の挨拶が終わったのを見計らって、今日の幹事らしい弓岡が立ち上がった。
「今日はいつもの<目一杯飲み放題3時間コース>で予約してますんで、ガンガン飲んじゃって下さい。
食事もいつもの<2,980円コースデザート付き>にしときました」
そう宣言して座った弓岡は、隣の栗栖に尋ねる。
「ところで純子さん。
事前準備はOKっすか?」
すると栗栖は驚くべき答えを返す。
「大丈夫。
来る前に<萬福軒>に寄って、ラーメンチャーハンセットと餃子二人前食べて来たから」
その答えに目を丸くした天宮に、弓岡が笑いながら説明した。
「純子さんは、お酒の方はからきしなんですけど、食べる方はフードファイター並みなんですよ。
だから、ここのコースなんかじゃ全然足りないから、飲み会の時は前もってお腹に溜めてくるんです」
「もう止めてよ。
フードファイターは大袈裟よ」
栗栖純子は肘で弓岡恵子を突きながら、恥ずかしそうに下を向く。
その楚々とした様子からは、とても<ラーメンチャーハンセットと餃子二人前>のイメージは湧いてこない。
その時店員が飲み物を運んできてくれたので、早速乾杯して酒宴が始まった。
生ビールに一口つけて周囲を見回した天宮は、またまた驚くことになった。
栗栖以外の全員が、かなりの酒豪なのだ。
天宮の右隣に座った国松姉妹は日本酒党らしく、のっけから冷のコップ酒を呷っている。
一方正面の弓岡と田村薫は、「ビールはお腹が膨らむから苦手」と言って頼んだ焼酎のロックを、いきなり一気飲みしていた。
そして極めつけは緑川蘭花で、生ビールのジョッキに、「アルコール分が足りないから」と一緒に頼んだミニグラスのテキーラを注いで、半分ほど一気に飲み干したのだ。
そして栗栖はというと、自分の分の一皿目はとっくに平らげ、「はい貢物」と言って差し出された、弓岡の皿に取り掛かっていた。
弓岡と田村は一人前を二人で共有するらしい。
それを見た国松姉妹からも一人分の皿が差し出され、栗栖は嬉しそうに受け取っている。
彼女の前に、見る見るうちに皿が積み上がっていった。
天宮が皆の様子に呆れていると、正面の弓岡が声を掛けてくる。
「天宮さん、アルコールはいける口なんですか?」
すると天宮が答える前に、国松由紀子が口を挟んだ。
「天宮ちゃんは結構な酒豪よ。
蘭花ちゃん程じゃないけど、あなたたちくらいは飲むんじゃないかな」
「そんなことないですよ」と言って、天宮が慌てて否定すると、今度は蘭花が横から話に加わってきた。
ビールのジョッキは既に空で、テキーラのストレートに移行しているようだ。
「於兎子ちゃん、頼もしいわね。
ところで達哉とは飲みに行ったことあるの?」
「一度だけ。
でも鏡堂さん、あまり飲まれなくて」
天宮の答えに、蘭花は笑い出す。
「あいつの場合、飲まないんじゃなくて、飲めないの。
多分生の中ジョッキ一杯が限度じゃないかな。
でかいガタイして、情けないでしょ」
その言葉に天宮が何と答えてよいか躊躇していると、今度は田村が話に混ざってきた。
「その鏡堂さんって方が、蘭花先生の元ご主人なんですよね?
どんな方なんですか?
蘭花先生、写真持ってないの?」
その口調は、既に焼酎ロックを三杯飲み干した後だったので、かなり酔いが回って来ているようだ。
「そんなもの、未練たらしく持ってる訳ないじゃないの。
於兎子ちゃんなら、今の達哉の相棒だから持ってるかもよ」
そう答えた蘭花は、既にテキーラの4杯目を一気に呷っていた。
そして天宮は、グラス交換の飲み放題なのに、何故か彼女の前にテキーラのボトルが置かれているのを見逃さなかった。
多分店の方も慣れているのだろう――と、天宮は思った。
「えー、天宮さんは鏡堂さんのバディなんですか?
写真持ってないですか?」
今度は弓岡が口を挟む。
彼女も既に焼酎ロック4杯目に突入していた。
天宮が「持ってないです」と答えると、弓岡は「今度撮って来て下さいよ」と言いながら、隣の栗栖に二皿目の貢物を捧げていた。
その様子を見ながら天宮は思った。
――鏡堂さんの写真を撮るのは、かなり難易度高いタスクだよね。
「ところで蘭花先生は、鏡堂さんと大学のクラブで知り合ったと聞いたんですけど、何のクラブだったんですか?」
天宮が鏡堂の写真から話を逸らすために言った言葉に、今度は蘭花が目を丸くした。
「あら?達哉から聞いてない?
茶道部よ」
「さ、茶道部ですか?」
あまりに意外な答えに、そう言って天宮は絶句してしまった。
それを見て蘭花は、5杯目テキーラを呷りながら笑う。
「そうよねえ。あいつが茶道部なんて、普通イメージ湧かないわよね。
確かにお茶会の席で、一人だけでかいのがいて、目立ってたわ」
そういう蘭花もかなりの長身なので、相当目立っただろうと天宮は思った。
「実は私たち全員、茶道部の先輩後輩なんですよ」
「そうそう、佐和子先生は今でも部の顧問だし、由紀子さんは私たちが一回の時の主将だったのよね」
蘭花のその言葉に、天宮は今日何度かのビックリを味わった。
驚いて臨席の国松佐和子を見ると、3杯目のコップ酒に入りながら、ニコニコしている。
その時突然、蘭花がテキーラのグラス片手に、天宮の方に腕を回す。
「それでは本日の議題、<鏡堂達哉の光と闇>に入ろうか」
その一言に弓岡と田村が一斉に身を乗り出し、隣の栗栖はニコニコしながら三人分の食事を淡々と平らげている。
「さてそれでは、今日のゲストの於兎子ちゃん。
鏡堂達哉の光について語って下さい」
蘭花の突然の無茶ぶりに、天宮は激しく狼狽する。
しかし期待のこもった彼女の目線を間近で浴びて、恐る恐る口を開いた。
「鏡堂さんは正義感の強い刑事で、推理力も洞察力も見習いたいくらい凄い方です」
その答えを聞いた蘭花は、この日何杯目かのテキーラを呷って言った。
「うん、無難にまとめたね。
では、闇の方を行ってみようか」
「や、闇ですか?そうですね。
鏡堂さんはかなり頑固で、思い込んだら上にも平気で意見を言う方なので、時々ハラハラします。
それから、蘭花先生もご存じだと思いますが、かなり無鉄砲なところがあって。
ドキドキさせられます」
その返事を聞いた蘭花は満面の笑みを浮かべて、天宮の顔を覗き込んだ。
「ふむ。それだけ分かっていればよろしい。
於兎子ちゃん、達哉と一緒になるんだったら、その辺りしっかり手綱を引いて、私の二の舞にならないようにね」
突然のその爆弾発言に、場は騒然となる。
「えー、天宮さん、鏡堂さんと付き合ってるんですか?」
と言ったのは田村薫だった。
「すげえ。蘭花先生と三角関係だ」
こちらは、弓岡恵子。
「違います。結婚なんてとんでもないです。
付き合ってもいませんから。
鏡堂さんは、ただの先輩です」
天宮が顔を真っ赤にして抗弁すると、今度は国松由紀子が参戦した。
「あらまあ、天宮ちゃん知らなかったの?
刑事部の中じゃ、あなたと鏡堂君がいつ結婚するか、賭けになってるんだよ」
「ち、ちょっと由紀子さんまで、何を言い出すんですか。
そもそも警察が賭けをしちゃ駄目でしょう」
しかしその言葉も虚しく、女子会は天宮とその場にいない鏡堂を肴に盛り上がっていくのだった。
皆の騒ぎを他所に栗栖純子が、「デザートの前に、〆のうどん追加で頼もうかな」と呟いたのは愛嬌だろう。
了
きゅうきー鏡堂達哉怪異事件簿その六 六散人 @ROKUSANJIN
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます