第3話 生まれ堕ちた日

「へぇー、此処が異世界ねぇ」


 城から脱出した後、俺は街中を歩いていた。


 パッと観た感じはまんま中世の世界だが、俺はこの景色を少し楽しんでいた。


 俺が城から抜け出したのは世界を救うとか面倒くさいという思いからだったが、せっかくだから異世界を観てみたいという思いも少なからずあったのだ。


 それに


「王女様も最後にいい情報くれたなぁ」


 魔獣。

 この言葉を王女から聞いた時に俺はますます城の外に出たくなった。

 まったく、こんな据え膳の情報を俺にくれるなんて、王女様も本当は俺に出て行って欲しかったんじゃないか?


「そういえば、魔獣と会ったら死んじまうって言ってたっけ。……ま、いいか」


 俺なら上手く行けば逃げられるし、もししくじったとしても……その時はその時だ。



 ――――――――――――――――――――――――



 あれから街を1時間程歩き回り、俺は街の外にいた。


「街に会った時計を見る限り、今の時間は14時頃って所かな?」


 今の時刻を確認していると、腹の虫が鳴った。


「さすがに腹減ったな。ま、森に入れば木の実ぐらいあるだろ」


「おーい、そこの君。こんな所で何をやっているんだ」

「うん?」


 森に入ろうと歩き出したところで、後ろから声をかけられた。振り返ると、男二人、女二人の四人組が近づいて来ていた。

 

 一人は俺に声を掛けて来た男で、かなり整った顔立ちをしている。人当たりの良さそうな雰囲気が出ていてまさに優男という感じ。

 もう一人の男は優男よりがたいは良いが目つきが悪い、元の世界の不良を思い出させる様な男だ。

 残る女性の二人は異世界ならではといった格好をしていた。

 一人目は大きな魔女帽子を被り杖を持っていて、まさに魔女という言葉が具現化した様な格好をしていた。

 もう一人は修道服を身に付けた修道女だ。身長は低く、どこか頼りなさげな雰囲気を感じる。

 

 優男が続けて俺に語り掛けてくる。


「こんな所で装備もせずに一人でいたら危ないよ?連れはいるのかい?」

「ああいや、連れは居ないんだ。実は森の中に興味があって、一人で見に行こうと」

「一人ィ?おいおい自殺志願者かよ」

なげきの森を一人でとか、アンタ馬鹿ァ?」

「えっとその、頭が足りないんでしょうか……」

「ちょ、ちょっとみんな」


 四人中三人に馬鹿にされた、悲しい。

 というより修道女さん?貴方思ったより言葉キツいね。

 それに。


「嘆きの森?」

「あの森の名前すら知らないの!?どこから来たのよアンタ」


 異世界からです。なんて言えないよなぁ、なんて言おうか……。


「そんなにあの森に行きたいのならどうだろう、僕たちと一緒に行かないか?」

「え、いいんですか?」

「僕たちも丁度あの森に用があるんだ。もちろん僕たちの用事に君を付き合わせないし、君の身は僕たちが守る。どうかな?」

「おいローグ正気か!?荷物増やしてどうすんだよ」

「僕だっていつもならこんな事は言わないさ。でも今回僕たちが受けた依頼はコボルトの群れの討伐だ。今の僕たちなら苦戦もせずに倒せる、彼が一緒に来ても問題は無い。そうだろう?」

「いや……そりゃあそうだがよぉ…」


 なんだコイツ聖人か?優男が本当に優しいパターン始めて見た。


「ダク無駄よ。コイツがやると決めたらもう何をしても動かないわ」

「い、いつもの事ですね」


 女性二人組が肩をすくめながら諦めを口にする。

 一方ダクと呼ばれた目つきの悪い男はめちゃくちゃ俺を睨みつけて来た。おそらく『ついてくんな、断れ』と念じているのだろうが、俺はそれを見て見ぬふりをし。


「いいんですか?ではお言葉に甘えて」


 舌打ち一つとため息二つが耳に響いた。



―――――――――――――――――――――――



「グワァウ!!」

「ダク、行ったよ!」

「まかせろ!」

「ローグ!余所見しないで」


 三人がコボルトと戦っている様を俺は修道女のシアと一緒に見ていた。


「君は参戦しなくていいのかい?」

「わ、私の役割はバフとヒーリングですから、このくらいの戦闘だと却って邪魔になるんですよ」


「一応、いつでも治癒魔術を使う準備は出来ていますけど」と、少し声を落として質問に答えくれたが、目線は戦闘中の三人に釘付けだった。


 そこからは互いに喋らず見学していたが、空気を読まない俺の腹から再び虫が鳴った。


「すまない、実は昼から何を食べてなくて」

「も、もうすぐ15時ですもんね。それなら……あ、あの木の実はどうでしょう。あれはアメカの実と言って、この時期は特に甘くて美味しいんですよ」


 シアは近くの木にっている赤い実を指差した。


「あちらも問題無さそうですし、あの距離なら大丈夫かと」

「そうか、じゃあ失礼して」


 俺はシアから少し離れ、アメカの実と言うらしい実を取り、齧り付いた。


「おっ、美味いな」


 甘味の中に感じるほのかな酸味がいいアクセントになっている。食感は桃に近いかな?果汁も溢れ出ている。


「グォォォオオォ!!」

「な、なんでコイツが!?」

「みんな落ち着け、シアも援護を!!」

「ヒッ……ア、アア…………」


 それによく見たら木に何個も生っている。色味も少しだが違っており、同じ形が一つもない。味も違うのだろうか?食べ比べてみよう。


――ザシュ

「グゥッ」

「ローグ!!この、ローグから離れなさい!」

「馬鹿野郎!お前らだけでも逃げろ!!」

「グゥオオオーー!!」

「ヒッ」

「「シア!!!」」

 

 ふーむなるほど、このアメカの実っていうのは実が赤く、おそらく熟していれば熟しているほど甘くなっているな。今の季節は暑くも寒くもなく木々が紅葉の様に変色していない事から春か夏の終わり頃。

 

 先程の……えーと、誰だっけ?確か修道女っぽい子だったんだけど名前忘れたな、興味がなさすぎて。


「シアッ、シアーー!!」

「このッ!クソ野郎がッ!!」

「ま、待て……ッ!やめろ……ッ!!」

「死ぃねぇーーー!!」

 ――ガキンッ、ドガンッ


 とにかくあの修道女が「この時期は甘くなる」って言葉が真実ならこの実の旬は正に今な訳だ。

 いいね、異世界に来て初めての食事がこの世界特有の旬の果実。これはいい思い出に……なるかなぁ、なるといいなぁ。


「ダクッ、ダクーー!!クソッちくしょう!」

「グルルルル……」

「な、なんなのよ……アンタ………一体」

 ――バギッ


 しかし、いくらでも食えるなコレ。腹が減っていたのはあるけどもう三個も食べたのにまだまだ食えるぞ。


「ガフッゴフッ……そ、そうだ。彼は……彼だけはなんとしても…………逃げ」

――ガブリ、グチャ、バキィ


 うーん、最終的に六個も食ってしまった。しかしまた食べたいとすぐに思える果実だ。実は強い中毒性とか無いよなコレ?


 ――んで。


「そっちもそろそろ終わった?嘆きの獣……だっけ?」

「グルルル……」


 嘆きの獣。

 森に入って探索中に聞かされた俺が今いる森が嘆きの森と云われる所以であり、どんな強者でもその獣の前では惨めに己の非力を嘆いて死んでいったという話からつけられた名前。

 

 その嘆き声が一時期毎日の様に森から響いた事から嘆きの森という名がつけられた、だったか。


「だが、その獣が生息しているのは森の深部、今回の様に森から入って十数分の場所での目撃記録は無い。って話だったんだけどな」


 その獣の姿はまんま熊だ。だが普通の熊と違う所が二つある。

 

 一つはサイズが途轍もなくデカい。普通の熊の三、いや四回りくらいデカい。今は四足歩行でコチラを捕捉していて正面からだとあまり大きさはわからないが、もし二足でたったら周囲にある木々と同じぐらいの大きさだろう。

 

 もう一つは爪と牙だ。爪は刃物を彷彿とさせるほど鋭利で、牙は一つ一つがとてもデカい。中でも犬歯はとても大きく、常に口の外に出ている。

 その前足と口は今、真っ赤な血で染まっていた。


「グルル……」

「俺も食うのか?別にいいけどオススメはしないぞ?栄養バランスを気にしない食事しかとった事ないし、ろくに運動もしていないから多分不味いと思う」


 嘆きの獣は俺の言葉を挑発と受け取ったのか、咆哮を響かせ俺に襲い掛かろうとしたその時。


 

 ――一陣の風が吹いた。


 すると嘆きの獣は俺に襲い掛かるのをやめ、その風が吹いて来た方向に去って行った。


「いや、どゆこと?」


 なぜ襲い掛かるのをやめたんだ?風から何か臭いでも嗅ぎ取ったのか?いやでも別に臭いとか無かったと思うんだが……ふーむ。


「気になるし、ついて行ってみるか」


 別にやる事もなければ腹も膨れたし。

 

 ふと、血の臭いがする方向に顔を向ける。そこには四つの死体が転がっていた。一応手でも合わせておこうかと考えたが、ま、いいかと視線を外し、嘆きの獣が向かった先へ駆け出した。



―――――――――――――――――――――――



 あれから少し走ったが、進むに連れて奇妙な事が起こった。

 走っている途中、様々な動物に出会ったが、その動物達も同じ方向に向けて走っていたのだ。

 さっき見たコボルトのような怪物の様な奴はいなかったが、中には角が剣山の様になっているシカもいた。

 おそらく魔獣だろう。だがその魔獣達は俺に目をくれる事なく一定方向に向けて走っていた。


 そうして走っている内に、もう一つの異変が起きた。


「な、なんだコレ……」


 その景色を一言で表すなら、常春の世界。

 目の前の一面には色取り取りの花が咲き誇っていた。

 いや、花だけじゃない。見上げると木の実や果実がたくさん生っている木や、元の世界の桜の様に木の花が満開になり花びらを散らしていた。


 だが俺が驚いたのは急にその景色を見たからだけじゃない。俺が真に驚いたのは足元にある境界線だ。

 

 今俺が立っている一歩先には、楽園の様な景色が広がっている。だが、自分の横と後ろにはなんの変わり映えのないただ森だ。

 まるで世界が違う様に、境界線が出来ていた。


 俺は生唾を飲み、足を踏み出すのを一瞬躊躇した。


「すーーー、ふーーーー」

 

 深く深呼吸をし、楽園に足を踏み入れた。



 そこから先は走る事なくゆっくり歩きながら前に進んだ。辺りを見渡しながら、まるで初めて都会に来た地方人の様に落ち着きがなかった。

 

 そうして歩いている内に開けた場所に出た。

 そして目の前の景色に――


 

「――――――」



 ――言葉を失った。


 開けた場所の中央にはこの森から集まって来たのであろう動物や魔獣達が円を作る様に中心を囲んでいた。


 

 そしてその中心に彼女はいた。



 ――その景色をなんと表現すれば良いのだろう。

 100億の絵画にも勝る?この世のあらゆる絶景の頂点?奇跡の具現化?どれもこれも陳腐すぎる。100億の絵画など比べるべくもない。絶景の頂点?当たり前だ。奇跡なんて安い安い。俺は語学の勉強をしなかった事を強烈に後悔した。俺に学があればせめて100万分の一くらいはこの素晴らしさを表現出来たのに。



 ――ふと彼女が俺に視線を向けた。


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!」


 俺は咄嗟に胸を押さえた、心臓が痛くなったからだ。

 

 今まで脈なんて打っていなかったんじゃないかと錯覚してしまうほど、俺の心臓は激しく脈動していた。


 (なんだ?なんだなんだなんだなんだこれ!!?)


 今まで感じた事のない正体不明の感情が身体を巡り戸惑った。心臓だけじゃない。体は小刻みに震えて、息も荒くなっている。そんな自分に心底困惑した。


 (いや待て、待て待て待て待て落ち着け。こんな事してる場合じゃない。取り敢えず彼女に挨拶でも――あ、挨拶!?挨拶ってどうやるんだっけ?……お、おはよう?いやもう昼過ぎだ落ち着け馬鹿!!じゃ、じゃあこんにちは……か?いや初対面にいきなり挨拶なんかされたら迷惑なんじゃ!?てゆーかもしかしてまだこっち見てる?てことは心臓押さえてガタガタ震えながら息を荒げてなんか考え事してる所も見られてるって事?………羞恥心で死にそう)


 死にそうになりながらも取り敢えず顔を上げると。


「………………」

「     」


 彼女が目の前に来て至近距離でこちらを見ていた。


 ホワイトピンクベージュの長髪とアホ毛を靡かせ、水色の中に虹色が存在する目が目の前に現れ、俺は漸く自分の中で激しく巡っているこの感情を理解し、ある確信を得た。

 

  (あぁ、そうか)


 俺には昔から、あらゆる物事に関心ってやつが無かった。


 胸を張って好きだと言える物がなく、嫌いな物や苦手な物だけがあって、その事にも何とも思わず、決して自分から治そうとはしなかった。


 自分はそういう人間で、生まれた時から死ぬまでずっとこうで、変わる事なんてないだろうと決めつけていた。



 でも違った。


 

 俺は人間じゃあ無い。それどころか、生まれてすらいなかったんだ。


 

 今まで俺は生きていなかった。



 ――俺という人間は。



 この子に出会った今日その時に。




 ――生まれ落ちたちたんだ。








――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!!

衝動的かつ突発的に始めてしまい、完全な見切り発車状態ですが、見守っていただけると幸いです。


よろしければフォロー登録、【★で称える】で星を3回押して応援してくださると、作者が狂喜乱舞します。


レビューもして頂けたら発狂して喜びます。


そしてもう一度、最後まで読んでくださり誠にありがとうございます!!!!

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