#5


「えっと、急で申し訳ないのだが。桜木れんくんが転校することになった」


「え………」

 先生が告白するとクラスのみんなは口々に話始めた。

 とある男子は「あんま話さんからわからんよな~正直あんま印象無い」と。

 とある女子は「前意外とかっこいいと思ったんだよね~ま、静かすぎるけどさ」と。

 なんで…。

「はいはい~みんな静かに!」

 先生がクラスを静める。

「急なことでいろんなこと話したいのはわかるけど今は静かに!そして、急だからお別れ会みたいなのはできません。ごめんな」

 先生の言葉を聞き男子がボソッと「しなくて正解かもな」「気まずくなるだけ」と。

 違うじゃん!!

 全部違う、誰もれんくんのことわかっていない!れんくんは読書が好きだということも。笑うとかわいいことも。たまにドキドキしちゃうことを普通に言えてしまうことも。世界一かっこいいことも。

 そして、れんくんは誰よりも他人に気を使える優しい人。

 『柊さんの読む本とかも教えてよ』『柊さん。今日、制服と違ってワンピース似合ってた』

 夏休みでの多くの出来事が、言葉が、頭に蘇ってくる。

 なのに、何も知らない人が…なんで…なんでそんな酷いこと言えるの…?悔しさからなのか、悲しさからなのかなぜか涙が零れ落ちる。

 ススンと鼻をすすり、顔を伏せる。

 あぁなんで、なんで言ってくれなかったの。ねえ、れんくん教えてよ。なんで…。


 今日の学校は出校日だったから十二時半に解散になった。

 曇り空の中ゆっくりと歩いて帰る。

 もちろんあれから先生が言っていた連絡事項は頭に入らなかった。校長先生の長い話も記憶がない。宿題はちゃんと出せただろうか。

 ついさっきのことなのにすべて記憶にない。


 私は帰りに無意識にあのベンチに来ていた。

 ベンチに座るがいつもいたはずの君が隣にいない。君の声が聞こえない、君のページをめくる音が聞こえない。

 しばらく座っていると風が吹き、その瞬間雨が降ってきた。数えきれないほどの雨粒の音が孤独感を増加させる。

 「もう、れんくんはここに来ないんだね。会えないんだね」

 わかりきっている事実を口にすると、視界がぼやけた。

「あれ…。なんでだろ。涙止まんない」

 必死に零れ落ちるのを防ごうとしたが、涙が止まることはなかった。

 これは何の涙なの…。もう会うことのできない悲しい気持ち。転校の話をしてくれなかった裏切られた気持ち。

 違う。

 この涙はだ。

 もう好きだと伝えられないという悔しさ。もっと…もっと早く伝えることだってできたという後悔。

 悔しさがこみ上げてきて涙が溢れる。


 夏休み中れんくんが言っていた『時間は有限』『今までありがとね』この言葉。今ならこの言葉の意味が分かる。れんくんはちゃんと感謝してくれてたんだ。

 そうえば、れんくん『寂しい』って言ってくれたっけ。もう…私だって寂しいに決まってるじゃん…。

 もう一度君に会えるのならこの正直な気持ち伝えられそうなのにな…。


 結局この日は涙が止まるまでベンチに座り続け、ずぶぬれになりながら帰宅した。

 家に着くとお母さんが私の豹変した姿を見てびっくりしていた。が、それと同時に心配もしてくれた。お母さんに促されるまますぐにお風呂に入った。

 お風呂ではいつも以上のぬくもりを感じ、冷めきった体と心を温めてくれた。



 次の日、お母さんの心配は見事的中していた。

「37.5℃、熱があるね。今日は学校休みなさい」

 風邪を引いた。

 とりあえず、おかゆを食べてから風邪薬を飲んで寝ることにした。


 午後、今朝の体のだるさがすっかり無くなっていて、母さんにそのことを伝えてみる。

「大事をとって明日も休むこと。いい?」

「え、は…はい」

 学校に行きたい雰囲気を出したけど、休めることが実はちょっぴり嬉しかったりする。

 気持ちを整理する時間欲しかったし、ちょうどよかった。



 次の日、学校をちゃんと休んだ。

「はあ、気持ちの整理…か…」

 気持ちの整理をしたかったけど、正直れんくんのこと考えるとまだ涙出てくる。夏休みの思い出が鮮明に蘇る。

 でも…。

「けじめつけなきゃ」

 と、言ったものの。

 私はまったくけじめをつけられずにいつもの本屋にいた。

 学校を休んでるのに本屋に来るのは少し罪悪感があったが、家に引きこもってるより無性に外に出たかった。

「何か新しい古本ないかな」

 矛盾ともとれる発言をひとりぼそっと言う。

「あ…あれ…これ」

 見覚えのある題名の本を手に取る。

「『この気持ちの伝え方』だ…」

 それは、れんくんが一番好きと言ってた作品。そして、私は結末を知らない。

「嘘…。こんなとこで出会えるなんて…」

 私は迷わず買った。

 

 家に着くと早速本を開いた。半分くらいまでは答え合わせをするかのように前読んだ記憶と内容を照らし合わせる。

「…ここからだ」

 ついに夏休みには読めなかったストーリーに入る。

 私はすっかりこの作品の沼にハマっていた。時間を忘れただひたすらに頁をめくる。


「終わった…」

 本を読み始めて数時間が経った頃、私はついに読み終えることができた。

「なにこの作品!ストーリー良すぎるんですけど!そりゃれんくん何回も読みたくなるわけだ。あぁ…れんくんに感想言いたいな…」

 念願の作品を読めたからかなのか、れんくんのこと思い出したからなのか、また涙が出てきた。

「あれ…?涙…?なんか私涙もろくなってない?……ん?あれ?なんだこれ」

 本にはまだ頁が残っており、何かが挟まっていた。

「…栞?」

 そこには栞が挟んであり、その頁を開くと何か手書きで書いてあった。


『君は慌てたり照れるとすぐに顔に出る。真っ赤になってる。でも俺はそんなところに惹かれたのかもしれない。俺はこの気持ちが何なのか理解ができなかった、でももう会えないことが分かると胸が苦しくなった。その瞬間この気持ちが理解できた、君のことが好きなんだと。初めての気持ちで俺は最後の日、強引に気持ちを伝えようとしてしまった。でも俺は焦って伝えることができなかった。伝えたいけどもう君には会えない。短い間だったけどすごい楽しい時間だった。本当に、ありがとう。柊さん、大好きでした。』


「……っ」

 涙が止まらなかった。

「これ…れんくん…の、だったん…だ……。なんだ…れんくんも…好きじゃん!うっうぅ…同じ…じゃん……」

 れんくんの気持ちを知った。全くそんな素振り無かったのに。

 素直にうれしい気持ちともうどうすることもできないという後悔に全身が埋め尽くされた。

「私たち、正直になれないっていう似た者同士だったんだ…」


 少しの間放心状態が続いて、気づいたら涙は止まっていた。

「あー目の周りジンジンする…」

 あぁれんくんに気持ち伝えればよかったな…。

 せっかく泣き止んだのにまたじわぁっと視界が潤む。

「あーだめだめ、こんなの繰り返してたらだめ」

 この先もうこんな後悔なんてしたくない。

 ススンと鼻をすする。涙を拭う。

 けじめ、つけよ。

「よし」

 今後、れんくんと過ごしたこの夏の日々は忘れることはないだろう。忘れる必要はないのだ、私の初恋の物語なのだから。



 それからの私は、この夏をきっかけに後悔のない生き方をすることを決意した。



【高校二年から六年後】

「ここも変わんないな~」

 就職してからの初めての長期休みをもらえたので実家に帰省していた。

「そりゃー大学から一人暮らしちゃうし、最近全然帰ってきてなかったじゃない?お母さんちょっと心配よ?」

「お母さん心配しすぎ。私もう二十三歳なんですけど?ちゃんと大人です」

「そう…そうね!心配しすぎてたわ!」

 私は大学は県外のとこに通い、高校卒業してすぐに一人暮らしをしていた。今は就職して、親元を離れて一人暮らし中。

「お母さん、ちょっと外行ってきていい?久しぶりに行きたいとこがあって」

「もちろんいいに決まってるじゃない。大人なんでしょ~?」

「はいはい、そうです~大人です~。じゃあ、いってきます」


「ここ、ここ。お!ちゃんとまだベンチ残ってるじゃん」

 高校二年の夏以降このベンチには来ていなかった。でもなんでだろう、今日は無性にこの場所に来たかったのだ。

 なんでだろ久しぶりだから…?

「よいしょ…と」

 懐かしいな~やっぱここは日陰になってちょうどいいんだよな~。

「せっかくだし…」

 本を開く。


 シャララン


「えぇ!?」

 急に鈴の音がして反射的に振り返る。

「……え」

 嘘…。背も高いし髪型も違うけど、分かる。ずっと会いたいと願ってきた人。

「れ…れんくん?」

 嘘でしょ…。

「う…うん…もしかして…」

「そう、もしかしてだよ?りんです。久しぶりだね!」

「ひ、久しぶり。柊さん、雰囲気変わりすぎじゃ?しかもさっき名前で…」

 れんくん戸惑いすぎじゃ?

「名前?あ、れんくん呼びのことね。私もう後悔したくないの!だから名前で呼ぶ!」

「後悔…?」

「まあ、細かいことは気にせず!隣、座る?」

「…………うん」

 え、れんくんちょっと照れてるんですけど!相変わらずかわいい。

「てか、れんくんも雰囲気だいぶ変わってるじゃん!私だけじゃないよ」

「まあ、そうだね。変わった。」


 ちょっぴり気まずくなり、沈黙が続いた。


「あ、あのさ。れんくん。」

「どうしたのそんな改まって」

「これ覚えてる?何年も前だけどれんくんの『この気持ちの伝え方』見つけたんだよね」

 この質問をした瞬間れんくんは目をそらした。

「へ、へえ~全部読めたんだ。いいストーリーだったでしょ?」

「読んだ読んだ、しっかりと一番最後の頁までね?一番最後ね?」

「……そうなんだ。で、どうだった?」

「あのさ!話そらしても無駄だよ?全部読んだって言ってるの。れんくんさ、高校二年生の時私のこと好きだったの?」

「……」

「ね~黙ってないで、答えてよ~」

「す、好き…だった……」

 えへへ、言わせるの楽しい。照れてるれんくんかわいすぎるし!

「そっかそっか!実はね…」

「知ってた」

 即答。

「え?な、知ってたって…」

「りん、俺のこと好きだったでしょ」

「ぐおお…急な名前…破壊力が…しかも呼び捨て……いや!違くて!な、なんで知ってるの!?」

「話してれば分かる。照れてるときとか可愛かった」

「ぐっ…そ、それ今じゃなくてもっと早く言って……」

 ちょっと!れんくん久しぶりすぎて、今まで言わなかったこと平気で言うようになってるよ!


 あぁそうか、この再会のためにここに引き寄せられたんだ。この奇跡を終わらせたくない…。後悔したくない!

 私は立ち上がり、一歩前に出る。


「ねぇ、れんくん!正直になってもいい?私、今こうやって話してて思ったの。やっぱりれんくんのこと好きだなって!」

 そして最高の笑顔で言う。


「好きです。私と付き合ってくれませんか」

















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正直になりたい。 @tokoyo_tuduri

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