第21話 王太子の溺愛に魔女は甘く囚われる
「私は君と魔法契約は結ばないよ、ボニータ」
お日様のように輝く髪を持つ王子さまが言う。
「私はね、ボニータ。契約ではなくて、君の心が欲しいんだ」
「でも私の部屋はアーサーの部屋の隣なんだ」
ボニータだって知っている。
隣にあるのが奥さま部屋であることも。
この2つの部屋の間には夫婦の寝室があることも。
「君の部屋には、森の屋敷への専用転移魔法陣が設置されているからね。好きな時に帰ることができるからね」
「あ、話逸らした」
アーサーが直接話したがらないことも沢山あったが、有言実行も沢山あった。
「ボニータ。いつだって君は自由だよ」
アーサーの言葉通り、ボニータは自由に過ごした。
魔法契約を結んでいないから、森の屋敷へは帰りたいときに何時でも帰っている。
それ以外は、用意された部屋を使った。
ボニータだった鬼じゃない。
なんだか捨てられた子犬のような目でコチラを見るアーサーを振り切ってまで、森で暮らすことに執着するつもりはない。
1日の中の数時間、あるいは1ヶ月の中の数日を森で過ごせば、それでボニータの気は済んだ。
だから別に不満はない。
庭や食堂でボニータがアーサーと過ごしていると、時折、国王や宰相がやってきては物陰から覗いていたりするが、そちらは邪魔で仕方ない。
アーサーがギロリと睨めば、何も言わずに去っていくので良いけれど。
良い思い出のない人たちは、アーサーがボニータの側から遠ざけてくれる。
騒動を経て、アーサーは人として1回り大きくなった。
ミシェルとセシリオの結婚式には、アーサーと共に出席した。
アーサーの婚約者という立場ではなく、ミシェルの友人として列席したボニータは、晴れの日のまぶしい友人の姿を堪能した。
彼らの晴れ姿に影響されたかのようにアーサーが「私は君の心を手に入れるよ」と言いながら、ボニータの紫色の髪をひと房手にキスをする。
「魔法契約は結ばないけど……私は君を逃がさないから覚悟して?」
ボニータの目を見てニヤリと笑うアーサーは、壮絶に色っぽい。
この人は良い王子さまなんかじゃない。
かといって、悪い王子さまでもない。
アーサーは、アーサーだ。
長所もあれば欠点もある、ただの男性だ。
でも……。
(そんな風に見つめられたら、好きになるしかないじゃないっ)
ボニータは熱くなった頬を両手でおさえた。
ポンと赤くなる魔女を見たアーサーは、この世の誰よりも彼女は可愛いと思った。
そんな二人を見て親友である新郎新婦がニヤニヤしていたことに、ボニータとアーサーは気付かなかった。
結局、ボニータとアーサーは婚約した。
今回は反対する者もいなかった。
王太子の座から降りよ、と迫るような肝の座った兄弟もいないので、次代の王はアーサーとなる予定だ。
王太子と婚約したものの、ボニータはどこまでいってもボニータだ。
森に捨てられた子で、魔女で、賢くもなければ美しいわけでもなく、善良というわけでもない。
なんなら、ちょっと根性悪でもある。
だけど。
「この世で君が一番かわいいよ、ボニータ」
なんて言うのだ、アーサーは。
だからって、心の底から信じることもできなくて。
ついでに、私が魔女でなくなったら、私が結界を守れなくなったら、私が――――
などと思う度にボニータは、アーサーへ言ってみたりしていた。
するとアーサーは美しく整った眉を情けなくヘニョリと下げて言うのだ。
「私の命を差し出せば、君は信じてくれるだろうか?」
「いや、重いっ! 重いからっ!」
付き合いが長くなればなるほど分かる。
アーサーは割と重めの男だった。
キラキラ光る美しも軽やかな外見とは合わない重さなので、ボニータもチョイチョイ忘れてきつい目の物言いをしてしまって必要以上に落ち込むアーサーを見ては後悔することになるのだが。
当のアーサーはサラッと乗り越えて、ボニータの要求を叶えてくれる。
(私なんかのために、王子さまが――――)
と思ったりもするボニータだったが。
(アーサーが王子さまでなくなったら、この気持ちは消える?)
と自分に問いかけてみたりして。
(そんなことはない、わね)
という結論に辿り着いて驚いてみたりして。
なんだかんだで絆されて、ボニータはアーサーと結婚することになった。
その日は国を挙げてのお祭り騒ぎ。
ミシェルとセシリオも駆けつけて祝ってくれた。
ついでにボニータの部屋にはミシェルの部屋との直通転移魔法陣が取り付けられて、いつでも行き来ができるようになった。
その後、ボニータは12人の子どもを産んだ。
孤児だった彼女が家族を沢山欲しがったので、アーサーが要望に応えた形ではあるのだが。
毎年のように妊娠する友人を心配したミシェルが、アーサーにお説教をしたり、体力回復のためのポーションを開発するなど色々なドラマが生まれた。
ボニータのために作られたポーションは、精力剤として広く世界に広まり、隣国の懐を潤すこととなる。
12人の子どもたちは、男、女、男と交互に生まれて男女比は均等となり、みな魔法が使えた。
アーサーが、お父さんだけ仲間外れ、といじけるほどに優秀な魔法使いとなっていった。
最初はボニータだけが森の屋敷と行き来をしていたが、そこに子どもたちがひとり、またひとりと加わっていく。
やがて屋敷を増築なしければいけないほど、賑やかになっていった。
ボニータはミシェルという親友を得て、子どもにも恵まれ、アーサーという伴侶も得た。
もう心がひもじくなることはない。
アーサーはボニータが欲しいものを的確にとらえ、彼女に与えてくれた。
そしてある日ボニータは、ふと人生を振り返って思うのだ。
こんなに甘くて、自由で、頑丈な囚われ方ってあるかしら? きっと多分ほかにない。うっかりすると溺れそう、と。
◇◇◇
森の魔女は代が変わっても、がめついことで有名だ。
ボニータとアーサーの恋物語は王国で語り継がれ、その対価は命より重く、恋人たちが頬を染めるほど甘いことでも有名になったのである。
婚約解消で魔法契約から解放された魔女は自由に生きるつもりだったのに王太子の溺愛から逃れられない 天田れおぽん@初書籍発売中 @leoponpon
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