第20話 魔女会議

 その日の午後。

 既に知り合いとなっていたミシェルがボニータのもとへ訪れた。


「こんにちは、ボニータ」

「こんにちは、ミシェル」


 ボニータはベッドで上半身を起こし、彼女を出迎えた。

 アーサーは公務で席を外している。

 心置きなく女性二人で話せる機会は初めてだ。

 ボニータは浮かれた。

 ミシェルは、アーサーがいつも使っているベッド脇の椅子に腰かけた。

 そして柔らかな笑顔を浮かべ、柔らかな物言いで彼女は告げた。


「そろそろ国に戻りますので、ご挨拶にきました」

「もう帰っちゃうのね。寂しくなるわ」


 ボニータはしょんぼりした。

 ミシェルとその婚約者には、目覚めてすぐに引き合わされた。

 ボニータと境遇の似ているミシェルとは、とても気が合う。

 とはいえ、ボニータはベッドの住人なので大した交流はできなかった。


「私が元気だったら、もっと色々と出来たのに」


 ボニータは嘆いた。


「ふふふ。そしたら私たちが知り合うきっかけもなかったわ」

「それもそうね」


 ボニータとミシェルは顔を見合わせて笑った。


「でも、もっとお話ししたかった」


 ボニータはちょっと拗ねたように言う。

 彼女にとってミシェルは、初めてできた女性の友人だ。

 

「ミシェルは、じきに結婚するのよね。しかも未来の王妃さまでしょ? 忙しくて会う機会もなさそうなのが残念」

「ふふふ。私の旦那さまになる方は、アーサーさまの親友だもの。会う機会は作れるわ。それにボニータもアーサーさまと結婚すれば未来の王妃さまよ?」


 気楽そうに言うミシェルは、とても頼もしく見えた。

 ボニータは思い切って彼女にアーサーとのことを相談してみた。

 一通り話を聞いたミシェルは思案深げにつぶやく。


「……ん~、そっか。ボニータも大変ね」

「わかってくれる? 私、相談する相手がいなくて……」


 師匠がいてくれたら相談に乗ってもらえたのに、とも思うし、師匠が生きていたらアーサーと出会うこともなかったのに、とも思う。

 最近のボニータは少しのことでモヤモヤしてしまう。

 薬で倒れたせいだろうか。

 些細なことで動揺してしまうのは自分らしくない、とボニータは感じた。

 だから、第三者であるミシェルに相談して意見をもらおうと考えたのだ。


「ん~そっかぁ~。ボニータは、あれやこれや色々あってモヤモヤしちゃってるのね」

「そう」


 ミシェルの知的な黒い瞳を見ていると、簡単に正解を出してくれそうな気がするボニータだった。


「んー。そうだなぁ~。そのモヤモヤとは、一生のお付き合いかもね」

「えっ、そうなの⁈」


 驚くボニータに対して、ミシェルはわざとらしく大きくうなずいた。


「だって、それって人間関係を作っていくときに必ず付きまとうモヤモヤじゃない」

「えっ、そうなの⁈」


 ボニータは再び驚きの声を上げた。

 ミシェルはフォローするように言った。


「もちろんボニータのは普通の人と違って、ちょっと大きい目のモヤモヤよ」

「あっ……」


 言われてみればボニータは、普通に人間関係で悩んだことがない。

 上手くいくわけがない、と最初からあきらめていたからだ。

 

 ミシェルはちょっと考えている様子を見せた後、ボニータの目を真っすぐに見つめて言う。


「そこを吹き飛ばせるかどうかは自分次第よね。でも吹き飛ばす必要もないかもしれない」


 ボニータはキョトンとしてミシェルを見た。

 言っている意味が分かりそうで分からない。


「だって始まってしまったものは、後戻りできないもの。この先アナタがアーサーさまを嫌いになっても、今の恋を無かったことにはできないわ。だったら、諦めるしかないわよね」


 ミシェルの中では、ボニータがアーサーに恋をしているのは確定らしい。

 自覚はあったが、他人から断定されると照れる。

 だがミシェルの言っていることは、ボニータにはちょっと難しすぎた。


「アーサーさまだって、アナタへの恋をなかったことになんて出来ないから……ほら、頑張っているわけでしょ? アーサーさまがアナタを好きで、アナタもアーサーさまを好きならば。他の事は考えるというよりも対処していくしかない事柄ってだけよ」


 ミシェルは賢い。

 賢い人なら正しく対処できるのかもしれない。

 だが、ボニータは違う。

 ボニータはちょっと唇を突き出しながらボソボソと言った。


「私はぶっちゃけ、頭が良いわけじゃないの。王立学園の成績も悪かったし……ミシェルは賢いから不安なく賢く立ち回れるかもしれないけど」

「ふふふ。恋をするのに頭の良さなんて要らないわよ」


 ボニータから見たミシェルは賢く見えるし、愛し愛されて幸せで不安なんてないように見えた。

 なのに、何でもない事のようにミシェルは言う。


「私だって不安だし、失敗もたくさん。そりゃ、呆れるくらいにね」

「えっ、ミシェルが?」

「だって相手が王族、しかも王太子なんだもん。周りも含めてそりゃ色々あるわよ。でもそこは仕方ないじゃない。私もあの人のことが好きなんだもの。両想いになるってそういうことでしょ?」


 ミシェルは笑いながら続けた。


「でもね、正直ムカつくことは沢山あるわ。王族とか貴族とかって、身分がないことをまるで悪かのように言うでしょ? そんな人たちと上手くやっていけるわけがないもの。だってそうでしょ? 私にとっては平民であることも、薬師であることも……もっと言ってしまえば魔女であることだって、罪なんかじゃない」


 ミシェルの言葉にボニータはウンウンとうなずいた。


「うん、そうだよね。罪じゃない」

「それを、まるでコチラの罪や落ち度のように言われたらカチンとくるわ。当たり前でしょ?」


 ボニータはウンウンとうなずく。


「でも私たちは、王子さまと恋に落ちちゃったのよ。そりゃもう当たり前のように嫌な思いもするし、色々と求められるしで大変。ただ恋をしただけなのに」


 ボニータはウンウンとうなずいた。

 ぶっちゃけ内容はよく分からないが、恋をしただけというのは完全同意だ。


「恋というものは面倒なものだけど。本来の面倒臭さに加えて身分のことやら、お金のことやら、色々とグチグチ言われてしまうわけよ。私たちみたいな者はね。まるでコッチが全部悪いみたいな言われ方をされるわけよ」

「ウンウン。身の程をわきまえろ、とか学園時代によく言われたわー。相手は王太子ではなかったけど」


 ボニータは思い当たる節があり過ぎた。


「前の婚約者の話ね。だいたいさー、ボニータの場合には、結界を守るという大きな力を持っているわけでしょ? それなのに対等な取引相手ですらないとか。本当にナイからその関係性」


 結界を守るだけなら自分を守ることも同じ。

 だから、そこまで深く考えたことはない。

 取引しようという考えもボニータにはなかった。

 目から鱗が落ちるようだ。

 やはりミシェルは賢い。


「腹が立つなら怒っちゃっていいのよ、ボニータ」


 ミシェルは言う。


「でも腹の立つような事柄からは逃れようとしても無理。諦めるしかないわ。だって仕方ないじゃない。私たちは王子さまと恋に落ちちゃったんだもの」

「確かに、恋に落ちちゃったから仕方ないけど……私ばかりが嫌な思いしているみたいで、嫌な気分がする」


 ぶすくれるボニータを見て、ミシェルは声を立てて笑った。


「ふふふ。そうよねぇ。身分に惚れたわけじゃないけど、身分がついてきちゃったからコッチが嫌な思いする、はアルアルよねー。尻尾巻いて逃げるのもアリだけど、それが出来るようなモノじゃないでしょ、恋なんて」


 ボニータは実際、尻尾を巻いて逃げたけれど。結局うまくはいかなかった。

 森にアーサーが迎えに来てくれたのは嬉しかったのだ。

 その手を素直に取れなかったというだけで。

 でも受け入れるのもムカつくし。

 どうにもこうにもやりきれない。


「でも両想いになっちゃったわけだし。思いを遂げるためには、どうにかこうにか工夫してやってくしかないじゃない?」

「うぅ~」


 納得の出来なさがボニータに唸り声を上げさせる。


「でもね。私ひとりで頑張らなきゃいけないなら、さっさと逃げちゃうけど。セシリオさまが一緒に頑張ってくれると言っているのだから……逃げちゃ損でしょ?」


(逃げると損なのか)


 ボニータは、そこも考えたことがなかった。

 目から鱗が落ちまくる。


「だからアナタも頑張って」


 ミシェルはそう言いながら、ボニータのオデコにキスをした。

 初めての女友達とのスキンシップはくすぐったい。

 ボニータはニマニマと笑った。


「何をしてるんですか⁈」


 そこにちょうど入ってきたアーサーが、ちょっとだけ鋭い驚きの声を上げた。


(何でそんな声を出すの?)


 とボニータは思ったが、


「ふふふ。アーサーさまに焼きもち焼かせちゃった」


 と明るく言うミシェルの声を聞いて、ああそうか焼きもちを焼かれたんだな、と理解した。

 ボニータはちょっとだけ笑って。

 ちょっとだけ気が楽になった。


 初めて出来た明るくて賢い女友達とその婚約者は、結界が元に戻って安全になった道を通って帰って行った。


 そして残されたボニータは。


(さて、どうしましょうか?)


 と考えた。

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